第6話 天才軍師の罠

 エネマを連れてランティア領に帰領した俺たちは領主邸の応接室に来ていた。

 隣にはエネマが座り、アーセナルは後ろに立ち、正面には領主のランティア様とテオ将軍が座っている。

「あっ、あのっっっ、エネマと言いますぅ~」

 緊張でガッチガッチに固まっている。無理もない、領主と将軍に会うなんて言えば拒否するに決まっているので、事前情報を与えずに騙して連れてきたのだ。説得するのが面倒ってのが本音だけどね。


「テオ将軍、そんな怖い顔で睨んだら大抵の女性は泣きますよ、袋でも被ってください」

「坊主はあいかわらず無遠慮に酷いことを言うな」

「事実ですから。ハイハイ笑って」

「こうか?」

「怖っ! 何を企んでいるんですか!」

 まるで悪代官が越後屋と悪巧みしている顔だ。

「仕方なかろう生まれつきなのだ。それにしても魔術師を連れ帰るとはお手柄だぞ!」

 宝くじを当てたかのような喜びよう。たしかに確率的には同じくらいのレアな神職なので仕方ないのだが。

「お褒めに預かり恐縮です」

「早速ワシ直属の部隊に編入するとしよう。兵たちの驚く顔が目に浮かぶわ、ハッハッハ!」

「あ、ソレは無しで。彼女は軍属にしません」

「なんだと?」

 普段から怖い顔なのに、それがさらに険しくなり俺を睨みつける。

「魔術師を召し抱えたなんて噂が広まれば周辺の領主たちが警戒します。軍備の増強は秘密裏に行うべきだ」

「何を言う、ロプシチアが攻めて来たのは舐められていたからだぞ。魔術師は武力を誇示するのに恰好の材料となる。抑止力は公開することで意味を成すのだ」

「そうですね、敵は対抗するために更なる戦力として魔術師を二人連れてくるでしょう。それを防ぐためにこちらは魔術師を三人用意しますか?」

「うむぅ……」

「レースを始めてはダメだ。武器をちらつかせて威嚇なんてのは粗暴者のやる虚勢。油断して攻めて来た相手を完膚なきまでに叩き潰しプライドと戦力を削ぎ落す、これが相手を黙らせる戦術だ」

「ならば魔術師を連れ帰った理由は何だ」

「ロプシチアに奪われないため確保したに過ぎません」

「それでは宝の持ち腐れではないか」

「彼女は最終兵器ですが、最後の切り札は使わないから価値がある。上手く腐らせることができれば、それは作戦が成功したという事だ」 

「納得できるか! ……納得できぬが、コイツと何やら決めたのだろ」

 テオ将軍は隣に座る領主を親指で指さした。

「ああそうだ。私とある約束をした。けれど今だ乗り気ではないのだよ。荒唐無稽な夢のような話でね、実現できるとは思っていなかった。けれどキミは私の想像を超え魔術師を連れて来た。となれば夢も現実味を僅かに帯びると言うものだ」

 テオ将軍が大げさな溜息で残念アピールをしてくる。

「まあオマエが納得してるんなら良しだ。坊主、もしロプシチアが攻めてきたら彼女を前線に出す、異論は認めぬ。それまでは預けておく良いな」

「寛大なご配慮、恐悦至極に存じます」

「けっ! ほんと坊主は子供らしくないな」

「やった~~~わ~~い!!」

「嘘臭いわ!!!」






 領主様から追加の路銀を頂き、旅に必要なものを買い足すため市場に来ている。

 女性の旅支度は俺たちではわからないのでエネマも同行している。まあ彼女も旅は初めてなので手探り状態なのだが。

 広場で開催されるフリーマーケットのように、敷物の上に商品が並べられた露店が集まっている。


「あの、元旦那さん」

「なんだね、元嫁さん」

「領主様と将軍様に舐めた態度をとるなんて、アナタ何者なの?」

「ごく普通の七歳児だが、それが何か?」

「流石に冗談よね」

「ああ鉄板ネタだ」

「常識的に考えちゃだめだよ、その子は異常だ」と、アーセナルが言いながら笑っている。

「あ~もぅ、笑ってないでホントのこと教えてよ」

「秘密だ」

「あらあらっ、七歳児には人を信頼するのは難しいのかしら~、態度は大きいのに心は小さいのねぇ~」

 ほぅ、安い挑発だが相手をしてやろう。

「例えば、だ。エネマが悪党に攫われたとしよう、そこへアーセナルが助けに来た。悪党は言う『助けてほしければ七歳児の秘密を吐け』と。アーセナルどうする?」

「もちろん秘密は守ります」

「えっ?!」

 エネマは驚いてアーセナルの顔を見た。

「信じられないかもしれないがアーセナルは領主様に忠誠を誓った兵士だ、エネマの命より使命を選ぶんだよ。まあ、わずかな可能性としてエネマを失った悲しみと自責の念に駆られ後を追うかもしれない。けれど、アーセナルが秘密を知らなければ、エネマを失っても仕方ないと諦めがつくだろう」

「諦めるの?!」

 エネマは再びアーセナルの顔を見た。

「例えだよ、例え」と、アーセナルが笑いながら落ち着かせているが、否定はしていない。こいつ領主の忠犬だな

「さあ立場を逆にしよう、捕まるアーセナルと助けに来たエネマ。悪党の要求にどう答える?」

「もちろん秘密を教えるわ」

「はいアウト~。信頼に値しませ~ん」


 そう、俺は友情物語が大嫌いなのだ。

 無い物を欲しがるのは人間がもつ欲求の根源だと思っている。お金が欲しい、恋人が欲しい、強さが欲しい、そして友情が欲しい。

 物語の主人公が仲間との友情を深め、絆を確かなものとする、それは読者には育むことができない人間関係で、だからこそ強く憧れ欲するんだ。

 自分の命を差し出して仲間を救う? ないない、ありえない。

 フィクションならば熱い展開で喜ばれるだろうが、冷静になって考えてほしい、現実にそんな友人がいたらどうだろう。ストーカー、メンヘラ、サイコなどに分類され、とてもじゃないが重すぎて付き合えないはずだ。

 俺はアーセナルを尊敬し信頼する。安っぽい友情より使命を優先し秘密を守ると宣言してくれたのだから。


「人質なんて卑怯よ。それに例えが悪いわ、現実的じゃないもの」

「いや、俺たちの旅では現実に起こりえるシチュエーションなんだよ。怖がらせるつもりはなかったけれど、同行するなら覚悟を決めてほしい。もし納得できないのなら町に残っても構わない」

 エネマは立ち止まり下を向いて考え込んでいる。

 俺とアーセナルは彼女が答えを導き出すまで黙って待っていた。

 雑踏の音がうるさい。けれど彼女は気にも留めていない。

 命を失うかもしれない旅なのだ、十五歳の少女には荷が重い選択だろう。けれど魔術師である限り命の選択はいずれやってくる。

 俺はひどい奴だ、テオ将軍には彼女を戦争には行かせないと拒否したのに、護衛として、武器として、威嚇として、彼女を旅に同行させようとしているのだから。


 顔を上げ俺を見た。

「私が必要?」

「ああ必要だ」

「なら良し、約束だもの、あなたが私を必要だって言うのなら力を貸すわ。秘密は~気になるけど聞かないことにする」

 おぉ、吹っ切れた清々しい笑顔だ。

「感謝する」

「テオ将軍の言う通りね、子供らしくないわ」

「やった~~~わ~~い、お姉ちゃんと一緒だ~~~!!」

「嘘臭いわ!!!」






 ヘッドハンティングの旅へ再び出発した俺たち三人は、ヨコーソノ領へ向けて馬車を進めていた。位置的には南のランティア領、北のロプシチア領、東のナトリオ領、そして西のヨコーソノ領となる。

 俺とアーセナルだけならば傭兵兄弟と偽ることもできたがエネマも一緒となると無理がある。なので行商人に扮して旅をすることにした。偽装のため馬車にはランティア領の特産品である絹織物などが積まれている。

 商人設定なのでアーセナルは鎧を脱いでいるが、いざという時のために剣や槍などの武器と一緒に荷台に隠してある。

 田舎道をのんびりと進む馬車。ついでに交代しながら御者の訓練もしている。新鮮な体験なのだろう、エネマはとてもはしゃいでいた。

 今はアーセナルが手綱を握り、俺とエネマは荷台で向かい合い座っている。


「生まれ故郷のナトリオ領を出たと思ったらランティア領で騙されて領主に会って、今度はヨコーソノ領に来てる……。ホントに大陸中を横断するのかしら」

「まだ疑っていたのか」

「普通は信じないわよ、領を出るなんてまるで行商人だわ」

「俺らはその行商人だけどね」

「人を騙すなんて心が痛むのに、どうしてこの子は平然としてるのかしら……。まあいいわ、それで、どこへ向かっているの?」

「ランティアとヨコーソノ領の狭間にある村だ。どちらの首都かも辺境と呼ばれるほど離れた地に天才軍師がいるらしい」

「グンシって何?」

「戦争を有利に進めるために類稀なる智謀を巡らし敵を追いつめる嫌な奴だ」

「それってキミのことじゃない」

「アッハッハッハッハ!!」

「アーセナル、笑いすぎだろ」

「だって言い得て妙じゃないか。確かにキミは軍師の器だよ」

 俺は穴師だよ。

 たしかに七歳児にしては頭が良いだろう、中身は大人なのだからあたりまえだ。だが大人として客観的に分析すれば、知能は人並みだし、思慮深いわけでもないし、機転がきくわけでもなく、会話は苦手で、カリスマなんて皆無。そう、俺はごくごく普通の一般人なのだ。

 この旅も成功するなんて楽観視はしていない。失敗のほうが確立は高いだろう。だからと言って辞める気はないがな。


「でも、そんな頭の良さそうな人がどうして辺境になんて住んでいるの? 首都に住むような身分の高い人でしょ?」

「だから狙い目なんだ。恐らく何か仕事を失敗したんだろう。暇に出されたってことだ。引き抜くタイミングとしては申し分ない」

「ふぅ~ん。まあ私は付いていくだけだしねっ」

「いやエネマには大事な仕事がある」

「えっ、ナニナニ?」

 頼られるのが嬉しいのだろうか目を輝かせている。

「料理を作ってくれ。俺たちは料理が苦手でね、今までは干し肉をかじって生き延びてたんだ」

「できないわよ、料理」

「は?」

「早くに両親を亡くしたって言ったでしょ、それに目が見えなくて料理どころじゃなかったわ」

「誤算だ! 俺の計画に穴があるとは!!」

「策士策に溺れるとはまさに――」

「うるさいぞアーセナル」

「ハッハッハッハ!!」






 田舎道からすこし外れ雑草の生えた野原を馬車で進んでいると、浅い谷間の間を流れる小川で釣りをしている人がいた。

 竹細工の日傘をかぶり、甚平みたいなラフな服を着て、大きな岩の上であぐらをかき糸を垂らしている。

 俺は馬車を降り、声が届くくらい近寄ると、

「釣れますか?」と声をかけた。

「ヘッドハンターが良く釣れますよ」

「振り向きもせず、俺がヘッドハンターだと良くわかりましたね」

「簡単です。ここは釣り場としては最悪で、訪れる者など皆無。ならば私に用事があるのでしょう。そして私は軍師くらいしか取り柄の無い男です」

「なるほど、釣果がない。それは成果がないことを意味し、誘いには乗らないと暗喩しているわけだ」

「ほぅ」

 男は初めて振り返り俺を見た。

 物腰の柔らかい糸目の男性だ。年齢はアーセナルより上、たぶん二十代後半だろう。

「おや、若い声だと気になっておりましたが子供でしたか。いやはや聡明な子よ」

「天才軍師と称されるアナタに聡明と言われるのは面映おもはゆいですね。名乗るのが遅れました、俺はオマンです」

 糸を上げ体をこちらへ向けた。

「かつてヨコーソノ領の軍師を務めていたガルプと申します」

「まだ軍籍から抜けていないと伺っていたのですが」

「良くご存じですね。ええその通りです、離別状を叩き付けたのですが受理してはもらえないようで。あの方には困ったものです」

「嘘ですね」

「嘘?」

「試しておられるのでしょう、領主を。嫌なら他領へ移り住めばいい、しかし迎えが来るのを期待しここで待っている。おそらく領主自ら足を運ぶのが望みですかね」

「鋭いお人ですね。その推理は正解でもあり、また不正解でもあります。あの方がいらしてくれないのを私は知っている、けれど諦めきれず未練でこの地に留まっているのです」

「参ったな。アナタを動かすには領主を連れてくる必要があるが、領主に会えばアナタは元鞘に戻る。これは難題だ」

「難題? 不可能の間違いでは?」

「人ひとり攫うくらい造作もない。たそえそれが厳重に守られた領主邸だろうとね」

 挑発の意味を込めてニカッと笑って見せた。

「ほぅ、それは異なことを。領主邸はこの私が設計し、警備体制も私が計画立案したのです。易々と攻略できると思われるのは心外ですね」

「未来の事実を説明するのは無駄でしかない。俺の関心は領主と対面してもアナタが懐柔されず、俺と共に歩む道を決断させることだ」

「針の穴から天を覗くとは正に今のアナタですね。私は年齢で人を見下したりしません。けれどアナタは経験不足のようです。失敗を経験すれば身の丈を理解できるでしょう! ……いえ、違いますね。アナタは故意に私の神経を逆撫でし有利な条件を引き出そうとしていますね、危うく策略に乗るところでした」

「流石は天才軍師だ。一瞬で冷静さを取り戻しますか。これは骨が折れる」

「その余裕の笑み。策を看破されるのも想定の内なのでしょう? 怖いお人ですね。いいでしょう、あえて挑発に乗らせて頂きます。私の出すお題が達成できたのなら、アナタの申し出を受けると約束致しましょう」

「そのお題とは?」

「君主の元を去った理由を解明し、私の前に連れてきて謝罪させてください」

「なるほどかぐや姫ね」

「かぐや?」

「承知した、そのお題クリアしてみせよう」






 俺たちは目的地をヨコーソノ領の首都へ変更し、田舎道を馬車で移動している。

「ねぇねぇねぇ! あのガルプって人との話、ぜんっぜん意味がわからなかったんですけど!?」

 エネマが興奮気味に聞いてきた。

「気にするな、殆ど意味のない会話だ」

「へ?」

「軍師って生き物は敵を侮らぬよう常に自分よりも優れた相手との駆け引きを想定しているものさ。だから思わせぶりな態度や発言を繰り返していれば勝手に深読みして自滅するんだよ」

「うわぁ~、この子、一流の詐欺師よ」

「失礼な。騙したわけじゃないだろ、交渉上手と言ってくれ」

「大人と交渉する子供なんて聞いたことないわ」

「見たことはあるだろ」

「あ……」

「ハッハッハ、この子に常識は通じないよ。しかし、交渉は失敗じゃないのかい? ランティア様と違い、普通は領主と面会するのは難しいんだよ。それなのに連れて来いだなんて」と、手綱を握るアーセナルが聞いてきた。

「力技で良ければ手は無数にあるんだ。例えば地面の下に穴を掘って領主の足元に出るとかね」

「待った! それは領主を誘拐するって話かい?」

「振り返るな、危ない」

「非常識な子だわ、詐欺師じゃなくて誘拐犯だったなんて」

「俺はキミの護衛だが、犯罪に加担するつもりはないからな」

「私だって力を貸す約束はしたけど、捕まるのなんてゴメンよ」

「勘違いするな。ガルプが遭いたいと願うから連れていくだけで別に身代金を要求するわけじゃない、用が済めば丁重に帰すんだ」

「ホントかなぁ~、この子、ついでにお金を要求しそうなんだけど」

 かなり不信感を抱いているらしくエネマの白い視線が痛い。もしや騙して領主に面会させたのを恨んでいるのだろうか。根に持つタイプなのかもしれないな、注意しとこう。

「それは安心していいよ、どうもお金には執着心がなさそうなんだ。大金を手にできる機会が今まで何度かあったのに、全て断ってるんだよ」

「えっ?! どういうこと????」

「秘密だ」

「出た! 秘密を持つ俺様カッコイイ、とか思ってるんでしょ! そ~ゆ~ところは子供ねぇ~」

「説明が面倒なんだよ」

「可愛くない!!!」






 二つの小高い丘の中央を横断する道に町が生まれ、そこから発展したのがヨコーソノ領の首都だ。

 山頂には突起物のような砦が造られており、遠くから見るとまるで女性の――、ふぅ、俺に性欲が残っていたり、思春期の子供だったら、そんな想像を膨らませ喜んだことだろう。グッバイ俺の性春。

 行商人に扮した俺たちは意外なほどすんなりと首都に潜入することができた。きっと幼気いたいけな子供が同乗していたため警戒が薄れたのだろう。さすがだな俺は。


 首都へ入った俺たちは飯屋に入り早めの昼食を摂っている。

 ランティア領よりも質も量も優れている料理に三人とも大満足だ。硬くて味の薄い干し肉で食いつないでいたのでよけいに美味しく感じる。やっぱり旅には料理担当が必要だな。

「これからどうしますか?」

 兵士であるアーセナルは体が資本なだけあって食べる量も多い。みるみるうちにテーブルに並ぶ料理が減っていく。

「ガルプのお題をクリアするには情報が必要だ。とりあえずは聞き込み調査だな」

「どのような情報を集めればいいでしょう」

「領主とガルプの評判。人間性、仕事ぶり、それと二人の関係かな」

 天才軍師と聞くと戦国武将の竹中半兵衛を思い出す。酒色に溺れた君主、齋藤龍興を見限ったエピソードが有名だ。

 ヨコーソノ領主も齋藤龍興と同じく愚者で、軍師の話に耳を貸さなかったのではないだろうか。領主が反省するのを僻地に引きこもりながら待っているのだろう。ならば、領主邸に忍び込み説教すれば万事解決するのだ。いやあ楽な仕事だ。


「分かれて行動したほうが集まる情報は多いわよね」

 運動や食事のおかげで、エネマの顔色と体の肉付きはとても良くなった。長旅で体調を崩す心配がないのは安心できる。

「それは反対だ。護衛対象と離れるわけにはいかないし、見知らぬ土地での女性の一人歩きは危険だ」

「そうだな、治安が良いとも限らない一緒に行動しよう」

「お姉さんと一緒にいたいんでしょ、寂しがりやなんだから」

 プニプニと俺の頬を突っついてくる。

「子供扱いするな」


 店に入ってきた男性客が俺の背後に座わった。

「いらっしゃいませ~ご注文をどうぞ~」

 若いウエイトレスが後ろの男に接客している。

「ユイちゃんの笑顔と、いつもの日替わり定食で」

「はいはぁ~い、笑顔はタダですよ~、日替わり定食ひとつね、ありがと~ございま~す!」

 店員が去ると背後の男が独り言のように、

「穴は」と、小声で呟いた。

 初めての『影』からの接触だ。背中合わせなので顔は見えない。それほど目を引く客ではなかったはずだ。『いつもの日替わり』と言ったな、ということはこの町で普通に生活しているのだろうか。

「この店の料理は素晴らしい」と合言葉を答える。

「どうしたの突然?」

「別に、独り言さ」

 エネマが不思議そうな表情をしている。

 演技の経験なんてないんだ、不自然で悪かったな。


 背後の男は俺だけに聞こえるように小声で話を始めた。

「こちら領主邸の見取り図です。警備体制も記録してありますが配置のパターンが多く全てではありません。参考程度とお考え下さい」

 後ろ手で紙を受け取る。

「領主について情報はあるか」

「ヨコーソノ領は税率が低く、街道は整備され民の流入が多く活気があり、社会福祉に十分な税金が投入され領民の満足度も高いため領主の支持率はとても良好と言えます」

 予想が外れたか……。有能な領主と軍師、これは厄介そうだ。もしかするとプライドの高い二人がお互いを認めず衝突したのかもしれない。となるとなかなか根の深い話になるかもしれない、あー面倒だ。

「軍師のガルプですが追加情報はありません」

「え?」

 思わず声が漏れてしまった。

「いくら探っても有能な軍師としか情報は得られず、どのような功績を上げたのか不明です」

「しまった! この場から早く離れ――」

 そう言い終わるよりも早く、十名ほどの衛兵が飯屋に入ってきた。

「ご同行願います」






 ヨコーソノ領の領主邸は、はっきり言ってみすぼらしかった。

 木造の平屋で、掘りや壁などの防衛施設はなく、軍師のガルプが熱弁するほどの厳重な警備体制とは到底思えない。

 道沿いに建つ店のほうが遥かに良い造りをしていたので、連れてこられたときは領主邸ではなく牢屋だと勘違いしたほどだ。

 想像していた謁見の間は、床は毛足の長い絨毯が敷かれ、壁は派手な装飾に彩られ、奥には黄金の玉座があり、どれもこれも威厳と風格を演出するための舞台装置のはずだ。なのに、ここには絨毯や装飾はなく、玉座は木目が素敵な木の椅子だった。


 教室ほどの広さの謁見の間には二十名ほどの重装兵士が壁際に並んでおり、質素な部屋とは対照的に兵士の装備は立派で手入れが行き届いているように見える。

 俺たちは腕を後ろに回され、縄で縛られ、床に正座させられている。むき出しの古い床だが綺麗に掃除されており膝をついても不愉快な感じはしなかった。

 品祖な玉座には細く痩せた男が座り、眼光鋭く相手を威圧する雰囲気を漂わせている。

 その風貌はカマキリを連想させ、獲物を前にいつ鎌を振り下ろすかわからない怖さを持ち合わせていた。

「面を上げよ」

 体格には似つかわしくない太く響く声は、人に命令するのに慣れている感じがする。

「おまえたち、どこの手の者だ」

「領主様、私どもは行商人でございます」

 俺の斜め後ろに座るアーセナルが頭を下げたまま答えた。

「回りくどい話は好かん、次に虚言を吐けば女を殺す」

 エネマがビクッと反応する。

 すぐ泣き出さないのはえらいが、そう長くはもたないだろう。

「はぁ~」と俺は大きなため息をつき、

「あなたは殺さない」

「なにっ?」

「不思議だったんだ、なぜ子供の俺が二人の前に座らされたのか。この町に到着して間もないのに、なぜ食堂にいる俺たちを連行したのか。目的は俺なんでしょ。おそらく軍師のガルプが俺に興味を持ち早馬で連絡を入れたんだ」

 領主がにちゃりと嫌な笑みを浮かべる。

「頭が切れる餓鬼というのは誠らしいのう、いかにも、おまえたちには監視を付け、町に潜むスパイと連絡を取るまで泳がせていたのだ」

 アーセナルとエネマの後ろには、俺に話しかけた『影』の男も捕り座らさている。

「おおかた辺境に住む軍師ガルプ、あいつも嘘なんだろ。ヘッドハンターを罠にかけ、首都までおびき寄せ、情報を吐かせる。いい作戦だ。考えたやつが本物の軍師じゃないか」

「クックック、いいぞ、いい。オマエいいな。考えたのは俺だ。まさか餓鬼に褒められるとは思いもしなかったがな。ハッハッハッハ、予定変更だ、情報を吐かせた後、全員処刑するつもりだったが、餓鬼だけは生かしてやる、俺の配下になれ、断れば殺す」

 笑っているが目が冗談ではない。

「べつに良いですよ」

「素直な餓鬼は嫌いではない、好待遇でむかえて――」

「ただし! 質問の答えを聞いてからだ」

「フッ、生意気な。まあいいだろう答えてやる」

「なぜこの屋敷は質素なんだ。町の住人たちは笑顔に溢れ、街道や建物も綺麗で食事も美味しい。裕福で生活が充実している証拠だ。税収が少ないとは考えられない」

「つまらん質問だな。豪邸がなんの役に立つ。民の暮らしが良くなるのか? 治安が改善されるのか? 収穫量が増えるのか? バカバカしい、不要なものに割く金など無駄だ。ん? なんだその驚いた顔は」

「横暴な態度からは想像できない回答だったから……」

「おまえたちはスパイだ。愛する我が民ではない奴らに慈悲など無用」

 なるほど、領民から税を搾り取り私腹を肥やす暴君ではないのか。見た目と違い、身内には人気があるタイプなのかもな。


「次だ、戦好きなロプシチアが攻めてきたらどうする」

「カカッ、有能な部下たちが撃退する。あんなクソ領地など眼中にないわ」

「ロプシチア領よりも戦力は上回っていると言うのか」

「無論、攻め滅ぼすなど児戯にも等しいわ」

 ドヤ顔が気に入らないが、防衛にも注意を払っているようだ。スキがないな……。

「ならばなおのこと、侵略しない理由は?」

「無駄だからだ」

「無駄?」

「領土を拡大すれば領民が増え税収も増える。だが同じく支出も増えるのだ。結局、収支の比率は変わらない。税収が増えることで大きな事業を展開できるが、領地全域を同時に対応することはできず首都と辺境で格差が生まれる。それは不穏の種となり領地が荒れる原因となる」

 確かに、東京だけずるいという言葉はよく耳にした。人が集まるから整備が進み、快適だから人が集まる。格差が縮まることは永遠にないんだ。


「最後に、俺を得て何をする、何を目指す、何を欲する」

「無論、我が領土の統治。未来永劫の繁栄。民の安寧」

「矛盾しているな、領土を広げる価値をあなた自ら否定した。ならば新しい家臣など不要だろう」

「フフッ……」

 殺意のオーラを放っていた眼光から輝きが消え、悲しみの色が滲みだした。

「領土の維持管理には限界範囲がある。目の行き届かぬ地は必ず腐敗するのだ。村民を苦しめる村長、地領と内通する者、税を着服する者、密売をする者、そんな愚か者どもが後を絶たず辟易へきえきしておる。まるでモグラ叩きだ」

「規律を求めれば反発し、懲罰を課せば隠ぺいする、民の悲鳴は伝わらず、気づいた時には既に地獄か」

「餓鬼のくせに見てきたように……。そのとおりだ、だからこそ有能な者を我が目、我が手足として勤めて欲しいのだ。さあ返答を聞かせろ」

「欲深くなく誠実で、厳しさを持ち合わせ、民のために常に考え行動する、あなたはとても素晴らしい為政者のようだ」

「子供に褒められると足裏が痒くなるな」

「だが残念、とても残念だ。初めに出会ったのがあなたならば私は喜んで家臣になったでしょう」

「何が不満なのだ」

「案外と俺は一途なようで、浮気や二股はできない性分のようです」

「何の話をしている」

「察してください、あなたはフラれたんです」

 寂しさを含んだ声で、

「殺せ」と呟いた。


 壁際で待機していた重装兵士が前進するとともに腰の長剣を抜こうとする。

「なんだっ!」

「うおっ!

「どういうことだ、剣が、抜けない!」

 ガシャリガシャリとあちらこちらから激しい金属音が響くが、誰一人として剣を抜くことができなかった。


 スキル『穴縮小』

 穴を自由自在に縮小することができるのだ。

 鞘の入口を小さく、きつく絞ったので、兵士たしは剣を抜くことができなくなったのだ。


「ニセ軍師のガルプから報告を受けていないのか? 俺はどんな堅牢な領主邸だろうと容易に侵入し領主を攫えることが可能だと自慢げに話していたと」

「くっ! ……剣は捨て置け、力づくで抑え込むのだ!」


 領主の命令で一斉に前進を始める兵士たち。だが次の瞬間、兵士たちは派手に転ぶと悲鳴をあげながら床を転がり始めたのだ。

 フルプレートの鎧など穴を繋ぎ合わせた装備と言っても過言じゃない。

 手首や足首など、いたるところを『穴縮小』で締めつける。それはまるで三蔵法師に頭の緊箍児きんこじを絞められた孫悟空のように、許しを請うしかないのであった。


「痛! 痛い痛い痛い!」

「助けてくれ、手足が千切れる!」

「許してくれぇ~、許してくれぇ~」


 驚きのあまり、領主は玉座から腰を浮かしていた。


 スキル『穴拡張』

 紐の結び目などユルユルスカスカだ。

 俺は手首を縛っていた縄を解くと、うっ血していた手首をさすりながら、ゆっくりと立ち上がる。

 まるで勝利宣言を告げる勝者のように、領主の瞳には映っているのだろうか。


「餓鬼、いったい何をした?」

「手の内を教えるほど俺は甘くない。さて、立場が逆になったな。俺の配下になれ、断れば殺す、だったか?」

 言われた言葉をそのまま返す。

 敵意に染まる視線が次第に薄れ諦めの色に塗り替わる。領主は肩の力を抜くと大きなため息を漏らし、浮いた腰をドスンと玉座におろしたのだ。

 兵士たちの叫び声がうるさいので締め付けを少しだけ緩めてやる。

「餓鬼が何の冗談だ」

「俺たちがここへ何をしに来たのか知っているだろう、有能な軍師のヘッドハンティングだ」

「領主を家臣に? 非常識にも程がある」

「その言葉は聞き飽きた」

 領主はクックックと笑い始めた。


「わかった、俺の負けだ」

「素直なオッサンは嫌いじゃない、好待遇で迎えるとしよう」

「クックック、おかしな餓鬼だ。俺はお前の質問に答えた、だからお前にも答える義務がある」

「もちろん真摯に答えよう、ただし、一つだけ例外はあるがな」

「この地を、民をどうするつもりだ」

「自身よりも民の心配が先か、ほんとアナタは良き領主だ。今まで通りで構わない、これからも民のために善政を発揮してください」

 俺は敬意を込めて深くお辞儀をする。

「はぁ?」

「維持管理の難しさはアナタが語ったではないですか、だからこの地はアナタが治めるのが良いのです」

「ならば今までの茶番は何だったのだ!!」

 初めて聞く大声だった。

「茶番? 勘違いは大概にしろ! 既にヨコーソノ領は滅亡した。アナタは俺の配下の雇われ領主なのだ」

 頭の切れる彼ならば、俺の瞳を見れば冗談かどうか判断できるだろう。

 領主であった者の顔から血の気が引くのが見て取れる。

「俺の問いに玉座や支配を欲したならば殺していた。しかし領土の統治。未来永劫の繁栄。民の安寧と答えた。だから生かす。アナタの立場は変わるが欲する物、護るべき者は変わらないはずだ。再び問う、この申し出受けるか?」


 俺は元領主に向け手を伸ばす。

 元領主は玉座から降りると、俺の前に跪き手を取ったのだった。

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