第5話 隠された魔女

 ランティア領とロプシチア領に隣接するナトリオ領。温厚と称される領主はランティアと友好関係にあり、ロプシチアとは犬猿の仲なのだ。

 俺とアーセナルはそのナトリオ領に来ている。旅の目的地に選んだのは、有能な人材をロプシチア領に流入させないためだ。

 領土を越えて移動するのは行商人か傭兵くらいなものなので、俺たちは身分を傭兵兄弟と偽ることにした。なのでアーセナルは軍からの支給品ではなく安物の革鎧を装備している。俺は児童だし、どう見ても戦闘には向いていない体躯なのでアーセナルが選んだ私服を着ている。

 ちなみにこの世界には異世界定番の冒険者という肩書はない。害獣退治は領主の仕事だからだ。


 幌馬車を操るアーセナルの隣に俺は座っている。

 清々しい風の吹く暖かな日、馬の足音をBGMに、のどかな田舎道を進んでいる。

「しかし、キミと一緒にいれば退屈しそうにないとは言ったけど、まさか領地を出ることになるとはね~」

「上機嫌だね兄上」

「そりゃあもうワクワクが止まらないよ。伝聞から想像を膨らませていた土地へ行くのだからね」

 まるで子供みたいにはしゃいでいる。これではとちらが年下かわからない。まあ、精神年齢は遥かに俺のほうが上なんだが。

「伝聞ねぇ~、例えば?」

「そうだな、遥か上空から落ちる水とか! 動く山とか! 荒れ狂う暗雲かな! 他にもね――」

 オカルト雑誌に目を輝かせる子供のようだ。

 たぶん滝とか土砂崩れとか竜巻のことを人伝えて広めるうちに面白おかしく壮大な話に誇張されたんだろう。

「――とか、まだまだあるんだけど、一番好きなのは……、なあ、どうして生暖かい目で俺を見てるんだ?」

「兄上の微笑ましい一面が見れて、何だか心が温まるって言うか~」

「そこはかとなく馬鹿にされてる気がするんだが?」

「いえいえ、俺と同じく探求心に溢れているなって嬉しくなっただけさ」

「ホントかなあ」

「旅行とかしたことないんだよね」

「あったりまえだろ、超絶裕福な大商人でもなければわざわざ他領へ出向くんてしないさ」

「なら俺に感謝しないとね」

「ありがとうございます、ランティア様!」

「そっちかよ!」

「気がかりと言えば護衛の数だ。一応キミは補佐官なのだから重要人物だろ、それなのになぜランティア様は二人旅をお許しになられたんだろう」

「完全装備の兵士なんて連れて歩けば警戒されるし、心証を悪くするだろ、目的は人探しなんだから」

 旅の目的を有能な人材のリクルートと説明してある。嘘ではないが本当の理由である大陸統一は秘密にしていた。

「腑に落ちないがランティア様の命令だし仕方ないか。でも何があろうともキミだけは俺が守るよ」

「はいはい、期待してますよお兄様」

「警戒心が薄いなあ。お、目的の村が見えて来たよ」

 作物が育てられている畑が道の両側に広がっている。

 遠くにいる農夫たちは作業を止め俺たちをいぶかしげな眼差しで見てくる。

 特に警戒しているわけではなくあたりまえの行動だ。人の往来が少ない土地で、見ず知らずの者が訪ねてくれば何事かと警戒せずにはいられないのだ。

 警戒心を解くため子供姿の俺が笑顔で会釈する。効果は薄いだろうが一応保険だ。

 ここの住人は普通に衣服を着ているな。

「故郷の寒村と比べればまだマシだ」

「だろうね、キミは麻布一枚しか着てなかったからね」


 情報収集のため他領へスパイを送り込むのは常識らしく、温厚なランティア様でも、そのへんは抜かりないようだ。

 スパイ部隊は『影』と呼ばれ、領主と将軍くらいしかその存在は知らされていないそうだ。

 旅立つ前に影から情報を得るための符号を決めてある。

 影から『穴は』と聞かれたら『素晴らしい』と答える、それが合図だ。

 バカみたいかもしれないが『山』『川』よりかはマシだろ。


 アーセナルは馬車から降りて馬の隣を歩き、代わりに俺が手綱を握る。ここへ来るまでに馬の操り方は習ったので大丈夫だ。

「あの村人に聞いてみるか。すみませ~ん」

 近くを通りかかったクワを担いだ男性にアーセナルが声をかけると、やはり警戒しているらしく厳しい視線を向けてきた。

「あんたらよそ者だろ、なにしに来た」

「この村に魔術師がいるらしいと噂を聞いたのですが、どこの家かご存じではありませんか」

 男は眉間にしわを寄せクワを刀のように構えると、

「帰れ!! あの子はどこえもやらん!!」

 アーセナルは条件反射で腰の剣を抜き、いつでも迎撃できる構えをとった。

 その反応の速さに彼を見直したのだが、今はそれがあだとなってしまう。

「ひいっ!! おい、来てくれ! 野党だ!!!」

 男が大声て応援を呼んだのだ。村人がワラワラと集まってくる。

「どうしましょう?」

「とりえあず剣を収めてくれ」

 アーセナルは剣を鞘に収めると手を上げ攻撃の意思がないことをアピールしている。

「こいつらが野党か? そうは見えないぞ」

「そうです誤解です。俺みたいな子供を連れた野党なんているわけないじゃないですか」

「いや、安心させるための餌かもしれん」

「そうだそうだ油断するな、こいつらエネマをさらう気だ」

「なにっ?!」

 エネマという名を聞いた途端、村人たちの目の色が変わった。どうやらその子が魔術師らしい。

「話を聞きに来ただけですから、どうか落ち着いてください」

 威圧的な村人たちが、一歩、また一歩とにじり寄り、その迫力に馬は怯えいなないた。

 素人の俺では暴れる馬を落ち着かせられる自信がない。


「皆さん声を荒げてどうしたのですか?」

 村人たちが一斉に振り返ると、そこには杖をつく少女が立っていた。

 手足は細く肌も色白で、お世辞にも健康的とは言えない姿をしている。年齢は俺とアーセナルの間くらいだろう。

 目を閉じたまま杖で地面を探るように歩いている。どうやら目が悪いようだ。

「エネマ! 危ないから家から出ちゃダメでしょ!!」

 年配の女性は少女に駆け寄ると、手首を掴みこの場から離れようとしている。

 これはチャンスかもしれない。

「エネマさん! お話がるのですか!!」

「えっ?」

「あなたとお話するために遠路はるばる旅を続けてきたのです! 兄が早とちりして剣を抜いたのを野党と勘違いされたようで、俺たちは村人を害する気なんてないんです!」

「いいから早く連れてけ!」

 村人の焦りに微かな違和感を覚えた。面会を拒絶しているのは彼女のためではなく村の都合なのではないか。

「村の外から来た人と会話を避けているのはエネマさんの意思ですか?」

「おい黙れ!」

「いいえ、私から断ったことはありませんし、そもそも私を訪ねて来た人はあなたが初めてです」

 そんなはずはない。魔術師といえば数万人に一人の超レア職。喉から手が出るほど欲しい人材だ。村人たちは今まで来た人たちも追い返していたのだろう。

「そうですか! なら村の外の話を聞いてみたくはありませんか?」

「はい! お願いします!」

 ぱっと花が咲いたような笑顔の少女とは対照的に、村人たちは殺意が込められた冷たい視線を俺たちに向けている。






 宿場町なら宿屋があるのだけれど、ここは僻地に近い田舎だ。だから宿泊施設なんてものはない。辛うじてあるのは行商人のために用意されている小屋だ。俺たちは今晩そこに停めもらえることになった。

 馬車は預かってくれるそうだ。いや、エネマさんを誘拐されないよう取り上げられたと言うほうが正解だな。

 案内してくれたのは先ほどエネマを連れ去ろうとした年配の女性で、いつも彼女の面倒を見ているらしい。



 部屋は綺麗に掃除されており、エネマは

 らせると、


 エネマの家に到着。彼女はベッドに座っていた。

 年配の女性は部屋の入り口で腕組みをして俺たちを監視している。

 椅子を出してもらえないのは早く帰れという意味だろう。仕方なく立ったまま話をする。まあ『ぶぶ漬け食べはりますか』と聞かれないだけマシか。

 軽く自己紹介をし、約束通り村の外の話を聞かせる。俺はそれほど詳しくないのでアーセナルが話相手をしている。

「――というわけさ」

「うわぁ~凄い。私の知らないことばかりです」

 エネマは終始笑顔で、時折頷きながら熱心に耳を傾けている。

「俺もつい最近旅を始めたばかりでね、知らない土地へ行くのはワクワクするよ」

「いいなぁ~私も行ってみたい。けど出領は許されていないし、それに……」

「それに? もしかして目のことかな。いつ頃から?」

「三年くらい前に、暴れた馬が跳ね上げた石が目に入って」

「そうか、辛いことを聞いてしまったね済まない」

「いいえそんなこと。それに叔母さんも良くしてくださるので辛くはありませんよ」

「叔母さん? 母親ではないんだね」

「両親は病で」

「その、何と言えばいいか……」

「ちょっとアンタたち、もうすぐ日が暮れるし帰ってくれないかね!」

 叔母さんは俺たちに容赦ないな。それに会話を監視しているようだし勧誘の話は切り出せそうにない……。

「夕飯をご馳走してくれるって思ってたのになぁ~」

 甘えた声で演技してみた。

「この子は図々しいね!」

「弟がすみません、お金はお支払いしますので夕飯を頂けると有難いのですが」

 さすがアーセナル、俺の意図をくみ取ってくれた。

「叔母さん、私、もう少しお話が聞いてみたいです」

 眉間にシワをよせ俺たちに何か言いたげなのだが、ぐっと堪えたようだ。

「ちっ! 大した物は出せないよ」

「感謝します、ご婦人」

「ご婦人なんて気味が悪いね!」

 すこし頬を赤らめている。さすがイケメン体操のお兄さん、お姉さまに好かれる容姿をしている。

「お手伝いしましょうか?」

 すっと近づき腰に手を回す。

「えっ、主人が帰って、あら嫌だ私ったら何言ってるのかしら」

 アーセナルは叔母さんを連れて台所へ消えていく。

 あいつ、もしかすると女癖が悪いのか?

 いや、今はあいつの下半身の具合を気にする時間じゃない、エネマから話を聞きださないと。


「エネマさんが魔術師なのはホント?」

「ええそうよ」

 魔術師、それは数千人、数万人に一人と言われるほどのレアな神職。情報通信の手段が伝聞しかないこの世界では正確な人数は把握されていない。

 その能力も秘匿されることが多く、一撃で町を滅ぼすほどの爆炎を生み出すなんて噂話が聞こえるほどだ。

 現代で例えるなら戦術核ミサイル。抑止力の要となる兵器だ。

 ちなみにランティア領に魔術師はいない。だからロプシチアが攻めてきたとも言える。

「失礼だがこんな辺鄙な村にいるような人材じゃない。今まで誰も勧誘に来なかったのか?」

「神職を授かったのは目を悪くしてからなの。だから、ね、そういう事よ」

 なるほど、照準装置の壊れた核ミサイルなど危なくて使えないってところか。

 ナトリオ領の領主もさぞかし残念がっただろう。彼女が健康ならランティア領と同盟など組まずにロプシチアに侵攻していたかもしれないのだから。

「悔しくないか」

「私が? ナゼ?」

「目さえ悪くなければ領主に好待遇で迎えられ、給金も破格、発言権は言うに及ばず、領地の行く末を担う重鎮になれたはずだ」

「タラレバを言っても虚しいだけよ。それに私はそんな性格じゃないもの」

 確かに、図書館で文庫本を片手に読書している姿がとても似合いそうな物腰の柔らかい女性だ。

「目の具合が良くても士官は断ったと?」

「人のために働くのは嫌ではないけれど、戦争の道具にはなりたくないわ」

「そうか、それを聞いて安心した」

「安心? フフッ変な人」

 俺の目的は有能な人材のリクルートだが、彼女がロプシチア領に取られる心配がなければこのままでも良いかもしれない。






 夕食を頂いた俺たちはエネマの家から離れ、来客用の小屋へ来ている。

 中をチェックしているが特に気になる所はない。行商人が使用するためか綺麗に掃除されていた。

 外で馬に餌を与えていたアーセナルが荷物を両手に抱えて小屋に入って来た。

 荷物が荒らされるのはごく普通にあることなので貴重品は常に身に着けているし、取られそうな物は小屋の中へ入れておくのだ。

 自動ドアでもないのに扉が閉じるとドンと音がする。

 荷物を床に置き扉を確認したアーセナルは、

「閉じ込められたようです」と俺に教えると、大声で、

「誰か外にいるんですか? 返事が無ければ壁を壊して出ますが宜しいですよね!」

「待ちな、私だよ。エネマをさらって夜逃げするかもしれないからね、念のためだよ。朝になったら出してやるから大人しく寝な」

 叔母さんの足音が遠ざかる。


「疑われても仕方ないか。危害を加えるつもりは無さそうだし今夜は大人しくするか」

「村人が襲ってくる可能性があります、念のため交代で寝ましょう」

「そうだな先にアーセナルが寝てくれ」

「はい。……しかし、どう思いますか、この村とエネマの関係」

「軟禁生活を疑ったが暮らしは悪くない様子だ。部屋は綺麗に掃除されていたし彼女の表情に悲壮感はない。それに叔母さんへの信頼も深かった。領主へ売れば一生遊んで暮らせるのになぜか隠している。彼女に問題があるのか、もしくは村に……」

「確認は取れたのですか?」

「ん? ああ、アーセナルが叔母さんを引き離してくれたからな。彼女は魔術師で間違いないそうだ」

「そうですか……。魔術を使うと寿命が縮むと聞いたことがあります。顔色も悪いですし体も弱そうです。長くは生きられないかもしれません。戦争に耐えられるとは思えないのですが」

 その昔、日本では写真の中央に写ると魂を抜かれるとか早死にすると噂が流れたらしい。そのため集合写真を撮るときは中央にペットを置いたり人形を置いたらしい。

 個体数の少ない魔術師が早死にするなんて誰も検証できないだろう。きっと噂でしかない。

「目が見えないのだから労働は無理だろう、体を動かさない生活なら不健康に見えて仕方ないと思うんだがな」

「確かにそうですね」

「それに目が良くても士官は断るらしいから無理に連れて行こうとは考えていない。明日、もう少し様子を見て、それから帰ろう」

「了解です」






「人が来ます」

 アーセナルに揺り動かされて俺は目を覚ました。壁の隙間から日が差し込んでいる。もう夜が明けているようだ。

「なんだ、まだいたのか」

 この村に来て最初に出会った村人だ。外に荷台がある。どうやら俺たちを迎えに来たようではないらしい。

「とっとと村から出ていけ」

「エネマを連れて行かれると困るのですね」

「う、うるさい! オマエらには関係のない話だ!」

 男から感じ取れるのは動揺と後ろめたさだ。生贄にでもするつもりか?

 こいつ激情タイプだし、また村人を集められても面倒だ、ここはスルーするか。




 小屋を出てエネマの家へ向かう途中、井戸のある水場を横切るのだが、なぜか叔母さんが井戸にエネマを突き落とそうとしていた。

「あぶない!!」

「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」

 アーセナルの神職は護衛師だ。スキル『ウォークライ』は視界にいる者を硬直させ注意を引き付ける。

 初めて見たときはただ大声に驚いているだけかと思ったが、どうやら効果はあるらしい。

 アーセナルが突進し叔母さんにタックルをすると二人は派手に転がった。

 俺も後に続きエネマの手を引き井戸から離す。

「井戸に突き落として口封じでもするつもりか!」

「イタタタタ、何言ってんだい、この子が落ちないよう支えてたんだよ」

「えっ?」

「叔母さんの言う通りです」

「アンタ年上好きかい? いつまで私の上に乗ってんだい」

「あ、ああ! 申し訳ない」

 アーセナルは起き上がると叔母さんの手を取り立たせた。

「やだよう、朝っぱらから人前で……。それで、口封じって何だい? 私がこの子を殺すとでも思ったのかい?」

「怪しいんですよ、村人総出でエネマを隠そうとして。外部に漏らしたくない事情があると思うじゃないですか」

 叔母さんは深く長いため息をついた。

「そうだね、確かに隠していたのは事実だよ……」

「おいやめろ! それ以上言うんじゃない!」

 背後には、あのうるさい男が来ていた。

「いいんだよいつまでも隠し通せるもんじゃない。この子にはね魔法で井戸に水を満たしてもらってたんだ。昔は水も豊富だった。でも年々少なくなってね、とうとう出なくなったのさ。二年前に魔術師に目覚めてから、ずっと村のために魔法を使ってもらってたのさ」

「目が見えないのをいいことに村に縛り付け利用していたのか……」

「いいえそれは違います。魔術師に目覚める前から目を悪くした私に叔母さんは良くしてくれました。決して利用なんてされていません」

「いや、ワシらは利用しとった。エネマがおらんようになったら村はおしまいだ、だからずっと隠したんだ」

 あのうるさい男が懺悔を始めた。別に悪事をばらしたくて聞いたわけじゃないのに空気が重い。

 他の村人たちも伏し目がちにしている。

「あのですね、俺たちは責めたいわけじゃないんですよ」

「いいやアンタの言葉で目が覚めた、俺たちはエネマに辛い思いをさせてたんだ」

「まってください、私は辛いなんて感じたことはありません、叔母さんの、村のみんなの、温かい気持ちに包まれて幸せです」

 なにこの茶番。俺たちが悪者じゃねーか。

 村人たちからすすり泣く声が聞こえる。

 おいおいやめてくれ。もう仕方ないなあ。

「水問題を解決すればいいだけだろ?」






 村の近くに巨大な湖をさくっと掘ってあげると、その景色を見たあのうるさい男や叔母さんは俺の手を握り涙を流しながら喜んだのだ。

 雨が降るまでは巨大な穴なんだけどね。

 井戸もさらに深く掘っておいたので、たぶん大丈夫だろう。


 その夜は俺たちを歓迎する宴が催された。

「いやぁ~初めて見た時からアンタは違うなって思ってたんだ」

 泥酔したあのうるさい男が俺の肩に腕をまわして絡んでくる。

 お前はクワを向けたじゃないか。手のひらクルックルッ回ってねじ切れるだろ。

「村の恩人に絡むんじゃないよ。さあアンタも一杯」

 叔母さんがアーセナルに酌を勧める。それも体を密着させながら。

「いや、もう十分頂いていますから」

「今晩どうだい? 年上、好きなんだろ?」

 アーセナルは酒を噴出すと、

「ち、違いますよ!」

「なんだ残念、まさかエネマかい? この村に永住するならいいけどつまみ食いする気なら許さないからね!」

 叔母さんも酔っているようだ。

 隣にはエネマが座っている。俺と同じく酒は飲んでいない。串焼きの肉を美味しそうに食べていた。

「ここのお肉は美味しいね」

「はい! 私、好きです。……あの、ありがとうございます、村を救ってくれて」

「気にしないでくれ、あんなの俺にかかれば児戯にも劣るさ」

「フフッ。不思議な人。私には見えないけれど凄く大きな穴を掘ったんでしょ。それなのに威張らないで冗談を言うなんて。それは魔術なの?」

「心を許した相手にしか教えないことにしてるんだ」

「そっか~、残~念~」

 明るく振舞おうとしているがどことなく寂しそうだ。

「具合でも悪いのか? 辛そうだぞ」

「会ったばかりの人に見抜かれるなんて……」

 エネマは手のひらをクチに添える。

 ヒソヒソ話がしたいらしい。俺の方から顔を近づけ声を聞く。

「魔法が使えるから目が見えなくてもここにいて良いって、邪魔者じゃなくて役に立ててるって、そう自分に言い聞かせてたの。でもアナタが私の役目を奪ったの。明日から私は何を心の支えにしたら良いのかしら。叔母さんは私を大事にしてくれるかしら。不安で心が押しつぶされそうよ。アナタの善意は私を不幸にしたの。両親を失って、視力を失って、そして役目も失った。ねぇ責任取って」

 甘く囁くような声に背中がゾクッと感じるほど魅了されてしまった。

「俺の取れる責任は結婚ぐらいだ」

「あらっ、目の見えない厄介な私を、骨と皮だけの抱き心地の悪い私を、アナタはもらってくれるの? 喜ばせることなんて何一つできないわよ」

「ひとつ確認させてくれ、キミは魔術を人のために使いたいと言った。あれは本心か?」

「そうよ、それだけは嘘偽りのない私の心。立場、肩書、名声、名誉、褒賞、賞賛、私には必要のないものだわ」

「ならばキミのその力を対価に結婚を申し込もう。俺たちに愛は必要無い。相互依存の関係だ」

「嫌な口説き文句ね。お世辞でも綺麗とか可愛いとか言うものでしょ」

「俺は外見に捕らわれない。キミにひかれたのは、その純粋な慈しみの心だ。俺も偽善で人助けをしようとしている、頼む力になってくれ」

「いいわ契約してあげる。アナタが必要としてくれるなら、力を貸すことを約束します」

「成立だ」

 俺は立ち上がると、村人たちに聞こえるよう、

「え~ただ今わたくしは~エネマに求婚を申し込み、彼女は快く了承してくれました! 俺たちは永遠に愛し合うことをここに宣言します! 文句のある奴出てこいや!」

 村人たちはキョトンとしていたが、酒の勢いなのかすぐに歓迎ムードになり祝福の言葉を俺たちに贈ったのだった。






 出領するには手続きと厳しい審査が必要だ。旅行なんて許可されないし、無許可の出領は厳罰に処される。許可される条件のひとつに婚姻がある。他領へ嫁ぐ場合は割と審査が緩いのだ。

 ランティア領とナトリオ領が友好関係なのと、俺の名前で手続きしたので領主様が手配してくれたらしく、審査は楽に通過した。

 数日後、俺たちはエネマを連れて村から出発した。

 村人総出で見送りに来たのには驚かされた。


 暖かな陽気の昼下がり、川に差し掛かった所で馬に水をあげるため休憩を入れる。

 叔母さんの作ってくれたお弁当を食べ終え一息。俺とアーセナルに挟まれるようにエネマが座っている。

「夢みたい、まさか村から出られるなんて」

「感激するのはまだ早い。この先、大陸中を横断するんだからな」

「もぅ冗談ばっかり」

「真面目なんだが?」

「……今更なんだけど旅の目的を聞いてなかったわ」

「キミのような優秀な人材のスカウトだ」

「アハハハ、私が優秀? 冗談でも嬉しいわ」

「真面目なんだが??」

「ハイハイ、真面目、真面目、冗談の通じない固い女ですよ~だ」

「確かに堅そうだ。もう少し食べて肉を付けよう、長旅に耐えられるようにな」

「ホント失礼な人ね。運動しないから食欲がわかないのよ」

「なるほど、じゃあ体を動かそうか」

「意地悪言わないで、目が見えないのよ、転んだら危ないじゃない」

「なら目を治すか」

「え?」

「痛いかもしれないけど我慢しろよ。アーセナルは暴れないよう押さえてて」

「はい」

「えっ、えっ、なに? なにするの?」


 スキル『穴復元』

 破損した穴の時間を巻き戻し元の状態に戻せるのだ。

 回復魔術ではないので擦り傷や切り傷、病気に使えないのが難点だ。

 エネマの目を隠すよう手を添えてスキルを発動させる。

「痛い! 痛い!! 痛い!!!」

「我慢~、我慢~、痛いのは最初だけ、すぐに良くなるから~」

 暴れる彼女の体をアーセナルが押さえている。

「もういいかな、目を開いてみて」

 涙で濡れた瞼が恐る恐る開かれる。

「うそっ、見える……見えるわ!!」

 村にいる時に治さなかったのは、結婚を取りやめて村に残ると言い出すのを阻止するためだ。騙すようで心苦しいがリクルートが目的なので心を鬼にした。

「ありがとう!! ……? あなたがオマン? 子供じゃない!!!」

「子供で悪いか!」

 エネマは振り返るとアーセナルをじっと見つめた。

「こっちが良いわ。私、この人と結婚する!」

 ちくしょ~!! けっきょく顔かよ!!!

 七歳でバツイチになってしまった。

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