第10話 命の重さと責任の重さ
領主様のお許しが出たこともあり、アーセナルとエネマは一緒に暮らすことになった。
二人は兵士たちに用意されている既婚者の寮へ住むことになったのだが、なぜか俺も一緒に移ることに。
邪魔はしたくないので強く断ったのだが『子供が一人で生活してはダメ』と領主様に言われ仕方なく命令に従った。
面倒なのはそれだけでなく『影』との連絡係としてミリングまで一緒に住むはめになってしまったのだ。
「ミリングだよろしくな。ヌルヌルグチョグチョの愛の巣は興味津々だぞ、遠慮なく励んでくれ」
「え……」
アーセナルとエネマが呆然としている。
清純で素朴そうな普通の町娘に見える子が下品な言葉を使えば、そりゃ驚くだろう。
「スマン! 断ったのに聞き入れてくれないんだ」
「りょ、領主様の命令ですから異論なんてありませんよ」
影の存在は教えていない。あくまで俺の護衛を増やしたという話になっている。
「気を使う必要ナッシン。ボクは主様の婚約者だからな、コッチも派手に子作りするから喘ぎ声とかキニスンナ!」
「しね~よ!!」
「恥ずかしがり屋だな、可愛いぞ」
姉が弟の頭をなでるように、すきがあれば俺の頭をなでてくる。
「性格は破綻してるが有能らしい、大目に見てくれ」
「は、はぁ……」
「よろしくねミリングさん」と、ひきつった笑顔のエネマが挨拶する。
「見る目のないキミが主殿をフッてくれたおかげでボクが婚約できたんだ、感謝するぞ。女同士、夜の悩みは相談しような」
「え、ええ……」
エネマの眉毛がピクついている。たぶん怒りを抑えているんだな。
ん~、仲良くできるか心配だ。
寮は四階建てのアパートメント。2LDKなので俺とミリングが同室になるが、もちろん手など出す気はない。ベッドやテーブルなどの基本的な家具は備え付けられているが、食器などはないので生活に必要な物を分担して買いに行くことになった。
ミリングと手を繋ぎ町を歩く。スキンシップが好きなのか気が付けば手を握られている。照れる年齢でもないし、人目を欺くのにも都合がいいし、断る理由もないので好きにさせている。たぶん仲良しな姉弟に見えるだろう。
「主様、影から連絡が入ったよ」
「えっ?! 俺のそばから一瞬たりとも離れてないのに、どうやって同胞たちの連絡を受け取っているのか謎なんだが?」
「秘密は女のドレスだぞ。乱暴に脱がすのは紳士として最低の行為なのだ。心を許した女なら自分からドレスを脱ぐの。だから焦っちゃだめだぞ」
ミリングの神職は暗殺者だったな。もしかすると情報収集に関するスキルがあるのかもしれない。行動を共にするならスキルを知っておいたほうがいいな。
「嫁になれって命令されてんだろ、夫婦なら秘密は共有すべきだと思うが」
「もしや! 恋人の胸は揉み放題とか勘違いしてる童貞野郎なのか? 主様、幻滅だぞ」
「七歳だ、童貞で悪いか!」
「初物大歓迎。でも童貞思考はノーサンキュー」
うまく話をそらされた? それとも素か? どちらにせよ追及するなという意思は感じられる。
「もういいよ、それで連絡内容は」
話によると、ソドネレコ領の山が首都を潰したことで領主が不在となり、支配者のいない空白の地域が生まれ、まるで切り分けたピザを奪い合うかの如く周囲の領主たちが挙兵しているらしい。
ソドネレコ領に隣接している地域は、北東のランティア領、北西のヨコーソノ領、そこは領主が従属を約束しているので注意する必要はない。南東のシミターギ領、南西のメダヒ・ナリナ領この二か所はまだ足を運んだことはない。
買い物を終え寮に戻った俺たちはダイニングキッチンで温かい紅茶を飲みながら今後について話し合っている。
四人掛けのテーブルなので食事などに丁度良い。
ミリングの話を伝えるとアーセナルが深刻そうな表情をした。
「アーセナル、シミターギとメダヒ・ナリナについて知っていることを教えてくれないか」
「はい。どちらもランティア領の倍ほどの領地を持ち、軍事力も比較にならないほど強大です。戦力が拮抗しているためか軍事的衝突はありませんが互いに敵国と認識し牽制を続けているそうです」
ここでも戦争か、嫌になるぜ……。
「ソドネレコ領の滅亡はライバルに差をつけるための好機なわけだ」
「それだけではありません。大陸の東西を分断していた玄関口であるソドネレコ領が消えたのです。もしかすると一気にランティア領まで攻め込む恐れも考えられます」
なるほどアーセナルが懸念していたのはソレか。
「仮にどちらかと戦争になった場合、ランティア領が勝利する可能性は?」
「万に一つもありません……」
「まじか。ミリング、領主の情報と領民の情報、それと軍事力、あ、あと進軍状況の収集も頼む」
「まかせて主様」
ミリングは美味しそうに紅茶を飲んでいる。いっこうに連絡を伝えに行く素振りを見せない。
「伝えに行かないのか?」
「え? 了解~って返事きたよ」
「どうやって連絡してるんだよ」
「ひ・み・つ」
と言いながらウインクしている。謎だ……。
情報を集めている間にも状況は悪いほうへ進展するかもしれない。とりあえずソドネレコ領へ向かい即座に対応できるよう待機することにした。
のどかな街道をゆっくりと馬車で移動している。アーセナルが手綱を握り、荷台には俺とエネマ、ミリングが乗車している。
最終目的地であるシミターギとメダヒ・ナリナまではかなり距離がある。平時なら経由地で食料調達するのだが戦時ではそれは期待できない、なので荷台には食料などが大量に積んである。もちろん費用は領主様が出してくれた。
ソドネレコ領に入り暫く進むと大規模な難民キャンプに遭遇した。首都から逃げ出した人々だろう、立てた棒に布が張ってあるだけの簡単なテントが無数に乱立している。会話する気力もないのだろう、キャンプは静まり返っていた。
中へ入ると絡まれるかもしれないので少し離れた場所を通り過ぎようとしていた。
「そこの馬車止まれ!!」
長槍を持った三人の男たちが馬車の前を塞いだ。揃いの防具を装備している、おそらく軍人だろう。
「オマエたち我が領の者ではないな、通行税を徴収する、水と食料を置いていけ」
面倒事か……。俺はミリングに小声で、
「馬車の後ろを警戒し、近づく者が来たら合図してくれ」と命令すると、彼女はコクリと頷き、素早く、音もなく、荷台の後部へ移動した。さすがは暗殺者その身のこなしは真似できないほど洗練されていた。
対してエネマは不安そうな表情で身を小さくしている。普通の女の子で逆に安心する。
俺はアーセナルの背後に移動し体の影からそっと状況を確認する。
子供姿の俺では話がこじれそうなので相手はアーセナルに任せた。
「こんな何もない所で徴収? 領主の許可を得て行っているのだろうな。もし独断ならば犯罪行為だぞ」
「も、もちろん領主様からの命令だ」
動揺を隠しきれていない。それに俺たちは領主が死んだ現場に居合わせているんだ、そんな嘘は通用しない。
「馬脚を露したな。首都と共に領主は亡くなったはずだぞ」
このような場面のアーセナルは本当にカッコイイ。恋人と俺を守るため一歩も引かず堂々とし、いざと言うときは体を張る覚悟が感じられる。野党崩れの兵士など、その気迫で追い返せるだろう。
「う、うるさい!! おとなしく水と食料を渡せ!」
目の血走った男たちは長槍を構えると矛先を馬車へ向けた。
あ、しまった、アーセナルは商人に扮している、こいつら無傷で勝てると思ってそうだな。
どうするかな……。
「やめろオマエたち!」
鎧を着た老騎士が立っている。
白い頭髪と髭。深いシワが刻まれた顔。その姿を見たただけで背筋が伸びるような威厳と風格を持ち合わせていた。
「しょ将軍……」
「苦しい時、人は理性を失い本能が露になる。だが耐えろ。心まで貧しくなるな。騎士とは苦難に打ち勝ち民の盾となる存在じゃ」
うわっ臭い台詞。まるでB級ドラマだ。
「理想で喉の渇きは潤わない! 空腹は満たされない! 生き残るためなら俺は獣になる!」
「そうか……獣なら駆逐せねばなるまい」
老騎士が剣を抜くと、男ちは長槍の矛先を老騎士に向けた。
三対一、それも剣と長槍だ、楽に勝てそうなのに男たちは動こうとしない。それほど老騎士が強いのだろうか。武術に覚えのない俺では力の差を感じ取るのは難しい。
黙って行く末を見守る手もあるが、あの芝居がかった老騎士が気になる。
「あの~、その茶番いつまで見てないといけないのかな」
「茶番じゃとっ!!」
老騎士がこちらをギロリと睨む。眼力が強くて怖い。
「民の盾とか冗談だろ? その民が不安そうな目でこっちを見ているのに気づかないのは、爺さんが守っているのは民じゃなくて自分のプライドだからだろ?」
「なんだその言い草わぁ、ワシはオマエたちを助けようとしているのじゃぞ!」
「善意を押し売りするな」
「な、ん、じゃとっ?」
「殺す気がないのは見え見えだ。暴走した兵士に灸をすえ、緩んだ規律を引き締めるために俺たちを利用した、違うか?」
「ち、違う!」
「じゃあ爺さんの代わりにこいつら殺すけど文句はないな」
「子供の冗談にしては度が過ぎるぞ」
男たちが首を押さえながらもがき苦しみ始めた。
「うぐっ、がっ、カハッ」
スキル『穴縮小』。気道を少し細くしただけで相当苦しいはずだ。
「た、助け、将、軍……」
「ハッハッハー、ここにいる御者は殺意だけで人を殺せるんだ、爺さん甘く見たな」
アーセナルが驚いた表情で俺を見てきた。バカ! 芝居を合わせろ。
男たちは陸に上げられた魚のようにビクンビクンと苦しみながら地面を転がっている。
「待て、待ってくれ!!」
スキル解除。
「プハッ、ゲホッゲホッ」
男たちは苦しみから解放され深く呼吸をしている。
「爺さん、俺に言うことない?」
「くっ……、利用して済まなかった、許してほしい」
剣を鞘に納め、謝罪の言葉と共に頭を下げている。
「もしプライドを捨てるのを躊躇したのなら、部下の命じゃなく爺さんの命を奪っていたよ。アンタ良い人だな」
「ワシが良い人? ハハッ、裏切り者じゃよ。そう、領主様を裏切った元将軍じゃ」
俺はポンと手を叩く。
「あ~アンタか。領主の命令を無視して兵士と領民を連れて首都から脱出したのは」
「悪い噂というのは足が速いな。キミのような子供の耳にまで届くとは」
「尊敬するよ将軍。主の命令に逆らわないのは忠義かもしれない、けれど、民のため命令に逆らうことができるのは正義だ。力ある者が思考停止し、盲目的に主に従うのは責任逃れに過ぎない。将軍は正しい判断をしたんだ」
「ありがとう、心に刺さった棘が抜け落ちた気分じゃよ」
老騎士の顔から緊張感が抜けた。言葉通り彼の心は少なからず救われたようだ。
「将軍、俺で良ければ力を貸そう。何が必要だ?」
「子供に力を借りるほど落ちぶれては――」
「プライドを捨てろ将軍」
「……食料と水を分けてくれ、民が飢えておる」
深く、深く、お辞儀している。
「まかせろ。エネマすまないが――」
「待ってました!!」
とても嬉しそうだ。前も難民を助けたそうにしてたからウズウズしてたのだろう。
俺の横をすり抜け馬車から身を乗り出すと、
「桶や壺、あるだけ出して、綺麗な水で満たしてあげる!」
「もしや、キミは魔術師なのか?」
「そうよ、さあ早く!」
やはり天然娘の口を塞ぐのは難しいようで極秘事項をペロッと吐きやがった。さて、どうするか……。
「ミリング、領主様に食料の援助ができないか聞いてもらえるかな」
「へぇ~、主様、救世主にでもなるつもり? ウケル~、ボク偽善者きら~い」
鼻をつまんで顔の前で手を揺らす、ようするに臭いと言いたいらしい。ムカつく態度だが俺だって偽善者になるつもりはない。
俺はミリングを手招きし、近づいた彼女に小声で話しかける。
「エネマが魔術師だとバレてしまったから将軍は放置できない。脳筋は扱いやすいし俺に対して心を開き始めている、恩を売り懐柔し我が陣営に加えるつもりだ。で、連絡するの? しないの?」
ミリングは俺に抱き着くと唇が耳に触れるほど近づき甘く囁く。
「ヤバヤバ~、子供なのに悪いヤツ~、子宮がキュンってしたゾ、だから秘密教えてあげるねっ。仲間に蟲師の神職がいてボクたちの体には通信蟲が寄生してるの。会話は全て聞かれてるんだ、これ秘密だから誰にも教えちゃダメだよ」
俺の頬にキスをしてから離れた。
いつの間にかミリングの着ていた心のドレスを脱がせていたらしい。女心は謎だ。
三日後、食料を満載した荷車が到着すると、兵士がその上に立ち大声で叫んだ。
「この食料はランティア領の領主様からの援助である。欲しい者は並ぶが良い。さらに、ランティア領へ移住したい者を受け入れると領主様からお言葉を頂いている。我々は明日引き返す、移住希望者は後を付いて来るがいい」
難民の受け入れほど難しい政策はないのに安請け合いして大丈夫か? 先住民との衝突、就職先の不足、食料の不足、治安の悪化、問題が波のように押し寄せるのが目に見えているのに。
はぁ~……、あいかわらず優しすぎるな、我が領主様は。
食料の配給を受け取った難民たちから感謝の言葉が聞こえてきた。中には泣きながら兵士に頭を下げている人までいる。住む家を失い、南からは戦争の気配がしている、配給している兵士たちが救いの神にでも見えているのだろうか。
配給を食べ、笑顔を取り戻した難民たちを、老騎士が満足そうに見ていた。
老騎士が俺たちの所へ近づいてくる。名はコンダンだそうだ。
「民の喜ぶ顔は何物にも代えられぬ宝じゃ、感謝するぞ」
鎧をつけたままの手で俺の手を握る。正直に言うとゴツゴツして手が痛い。
「俺は連絡を入れただけで、支援を決定したのは領主様だ。礼を言う相手が違うぞ」
「ハッハッハ、体は小さいのに心はデカいのう。ところで、何日も足止めさせてしまったが用事は良かったのか? どこかへ向かう途中だったのじゃろう」
「ああその件だが、シミターギとメダヒ・ナリナの動きはどこまで掴んでいる?」
「首都が落ち連絡網が機能しておらぬでのう。新しい情報は何も得られずにいるのじゃ」
「そうか……。俺たちはシミターギとメダヒ・ナリナの動きを牽制するために動いている。放っておけばランティア領も騒乱に巻き込まれるからな」
「牽制……。やはり我が領土に侵攻してきとるのか」
老騎士は悔しそうに南の空を見上げている。シミターギとメダヒ・ナリナのある方角だ。
「南方の領民たちは無条件降伏し軍門に下っているから被害は大きくないそうだ。将軍には辛い話かもしれないが……」
「それで良い。保護を約束しておった領主が亡くなったのじゃ、誰を君主として仰ぐのか決める権利は民にある」
この爺さん、寝返った民を裏切り者と罵らないんだな。俺にはわからない心境だ。
「ソドネレコ領には壁になってもらわないと困るんだが」
老騎士はクックックと苦笑いしている。
「正直な奴じゃ。悪いがソドネレコは滅んだ、役には立たぬじゃろう。そうだお主が領主になれば良い、その大きな態度、案外行けると思うぞ」
「そうか、なら貰おう」
「ハッハッハ、冗談を真に受けるでない」
「ハッハッハ、本気と冗談を見抜けぬとは、老眼か?」
老人に無言で見つめられても嬉しくないな。
「領土は子供の玩具ではないぞ。民の命を弄ぶ気なら今ここでお主の命を絶つ!」
腰の剣に手をかけた。長槍の男たちと対峙したときとは迫力が違う、冗談ではなく本気の目だ。
アーセナルとミリングが俺をかばおうとするので、
「動くな!」と、命令した。
俺を中心に三人が三角形の頂点の位置に立っている。爺さんの腕がどれほどか知らないが俺の首など一瞬で落とせるだろう。
「遥か未来、戦火に巻き込まれ散る、何千、何万、何億の民の命と、俺の命は等価だ」
「命の価値は平等。
「否! 命の尊さは平等、だが価値は違う。ここを通りがかったのが俺でなければ民は餓死したのではないか? 将軍が先導しなければ首都と共に民の命は失われていたのではないか? それでも命の価値は平等と言えるのか! 力ある者の命の価値は、力の大きさに比例する、違うか?」
「それは命の価値ではなく責任の重さじゃろう」
「ならば言い直そう。何千、何万、何億の民を救うのが俺の責任だ。子供の妄想だと馬鹿にするのなら黙って見ていろ、俺の道を塞ぐな!」
「馬鹿な! 子供の気迫とは思えぬ。お、お主はいったい何者なのじゃ」
「たった今、この地の領主となった糞餓鬼だ」
老人はプルプルと震えると立膝となり頭を下げた。心が折れたサインだ!!
ふぅ~~~~、なんとか誤魔化せた。脳筋はす~ぐ沸騰して力で解決しようとするからな、気が抜けない。
剣を抜く素振りを見せたら鞘の口をスキルで絞めればいいと考えていたから怖くなかった。たぶんその余裕が気迫に見えたのかもしれない。ふっふっふ老眼で助かったぜ。
さらに、子供なのにランティアの領主を顎で使える凄い奴だと認識させ、それっぽい事を言いながら領主にしろと言う奴、これで老人の常識は壊れ、俺が只者でないと錯覚を覚える二段構えの作戦、急場しのぎだったがうまくいったようだ。
「新しき領主よ、どうかワシらを導いて下され」
「断る!!」
「「はぁ?!」」
老人とアーセナルは驚いているが、ミリングはニヤニヤと笑っている。なにがそんなに面白いんだろう。
「常識的に考えて子供が領主なんて無理だっての」
「お主(キミ)が常識を語るのか!」
お~、二人がハモって俺を罵倒している。こいつら気が合うな。
「マテマテ、考えがある。俺は影番をやります」
「かげばん?」
「領主はコンダン将軍が務めればいい。正直に言うと領地なんて欲しくないんだよ、だから俺は裏で糸を操る
「ワシが領主? 器ではないぞ」
「求めるのはカリスマだ。政務はランティア領の領主に丸投げすればいいさ」
「お主、相当酷いヤツじゃな、ランティアの領主殿が不憫じゃ」
「同感です」
「わかってないな。あの人は難民を受け入れるって言ったんだ、その人数が増えるだけさ」
「主様超ひで~、でもそこが素敵っす!」
なぜかミリングが大喜びしながら俺の頭を撫でている。
「それじゃあシミターギとメダヒ・ナリナを追い返すための作戦会議を始めるぞ」
夕暮れ時、焚火を囲み地面に直接腰を下ろしている。
エネマだけ厚手の布に座っているのはアーセナルが敷いたからだ。キザな奴め。
ミリングは俺の背後に座り頭をなでている。いつもの事だ気にしない。
「ミリング、情報はどの程度集まった」
「たっぷり満載だヨ」
「教えてくれ」
「アイコピー。両陣営とも最低限の防衛部隊を残して侵攻してるよ。四等分されたピザの半分がソドネレコ。残り二切れを奪い合う感じ~。秘蔵っ子の魔術師が二人ずついるけど、領主と一緒に首都にいるから正面衝突は避けてるみたい。このまま駐留して守りを固めるみたいだね。兵数は約二万、帯状に伸びた防衛ラインに二千ずつ点在してるよ」
もう半分も取られたのか思った以上に深刻だな……。
「コンダン殿、集められる兵数は?」
「散り散りとなり連絡が取れぬ部隊が多すぎる。良くて五千。点在する拠点を各個撃破しても二か所が限度じゃな。ランティア領から支援は受けられぬだろうか」
「ランティア領から兵は出さない。それとソドネレコ領の兵士にも戦闘はさせない」
「話が見えぬ。どうやって敵兵を追い返す気なのじゃ」
「潰しあってもらう。穴蔵で寝ている領主と魔術師を叩き起こしてな」
「ほぅ、考えがあるのじゃな、聞かせてもらう」
「領土の半分をやるから相手を潰してくれと話を持ち掛ける。援軍として五千の伏兵で背後から奇襲するから勝てると
「交渉に応じるとは思えぬが」
「断れば敵側と同盟を組むので構わないと強気の姿勢を見せるんだ。ソドネレコ領としてはどちらの陣営が潰れようが領土が半分残るなら良いのだ、とね」
「なるほどのう。拮抗している戦力だからこそ二対一の状況は避けるのじゃな」
「ああそうだ。ライバルさえ倒してしまえばソドネレコなど取るに足らない存在だと侮る。弱音を吐く敗残兵との約束など反故にして攻め滅ぼせば良いと考えるだろうな。それに、両陣営に話を持ち掛けるが、どちらか片方でも交渉に乗りさえすれば成功だ。敵側が開戦の準備を始めれば応戦せずにはいられないのだから」
「交渉の成否は問題ではなく同盟の兆候を掴ませることで疑心暗鬼になり本体が出陣するということですね」
アーセナルがさくっとまとめてくれた。
「ああその通りだ。コンダン殿、四万の兵が合戦でき、背後に五千の伏兵を忍ばせることができそうな土地はあるか?」
「この地はワシの庭じゃ、最適な場所を案内しよう」
広大な荒野に林が点在する、それがソドネレコ領の土地柄だ。
荒野の中央に四万の軍勢が相対し陣を組んでいる。陣形に名前がついていそうだが軍事オタクでない俺が知るわけがない。ぱっと見は横断歩道の縞模様だ。
双方の背後には小高い丘や深い林があり、いかにも伏兵が潜んでいそうだ。
御輿の上に派手な椅子が固定され、そこに領主が座っている。狙ってくれと言わんばかりの演出だが兵士を鼓舞するためには必要なのだろう。
この決戦で長い闘いの歴史に幕が下りる。両陣営はそう思っているに違いない。
パーパパパー、パーパパパー、パーパパパー、――。
戦闘開始を知らせるラッパの音が戦場に響き渡ると、両軍から戦闘用馬車に乗った魔術師が出陣した。
現代兵器に例えるなら魔術師は大陸間弾道弾に匹敵する戦力だろう。
高齢の魔術師が精神を集中させると頭上の空間が歪みはじめ、その中央に小さな火種が出現する。火種はじわりじわりと成長し、千人ほどの兵士を軽く飲み込めるほど巨大な火球にまで肥大化した。
敵側にも同じく火球が生み出され、戦場に二つの小型太陽が浮かんでいる。
雑兵たちは無意識に震え、唾を飲み込み、瞳孔が開き、背中には冷たい汗が流れている。次の瞬間アレが自分目掛けて飛んでくるかもしれない恐怖に耐えている。
若年の魔術師が精神を集中し始めると頭上に氷塊が出現し、槍ほどの大きさまで成長すると火球目掛けて飛翔する。まるでホールケーキをスプーンで削るように、円形だった火球が歪な形に萎んでいく。
精神を集中し続ける魔術師の表情に疲労が見え始める。戦闘用馬車に同乗している兵士は魔術師が倒れないよう体を支えていた。
戦場が一望できる崖の上で俺たちは観戦している。
「あれが魔術師たちの戦いなのか、もっと派手な打ち合いを予想していたが……」
隣にいるコンダン将軍が頷いた。
「ワシも見るのは初めてじゃ。そもそも希少な魔術師が四人集まることが異例中の異例。歴史上、過去に一度だけ魔術師が相対した戦争があったそうじゃが、その戦では精神力を使い果たした魔術師が命を落としたらしい。それ以来、魔術は命を削ると言われるようになったそうじゃ」
「えっ?!」と、エネマが驚いている。
「いや、この話はオカルトでな、そもそも寿命を知ることができないのに命を削るなど証明できるわけがなかろう。人間は極度の疲労が続くと外傷がなくとも簡単に死ぬのだ、あのような戦いを続ければ誰でも倒れるわい」
「あ……」
ほぼ同時に高齢の魔術師が倒れると、若年の魔術師は標的を雑兵に向ける。
パーパーパパパ、パーパーパパパ、パーパーパパパ、――。
突撃を意味するラッパの音が戦場にこだまする。
地響きと共に先陣たちが走り出した。
氷塊の爆撃を受け、被害者を増やしながら、それでも前進する。
舞う土埃、悲鳴と怒号、金属のぶつかり合う音、流れる血と汗。
生の戦場を、こちらの世界に来て初めて見た。いや、前世でも戦場など見たことはない。
報道規制で死体すら見たことがないのに、それが、今、絶え間なく増え続けている。
「うげぇ~」
吐いてしまった。
ミリングが背中をさすってくれる。エネマがクチを濯ぐ水を出してくれる。アーセナルが大丈夫かとたずねてくる。
偉そうなことを吐く糞餓鬼が、今だけは子供として扱われた。
覚悟していたはずなのに、いざ戦場に立つと揺らいでしまう。
いざという時、エネマが魔術を使えるか俺は心配した。そして彼女は躊躇なく使おうとした。それに対し俺はどうだ。肉弾戦が開始されて早々に吐いた。情けない、覚悟を決めたはずなのに、情けなくて自分自身に失望する。大陸統一はまだ序章。これから更に死者が増えるだろう。前を向け、目を逸らすな、彼らの死を無駄にしないために。
「うげぇ~」
少し戦場を見ただけでまた吐いてしまった。情けない、情けない、情けない、情けない、情けない。
何度も、何度も、自分に言い聞かせるが精神の弱さが覚悟に追い付かない。
コンダン将軍が俺の髪を乱暴に掴み引き上げた。
「立て小僧ワシを落胆させるでない。価値が低とほざいた命が散っておる。お主が選んだ道であり責任なのじゃ、心に焼き付けておけ」
ああ、この人は俺を見捨てず、甘やかさず、尻を叩いてくれる。こんな大人になりたかった。
足に力を入れ、立ち上がり、背筋を伸ばし、戦場を向く。
「ありがとう将軍、あなたはやっぱり優しい人だ」
喉まで込み上げたモノを無理やり飲み込みぐっと堪える。
両陣営は俺の作戦を信じていたようで、相手の背後からソドネレコ軍が奇襲をすると信じている。
だが、いくら待っても援軍は来ない。あたりまえだ、この戦場にソドネレコ軍は連れてきていない。
不審に思った領主が兵士を引かせるよう命令を下す。
パパパーパー、パパパーパー、パパパーパー、――。
後退を意味するラッパが鳴り響く。
逃がさない!
スキル『穴掘り』。
ソドネレコの首都を沈めたように、両陣営を全て飲み込むほどの巨大な穴が降りていく。
深い穴に飲み込まれ、兵士たちは混乱し、敵側の魔術師の仕業だと叫んでいるようだ。
戦闘が一層激しさを増す。
パパパーパー、パパパーパー、パパパパーパー、――。
仕切り直しする気だろう、後退を意味するラッパが絶え間なく鳴り響いている。
休む暇は与えない。
スキル『穴縮小』。
戦場がじわりじわりと狭くなる。
垂直の絶壁に背を押され強制的に前線へ追い立てられる。
若年の魔術師が放った広範囲火炎攻撃。
人が燃え、物資が燃える。
戦場の温度が急激に上昇し、燃焼により酸素も薄くなり、呼吸困難で倒れる兵士が出始めた。
さらに穴が小さくなる。
折り重なる死体でもう地面は見えない。
友の屍の上で剣を振るう兵士。
御輿を担いでいた兵士はとうに息絶え。領主も既に絶命していた。
生存者はただの一人も残らず、血肉の燃える悪臭だけが、生命の痕跡を誇示していた。
エネマは泣き崩れ、アーセナルはその肩を抱き慰め、ミリングは愉快そうに笑っている。
「どうしてあの人たちは殺されなければならなかったの?」
震える声でエネマが呟いた。
「ここは戦場であいつらは兵士、死は覚悟していたはずだ」
「どうして全滅させたの?」
「ここで起きたことを秘密にするためだ」
「また秘密……、理由は教えてくれないのよね?」
「そうだ、作戦が終了するまで誰にも明かすことはない、絶対にだ」
「そう、もう聞かないわ……」
アーセナルに肩を抱かれながらエネマはその場から離れていく。
「こんなもの戦場ではない、地獄だ。お主は悪魔の化身か」
戦場に目を向けたまま将軍が俺に尋ねた。
「俺の知る魔王と呼ばれた男は、山を焼き敵兵を殲滅したらしい。もしかするとこんな虚しい気分だったのかもな」
「その男はどうなったのじゃ」
「味方に裏切られ殺されたよ」
「さもありなん」
「俺を殺しておいたほうが良いかもしれないぞ」
「ワシはお主の責任とやらに賭けたのじゃ、お主が地獄に落ちるのならワシも同行してやるわ」
「ハッハッハ、老衰で先に死ぬだろ」
「お主、ほんとうに酷いヤツじゃな」
「ああ。自覚している……」
将軍が俺の肩をポンと叩いた。それが同情なのか、慰めなのか、鼓舞なのか、察することはできなかった。
「さてこれからどうする」
「将軍は領主となりソドネレコ領を平定してくれ。連絡係を派遣するからランティアの領主様と仲良くしてくれればそれでいい。俺はシミターギとメダヒ・ナリナを平定してくるよ」
こうして俺はさらに西へと旅を続けたのだった。
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