第4話 悪臭は嫌い
初等部北校、そこが俺の通う学校だ。
四級に分かれており、さらに各級が前期、中期、後期に分かれている。何歳からでも入学できるのでクラスにいる生徒の年齢はバラバラだ。
定期的に試験が行われ合格すれば進級できる。逆を言えば合格しなければ永遠に進級できないのだ。留年は嫌かもしれないが卒業すれば基礎学力が保証される。
日本の義務教育は弱者切り捨て方式なので勉強のできない者はできないまま進級し卒業する。自分が無能と気づかぬまま社会に放り出されてしまう。授業についていけない者を救済するシステムが無い。それはとても無慈悲で可哀そうだ。
どちらが良いかは言及できないが俺はこの町の方式が好きだ。それは不真面目な生徒によって授業を邪魔される心配がないし、落伍者が減ることにより産業は成長し、治安も良くなるからだ。それに試験にさえ合格できればいいので出席日数を気にしなくていいのもポイントが高い。
教室には二人掛けの長机と長椅子が並んでいる。好きな場所に座って良いが、小さな子は前、大きな子は後ろに座るのが通例になっていた。
一級前期のクラスに通い始めてふた月になる。文字の読み書きは覚えたし、基礎的な知識もある程度理解した。
「おはようオマン君」
そう言いながら隣の席に座ったのは同い年の少女、名前はマフィンだ。
「おはよう今日も可愛いね」
「ありがとう」
念のために断っておくがナンパしているわけじゃない、この地方の挨拶だ。若い女性には『可愛いね』適齢期の女性には『綺麗だね』奥様には『愛している』と言うらしい。
寒村になかった文化なので初めは凄く照れ臭くて言えなかったが、彼女が訓練の相手をしてくれたのだ。もちろんお世辞ではなく彼女はとても愛くるしい容姿をしている。カエル顔でクリッとした丸い大きな瞳が特徴だ。
「ねぇ~宿題難しくなかった? 解くのに凄い時間かかっちゃったの~」
「そうだね。俺も手を焼いたよ」
「あ、嘘をついているときの顔だ」
「ええっ?!」
「私、知ってるんだよ、オマン君がと~っても頭がいいって。なんで隠すのかわからないけど……、私には嘘をついて欲しく、ない、な」
大きな瞳がじっとこちらを見ている。まるで心を見透かされているかのようだ。
特別頭がいいなんてことはない、小学校低学年レベルの授業なのだから出来てあたりまえ。目立ちたくないのでマフィンと同じレベルになるよう調整しているのだ。
少女なのにもう女の勘が働いたのだろうか。まあ、『子供らしくない』とか『お父さんと話してるみたい』とか『何言ってるかわからない』と言われているのでいつかはバレルと思っていたのだが……。
「マフィンと離れたくないんだよ」
「えっ」
彼女の頬がほんのりと朱に染まる。意外とチョロイな。
「俺だけ試験に合格すると会える時間が減るだろ、だからマフィンと一緒の授業に出られるよう工夫してるんだ。友達少ないしさ、マフィンがいないとダメなんだよ、だから頭がいいことは秘密にしてくれると助かるな」
「あ、まだ嘘ついてるときの顔だ」
チョロくなかった!
「フフッ、いいわ。嘘でも離れたくないって言ってくれたし、ナイショにしてあげる」
女神のウインクで俺を虜にしてくる。末恐ろしい子だ。
「そうだ、お父さんから聞いたんだけど、最近来なくなってたハジニヤ君ね、流行り病で死んじゃったんだって。……寂しいね」
数回しか話したことはないが、おとなしい少年だった。
医療技術の発達していないこの世界では、死はとても身近な出来事なのだ。
「そうか、残念だね」
「数少ないオマン君の友達だったのに」
目頭を押さえて泣くフリをしている。
「否定できないけど、ちょっと傷つくな、それと友達と呼べるほど親しくは――」
「うっ……」
マフィンがお腹を押さえている。
「具合悪いのか? まさか流行り病に?!」
もし前世の俺が医者ならば医療チートで救ってやれるのだが、生憎と普通のサラリーマンだった。その類の情報には疎い。
「私も死んじゃうのかな?」
愁いを秘めた表情で見られても困るのだが。
「大丈夫だよ、美人長命って言うじゃないか」
「言うの? 聞いたことないよ?」
「だろうね今考えたから」
「もぅ冗談ばっかり」
クスクスと笑っている。この程度の冗談で気がまぎれてくれるのならいくらでもピエロを演じよう。
「あのね、その……、大きいほうが五日くらい出なくてお腹が張ってるの」
作り笑顔が痛々しくて見ていられない。
女性の便秘は酷いと聞いたことがある。薬の無いこの世界ではさぞ辛いだろう。
「授業開始まで時間あるからトイレへ行こう」
「えっ、頑張っても出なかったし、無理だよ?」
「任せて、さあ」
無理やり彼女の手を引きトイレまで連れて行く。
トイレは男女共用の個室で、中にはオマルが置かれている。
「出た~?」
トイレの外から大きな声で呼びかける。
「やっぱり無理~出ないよ~」
「もう少しがんばっててね~」
スキル『穴探知』
障害物を透視して穴の位置を探知することができるのだ!
鼻の穴、耳の穴、口、そこから繋がる食道、胃、腸、そして肛門。
まるでMRI(磁気共鳴画像診断)のように扉の向こうにいるマフィンの穴がシルエットになって透けて見える。
スキル『穴拡張』
すでに空いている穴を好きなサイズに広げることができるのだ!
俺は穴師、操れない穴などこの世に存在しない。
さあ苦痛なく広がり彼女を新世界へ解放するのだ!!!
「えっ?! うそっ?! なにこれ?! えええ~~~っ!!!」
ブッブリュッブブリュッブリッブチッブビビッブリリリッッブッブリュッブリッ。
景気よい排便の音がする。五日分は相当な量らしい。
「オマン君、聞かないで~~~~」
ブビビッブリュッブビブリュッブビビッブチッブリュッブッブリュッブッ。
「大丈夫だよ、耳は塞いでるから」
「聞こえてるじゃない~~~」
ブビッブリリュッブュッブビッブチッブブリュッブッブッブリュッ。
「食物繊維を食べるとお通じが良くなるらしいよ」
「いやぁぁぁ止まらないぃぃぃ」
「この町は汚い!」
ここはいつもの応接室。向かいのソファーに座るランティア様が渋い顔をしている。
「いきなり訪ねてきたと思ったら不躾になんだ。いや、不躾なのは今に始まったことではないな。で、どこが汚いと言うのだね」
「糞尿や汚水を窓の外に捨てるから不衛生だし匂いが酷い」
「普通ではないか。どこの町でも似たようなものだぞ」
そう、この世界では常識だ。
寒村でも同じだったが、もともと農家だし土地は開けていたし人が少なかった。しかし首都は人が多いため分尿の量も比例して多く、さらに城壁で囲まれているので通気性が悪く匂いがこもるのでキツイのだ。
「領主様、よそが悪いからうちも悪くていいなんて言い訳だ。あいたっ!」
後ろに立っていたアーセナルに頭を叩かれた。
「言い過ぎだ、謝れ」
「すみません、ですが停滞は悪だ。成長無くして進歩なし。現状に満足していては発展しないのです。見据えるのは常に未来の自分!」
「まるで借りてきたかのような台詞だな」
「先日、学友がこの世を去りました。衛生管理が行き届いていれば救えた命かもしれません……」
「そうか辛いな」
「いいえ、それほど親しい間柄ではなかったので」
「薄情な奴め。友人の弔いが動機でないとすると、本音は何だ?」
「臭いのは嫌だ!」
ランティア様は呆れた顔で深いため息をついた。
「それで、キミはどうしたいのかね」
「下水道を造りましょう」
「げすいどう?」
「地面の下に川を造り、そこへ汚水を流すのです。町は綺麗になり病気は減るでしょう」
「かなり大規模な工事になると思うが」
「はい。網目のように穴を掘るので普通ならば時間がかかります。でも心配ご無用、俺がいるので問題ありません」
「なるほど、キミが穴掘りを担当するわけか。ふむ……、私に話を通したということは、なにかして欲しいのだな」
「話が早くて助かります。下水道が完成した後、窓から汚水を捨てる行為を禁止してください。公共のトイレを設置するので排泄はそこで行うように。炊事も公共の炊事場を用意します。裕福な家庭は個人宅に設置できますが、それなりにお金を頂きます」
「いきなり町全域に広めるのはリスクが高い。まずはわが屋敷で試し、具合を確かめたい」
「確かに、それが宜しいかと。まずは下水道用の流し台とトイレが必要なので、まずはそこから作り始めたいと存じます」
「ならば職人を紹介しよう。話を通しておくので後日足を運ぶと良い」
あながち補佐官という役職は嘘ではないようだ。領主様に好き放題言っても罰せられないし、渋い顔をされたが話は聞いてくれた。もしかすると俺の立場って相当上位なのだろうか……?
アーセナルに案内され、俺は老舗の家具問屋を訪れた。
裕福な者を相手にする高級家具店らしく、店内には装飾の施された豪華な家具が並んでいる。
「いらっしゃ、おや? 遊びに来るのなら裏の通用門からおいで。おーいマフィンお友達が来たよー」
まるで肉まんのようなでっぷりとした店主らしき男は、俺が学校の制服を着ていたので子供の友達と勘違いしたのだろう。
ん、マフィン? あの子の家か。
店の奥からテテテと駆け足でやってくると、驚いた表情で、
「あれ? オマン君どうしたの?」
「家具を買いに来たんだ」
「なーんだ。お父さん、お客様じゃない」
「これはこれは申し訳ない。てっきり娘の友達かと。それで、どのような家具をお探しでしょうか」
店主はアーセナルの顔を見ながら質問をした。
「私は付き添いです。ランティア様から話は通っているだろう。注文はこの方から伺うように」
店主とマフィンは目をぱちくりとさせている。
まあ無理もない、七歳の子供が客なんて予想できないだろう。
マフィンの家と知っていればアーセナルと口裏をあわせて彼の買い物と偽ったのに、失敗した。
後日、質問責めにあうだろうがしかたない。
「早速だが注文しても構わないか?」
「あ、はい、もちろんですとも。ここより品数の豊富な店はございません、きっとお目当ての家具が見つかると存じます」
学校の教室よりも広い室内に家具が所狭しと並んでいる。
流し台を探していると伝えると、キッチンに関する家具が並んでいる展示場所へ案内された。
カラフルな色合いの小さなタイルが漆喰で塗り固められているシンクは、それ自体が芸術品のようだった。
「手を加えてもらってもいいかな」
「はい。ランティア様からどのような注文でも応えよと伺っております。どういたしましょう」
「排水口をもっと細くしてほしい」
今は指が四本くらい入る穴が開いていた。
「それですと野菜の切れ端などが落とせなくなりますが……」
流し台の下にバケツを置き汚物を受け止めるのが今までの使用方法なのだ。
「落としてもらっては困るのだ。通すのは水だけにしたい。だから小さな穴が無数に空いた蓋を作りはめてほしい」
「は、はあ……」
納得いかない顔をしているが仕方ない。後で図面などを書きながら詳細な部品を説明しよう。
「それと――」
「あれは良い物だ!!」
ご満悦のランティア様が俺の前に座っている。ここはいつもの応接室だ。
「お気に召したようで何よりです」
新型のトイレと流し台をランティア邸に設置してから数日が経過している。
「キミが『悪臭は嫌だ!』と力説していた理由が痛いほど理解できたよ。窓を解放し匂いを飛ばしていたが今では外気を入れるほうが臭い。いったいどんなカラクリなのだね?」
制服の内ポケットから図面を取り出しテーブルの上に広げた。そこにはSの字を横に倒したような絵が描いてある。
「これをトラップ構造と呼びます。上のカーブを越えた水は流れ落ちますが、下のカーブには常に水が残ります。この水がパイプの栓となり悪臭の侵入を防いでいるのです」
もちろん、この構造は俺が考えたアイデアではない、転生前の知識だ。
「これだけか?」
「はい。とても単純な仕組みですが、その効果は身をもって感じられたでしょう」
「確かに……。これを作るのにどのくらいの期間が必要だね」
「家具屋はすでに量産体制に入りました。さすがは老舗ですね売れる物の匂いには敏感なようです」
「仕事が早いのは良いことだ。販売権の契約は済ませてあるのだろうな」
「そこは抜かりなく、ランティア様の名義で登録を済ませてあります」
「なんだと!? 町中の家がこの新型に買い替えるだろう、その利益がどれほどの高額となるか理解できぬキミではなかろう」
「大金を貯めこみ悦に浸る愚か者ではないと自負してます。お金は消費してこそ価値がある。そして民のため有効に使えるのは領主であるランティア様だと信じているのです」
敏腕営業マンのように満面の笑みをランティア様へ向けた。
「私に託す、と?」
「はい」
ランティア様は無言で俺の目をじっと見つめる。澄んだブルーの瞳はまるで宝石のようだ。
「ふむ、建前はそのくらいにして本音で語ろう。何が望みかね」
「本音なんてそんな」
「裏表のなさがキミの性格であり、私が気に入った美点なのだと考えていたのだが、違ったかね?」
やはり大金に目が眩むような単純な狸おやじではないようだ。
俺は振り返ると後ろに立っているアーセナルに、
「ごめんアーセナル、席を外してくれないか」と。
ランティア様も察してくれたらしく彼にコクリと頷くと、軽く手を挙げた。
部屋の入口で待機していた兵士とメイドはその合図を見ると一礼した後に退室し、アーセナルも後に続く。部屋は俺とランティア様の二人きりとなった。
「まったく、子供が人払いに気を回すとは、いったいどんな話を聞かせるつもりなのかね」
「もちろんきな臭い話ですよ」
「はぁ~、肝が冷える思いだよ」
ランティア様は自分の胸を押さえながら苦笑いしている。
「衛生管理を強化すれば病人が減り健康な民が増えます。結果、民は領主の治世を歓迎するでしょう。また、民の増加は戦力の増強にも繋がります」
「ま、まさか、ロプシチア家に報復しようなどと考えてはおらぬよな」
「嫌だなー違いますよー」
「そうか、私の勘違いか、ハッハッハ!」
「目指すは大陸統一です」
ランティア様の笑顔が一瞬で真顔になり俺を睨んでいる。
「正気か?」
領主邸への武器の持ち込みは禁止されているが特例として許されている者がいる、護衛の兵士と領主様本人だ。腰から外した長剣がソファーのすぐ手に取れる位置に立てかけられている。
生殺与奪権は握られている。これ以上の不遜な態度や言動は、即、死に繋がるかもしれない。だからと言って途中でやめる気はない。本音をご所望なのだ、このさい全てをぶちまけてやる。
「戦争論を語っても?」
「許す、キミの腹積もりが聞きたい」
「矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、俺は戦争が嫌いです。人の命と財産を奪う行為は許してはなりません。先の戦争、こちらの戦力がロプシチアの倍であったとしたら攻めて来たでしょうか」
「負ける可能性のある戦は避けるのが定石だろうな。だからこそ領主は軍事力を高めるために苦労している」
「そう、戦争とはゴールのない軍事力レースなのです。遅れた陣営は容赦なく潰されます」
「だからこそ同盟を結び牽制するのではないか」
「同盟を含めた戦力でもロプシチアは勝てると踏み戦端を開いた」
「奇襲作戦により同盟が参戦する前に雌雄を決する算段だったのだろう。キミの尽力には感謝の念が尽きぬ。今後はより一層外交に力を入れ同盟を増やせば対処可能であろう」
「いいえ、消極的な冷戦は無暗に同盟を増やし、結果として大陸を二分する勢力にまで肥大化し、いざ戦端が開かれれば甚大な被害が発生するのです」
「ならばどちらの勢力にも属さねば良い」
「ロプシチアが攻めて来た理由をお忘れですか? 二分する勢力のどちらにも属さないのであれば、貪り、食い散らかされ、死を待つだけの得物でしかありません」
ランティア様のこめかみから大粒の汗が流れ落ちた。
「ランティア領は大陸のほぼ中央。仮に大陸を二分する勢力が完成すると位置的に東西の玄関口となります。
「それほど民が苦しむのであれば潔く降伏を選択するであろう」
「残念ですが西の玄関口から東の玄関口に立場か変わるだけで状況は好転しません。決戦を避け相手が根負けするのを待つ持久戦となり、戦争が長引くほど敵への恨みは募り、泥のように心へまとわりつき、拭い去ることは難しくなる。そして開戦の理由が曖昧になり忘れ去られるほど時は流れ、憎しみだけが膨れ上がり、二分した勢力が和解することは永遠に来ません、未来永劫戦争が続くのです」
ランティア様がゴクリと唾を飲み込む。
「見てきたように語るのだな……。初めて対面した時から感じていた違和感。児童とは思えぬ言動と行動、そして視野の広さ。キミはいったい何者だ」
「信じて頂けないかもしれませんが俺は別の世界から来たんです」
ランティア様は長い溜息を洩らした後、胸をなでおろした。
「なるほど得心した」
「えっ? 衝撃的な告白をしたつもりなんですが、反応それだけですか?」
「目の前にいる不気味な子供に比べたら別世界など気にもならんよ」
「複雑だなぁ……」
「それで、別世界とやらでキミは有能な指揮官だったのかね」
「いいえ一般人です。ですが戦争の歴史はこちらの世界よりも数百年進んでいます」
「歴史か……。キミの戦争論では世界は修復不可能な状況まで悪化しているように推測できるが」
「情けない話ですがご推察の通りです。だからこそこちらの世界では同じ轍を踏んでほしくないのです」
「同じ終末を迎えると?」
「保証はできませんが確信はあります」
ランティア様は視線を落とし黙考している。
やはりにわかには信じられないのだろう。俺が異世界人であることも、そして大陸の待つ戦争の行く末が。
とは言え、ぶっちゃけ俺にだって未来がわかるわけじゃない。永遠に平和が続くかもしれないのだから。
戦争は複雑な事情が絡み合いおきるものだと理解している。
確信? そんなのあるわけない。
だが自信をもって言えることがある。火薬が発明される前に、銃や爆弾が開発される前に、核が脅威となる前に、誰かが世界を統一したほうが無関係な一般人の被害は抑えらるだろう、と。
「具体的な方策を聞こうか」
「戦争は短期かつ徹底的に行わなければなりません」
「無理妄想だ。大陸統一が短期で決着がつくなどありえない」
「戦争は一回だけ、それも相手はロプシチアのみ」
「いったいどうするつもりなのだ」
「それは誰にも言えません。言えば企みが漏洩し失敗しますから」
「私にもか?」
「はい」
「キミは大陸の覇者になりたいのかね?」
「違いますよ。覇者は誕生しませんし、させません。統治者が生まれるだけです。先日、小さな村を平定するようランティア様は俺に命令を下しました。その折、平和的に解決するよう念を押されましたよね。あれは領地を増やしたいのではなく、村人を保護するのが目的だったのではないですか? そして私を試してもいた。違いますか?」
「さあ、どうかな」
「不敬なのは承知していますが俺だって領主様を値踏みしていたのです。領民に尋ねると決まってこう返事が返ってきました。『領主様は優しい』『領主様は素晴らしい人だ』『領主様は慈悲深いお方だ』と……。さて心優しき君主よ、俺は大陸の無血統一を成しえるためしばらくこの町を去ろうと思います」
「はぁー……。愛想をつかされた家臣に逃げられるのか」
「いいえ違います。目的を遂行するためには優秀な人材が必要不可欠。在野の賢人を探し連れてまいります。どうがお暇を頂く許可を」
「まだ大陸統一を行うとは明言しておらぬのだがな」
「いいえ、ランティア様は決心しておられます。その証拠にそちらの剣で俺を殺していないではないですか」
「ふっ、キミという奴は」
「野望深き君主など求めていません。領土は俺が広げます、君主は善政をもって領民を慈しみください」
「ロプシチアに士官したほうがキミの目的を早く達成できるのではないか?」
「俺は運命を信じるほうなんです。この町を訪れ、ランティア様と出会ったのは必然なのだと」
「運命か……、案外ロマンチストなのだな。いいいだろう、キミの好きにするがいい。ただし領民が傷つくようであれば容赦なくキミを切り捨てる。独断行動の罪で斬首し、その首を敵対者へ詫びとして差し出す。それでも構わないな」
「子供の首を欲しがる変態がいるといいですね」
「恐ろしくはないのか?」
「遠い、遠い、未来。戦争で苦しむ者が減ると思えば、このくらいの恐怖超えてみせます」
地球にいる頃、俺は何度も考えたことがある。
豊臣秀吉が日本をほぼ統一したから今の安寧がある。もちろん戦国時代に死んだ者たちは恨みがあるだろう。犠牲者にかけられる言葉は無い。
第二次世界大戦でどこかの国が統一していれば、もしかすると今世よりも平和だったかもしれないと。
人々は言う、話し合いで解決できると。国連があれば戦争はおきないと。
ありえない。国益を重視し続ける今の国際情勢では決して平和は訪れない。
人種が、経済が、宗教が、言葉が、文化が、領土が、壁を作り、溝を深くする。
この世界はまだ間に合う。
宗教はなく、単種族で言葉もわずかな訛りだけ。
溶け合い、混じり合い、格差をなくすことで一つになれる。
早急に、迅速に、静かに、大陸を統一し争いを無くす。
それが俺の目標だ。
まずは有能な人材を集めよう。
こうして俺はリクルートの旅に出ることにしたのだった。
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