第3話 兄貴と呼べる人

 万里の長掘作戦を終えた俺と兵士のアーセナルは町へ帰還し城門の詰め所で上官が来るのを待っていた。

 石造りの部屋。三面の壁は兵士が座れるように板が水平にはめ込まれており、詰めれば二十人くらいは座れるようになっている。

 アーセナルに保証金を借りて町へ入るという手もあるのだが、作戦成功の報酬として町への入場許可を戴く予定なので、あえて詰め所で待つことにしたのだ。

 まあ、俺を舐めていた上官にドヤ顔したいという欲求も少なからずあるのだが。


 入口の扉がノックもなく乱暴に開かれ、あの上官が慌てた様子で入ってきた。

「りょ、領主様がお会いになる、早く来い」

「え?」


 この地の領主は世襲制らしくランティア家の現当主は四代目なのだそうだ。

 首都のほぼ中央に普通の屋敷を構えている。石造りの二階建てで、部屋数は多いらしく横に長い外観をしていた。

 領主なのだから城に住んでいるのだろうと想像していたのに違うらしい。

 東京ネズミーランドにある白亜の城のモデルとなったドイツのノイシュヴァンシュタイン城に観光に行くぐらい俺は城に憧れを持っていたのに、普通の屋敷か……とても残念だ。


 応接室に通され領主が来るのを待っているのだが、アーセナルと上官は極度に緊張し直立不動の姿勢で石造のように硬直している。

 領主なんて町長みたいなものだろう、何をそんなに緊張しているのか俺には理解できないな。

 室内はセンスの良い落ち着いた調度品で飾られている。とりあえず領主が成金趣味ではなくて安心だ。

 調度品をしげしげと観察していると、上官に首根っこを掴まれアーセナルの隣に立たされた。

 応接室の調度品は客に見てもらうために飾られているのに、その意味を理解していないとは、ダメだなこの上官は。


 入り口のドアからノックの音が聞こえると、アーセナルと上官はさらに緊張が高まったようだ。

 ドアが開き、先導していたであろうメイドが横へ一歩下がると、スーツ姿の紳士が

「待たせたな」と言いながら部屋に入ってきた。

 地球にいた頃の部長によく似ている。人懐っこそうな丸顔の憎めない人だった。狸に似ていたので仲間内では狸部長と呼んでいた。

 ちなみに、丸顔というだけで体形はとてもスマートだ。

 その後ろからは筋骨隆々の体育会系渋オジが現れた。まるでプロレスラーのように肌が脂ぎっている。

 フィットネスクラブでひと汗流して来たような、とてもラフな服装だ。

 見るからに高級そうな応接セットのソファーに狸部長はストンと腰を下ろすと、プロレスラーはその隣にドスンと腰を下ろした。

 後から聞いた話だが、この二人は幼馴染でずっと一緒に育った親友なのだそうだ。


 狸部長は向かい側の席に手を向け、

「さあ座りなさい」と勧めてくれる。印象通り、とても柔らかく優しい声だ。

「え、遠慮させて頂きますぅ~」と、上官は上ずった声で返事をした。

 緊張しすぎだろ、相手は狸だぞ?

 アーセナルもまるでロボットのように首をカクカクと揺らしながらうなづいた。

「ならキミだけでも」

「ソファーが汚れるので俺も遠慮します」

 ちなみに、最後に水浴びしたのは寒村を出る前だから十日以上は体を綺麗にしていないのだ。

 かなりの悪臭を放っているはずだが、人間の嗅覚は疲労するらしく俺には自分が臭いかどうか判断できない。

「心の汚れは落ちないが、体の汚れなど洗えば綺麗になる。ソファーくらい優秀なメイドたちが掃除してくれるさ、な!」

 入口に立っている綺麗なメイドと目が合うと、彼女は笑顔でコクリと頷いた。

 そこまで言われて断れば失礼にあたるだろう。

「そうですか、なら遠慮なく」

「ハッハッハ! 子供は素直が一番だよ」

 上官とアーセナルは動かず後ろに立ったままだ。

 俺が図々しいみたいじゃないか、一緒に座れよ!


「私は領主のランティア・イーヒトー。隣の怖い顔したオジサンは将軍のテオコモーワ」

 ここでは家名が前、名前が後だそうだ。そして家名を付けるのは領主や大商人などのごく一部の権力者らしい。

「テオ将軍と呼ぶことを許してやろう、有難く思え坊主」

 ニヤリと笑うプロレスラー、たぶん俺の緊張を解そうとしているのだろう、顔は怖いが悪い人には思えない。

 いつも叫んでいるからか、それとも酒焼けか、声量は太いのにガラガラ声だ。

「活躍したそうだね、私からも例を言わせてほしい。ありがとう」

 対して優男の狸部長。子供相手なのにとても腰が低い。威厳を感じないのだが大丈夫だろうか。

「褒賞が目当てですから気にしないでください」

「ふむ……。ソファーの汚れを気にする繊細さは持ち合わせているのに、目上の者に対しては無遠慮。なんともアンバランスな性格をしているな。人と接するのは苦手かね」

 さすが領主と言うべきか、一目で性格を見抜きやがった。たしかに俺は人が苦手だ。対話を避けるほどではないが進んでコミュニティを作ろうとは思わない。

「嫌いではありませんが得意とは言い難いですね」

「正直で結構。では褒賞の話をしよう。できるかぎりキミの願いをかなえたい、要望はあるかね?」

「町に住む権利と、できれば就職先の斡旋をお願いします」

 住民権がどの程度高額なのか知らないが、敵軍を追い払った功績よりは安いだろう。

 それと保証人のいない子供が働ける場所は限られる。それも条件はかなり悪いだろう。だが領主の紹介ならば待遇は良いはずだ。

「それだけかね? 大金を要求してくるものだと予想していたが」

「俺はまだ七歳です。一時的なお金をもらっても誰かに奪われるのが関の山ですから」

「なるほどキミの言う通りだ。住民権は手配しよう、だが問題は就職先だ。神職が農民や鍛冶師ならばいくらでも先はあるのだがキミは穴師だったな。その力を活かせるとなると難しい」

「ランティア様、発言しても宜しいでしょうかぁ~」

 まだ緊張している上官が難しい顔をしている。

「何だね」

「この者、なかなかの聡明。しかも穴師の力は未知数。目の届く場所に置いておかねば危険かと存じます」

 こいつ俺のことを危険人物と言いたいのか。捕まって地下牢に幽閉とか嫌なんだが!

「それを本人の前で言うのか」

「はい。おそらく金品を要求しないのは自分で稼げる自信があるからです。それに就職口の斡旋を希望するのもランティア様の力を測っていると思われます」

「私を値踏みしていると言いたいのだな。つまらない仕事を斡旋する程度の領主ならば他領へ移り反旗を翻すぞ、と。なるほど、なるほど……」

 あえて返事をしなかった。なぜなら値踏みなんて失礼なこと考えてもいなかったからだ。

 しかし勘違いして俺の価値を上げてくれるのなら好都合。波に乗ってもいいだろう。

「ほぅ、坊主は有能な人材は好待遇で迎えるべきだと遠回しに主張しておるのだな。なかなか豪胆な奴だ。坊主が良ければワシが預かっても良い。死ぬまで戦わせてやるぞ」

 兵士になって前線に送られるのは嫌なんですけど……。

 テオ将軍が俺を見ながらニヤニヤと笑っている。目を合わすと気に入られてしまいそうだ、なるべく視線は外しておこう。

「待つのだ。聡明ならば頭脳労働が良かろう」

「いやいや武功を立てたのだ、少尉くらいの階級が良かろうて」

 階級? 管理職なんて面倒なんですけど!

「七歳児を要職につけても部下との軋轢あつれきを生むだけだぞ」

「ならば単独行動させれば良かろう」

「それでは監視の意味が無くなるではないか」

 仲良しのオジサンがじゃれ合っているようにしか見えない。

 当事者である俺の意見は聞いてくれそうもないな。

「ならばそこの若者を付ければ良かろう、聞くところによると坊主を見い出したのも彼だと言うではないか」

 領主と将軍の視線がアーセナルに集まると、彼の緊張はピークに達したらしく、生唾をゴクリと飲み込む音が俺にも聞こえそうだ。

「キミ、年下が上官、いや児童が上官になるのに抵抗は感じないかね。無論、断っても処罰することはないから安心するがいい。それを踏まえ忌憚のない意見を述べなさい」

「はっ。彼の頭脳、行動力、発言力は私よりも優れていると感じております。ですから部下につくことに抵抗はございません!」

 謎の高評価? 彼に気に入られるような行動をした覚えはないのだが……。

「良い返事だ。今の仕事から抜けても問題はないかね」

「はっ、問題ございましぇん!」

 返事をした上官の声が上ずっている、情けないなあ。

「では就職先として私の補佐官に任命しよう。権限はないが私に遠慮なく意見できる身分だ。もちろん給金は支払う。キミ、名前は」

「はっ、アーセナル軍曹であります」

「アーセナルをキミの部下に任命する。加えて保護者も兼任してもらう。子供一人では何かと不便だろうからね」

 意味ありげに微笑んでみる。もちろん提案には満足しているが慌てて食いついては安く見られそうだ。

「仕事内容が不明のままでは返事がし辛いのではないでしょうか?」

 アーセナル、ナイスフォロー!

「そうだな。ふむ……、早急に手を打たねばならぬ要件は無いし考えておこう。とりあえず学校に通うというのはどうだろうか。聡明とはいえ基本的な知識は必要だろう。将来、幹部候補に進むのであればなおさらだ」

 幹部の話は断りたいが、確かにこの世界の常識をよく知らない。寒村では教育と呼べる制度がなく、言葉は話せるが読み書きすらできないのだ。

「ありがとうございます。学べる機会を頂けるのは嬉しいです」

 ここは子供らしく無邪気に喜ぼう。俺の笑顔を見た領主と将軍も満足そうに微笑んでいる。チョロイ大人たちだ。

「詳しいことはアーセナルに聞くといい、頼んだぞ」

「ははっ! 身命を賭してこのお役目全うしてみせます!」

 この領主なかなかやり手だ。子供なら偉そうか肩書を与えれば喜ぶと考えているのだろう。結局俺は学校に通う普通の子供という身分を手に入れた。補佐官と言っても権限はなく、給金はお小遣い程度、アーセナルが監視兼親代わりという、ごく普通の町民となったのだ。

 安く買い叩かれた感は否めないが、まあ、兵隊にならずに済んだのは不幸中の幸いだ。




 領主の屋敷を出る前にサウナへ連行されメイドたちに体の隅々まで洗われた。それはもうこの世の天国かと思えるほど気持ちが良かったのは言うまでもない。

 俺様のデカいアレを見たメイドたちが黄色い声を上げていたが子供なのでわからないフリをしておいた。

 こちらの世界では湯船に浸かる習慣はないそうだ。

 ボサボサだった頭髪も散髪され田舎の寒村から来たとは思われない程度には小綺麗になった。

 領主様から支度金を受け取ったアーセナルは服屋へ俺を連れて行き、体のサイズを測り、学校の制服を注文し、普段着を何着か購入した。

 濃いブラウンのシャツにベージュのショートパンツ。白い靴下にチョコレート色の革靴。アーセナルに任せたが、なかなかのコーディネートだと思う。

 ちなみに自分で選ばなかったのはこの世界の服装について知識がないからだ。俺が普通と思っていても、こちらでは非常識かもしれない。なにせ今までアレをブラブラさせながら歩いていたし、それについて誰からも変な目で見られなかったのだ。ファッションセンスに自信を無くすのも無理ないだろ。




 必要な日用品を購入した俺たちは兵士用の寮に到着した。

 もともとアーセナルは個室だったが、俺と住むために二人部屋へ移動することになった。

 部屋にはベッド、学習机、タンスが二つずつ。食堂に行けば朝晩の食事も出るし、いつでもサウナに入れる。なかなか快適な居住環境だ。


 引っ越し作業もひと段落ついたので、お互い勉強机の椅子に座っている。

 ふと気になり、彼に質問してみた。

「アーセナルさん」

「さんはいらないよ、一応兄弟設定だしキミは上官だからね」

「なら遠慮はしない。アーセナル、本当に俺の部下でいいのか?」

「領主様へ伝えた言葉に嘘偽りはないよ。それにキミと一緒に行動すれば面白そうだから。……実を言うとね日常に退屈してたんだ。城壁に囲まれた町の中は閉塞感が強くて、それに淀んだ空気が嫌いなんだ。炊き出しの仕事には手を上げて名乗り出たんだよ、町の外に出られるからさ」

 確かに、見えるのは空の青さぐらいで景色と言えば壁だ。今は珍しさが勝っているが住み続けれると息苦しく感じてくるのかもしれない。

 俺の部下になっても町の外へ出られる保証はないのだか、僅かな可能性に賭けたのだろう、彼の希望を叶えられると良いのだが……。

「なるほど共存関係か、悪くない」

「俺は奴隷として売られこの町へ来たんだ。身内がいないから嘘でも弟ができたのは嬉しいんだよ」

 そうか、子供姿の俺の話を親身になって聞いてくれたのは境遇が同じだったからなんだ。

 もしかすると同郷かもしれないが寒村の名前すらしらないので聞きようがない。それに思い出さなくていい過去だ。

「だけどね! 保護者となったからには兄として小言は言わせてもらうよ、たとえ上官だとしてもね!」

「苦言痛み入る兄上」

「ハハッ、本当にキミは七歳児なのかな。俺よりも年上じゃないかって感じることがあるよ」

 溢れ出る知性は押さえられないか~、なんてね、俺は凡人だよ。

「隠していたが俺はアーセナルよりも長く生きているのだっ!!」

「ハッハッハッハ!! そ~いう所は子供っぽいね」

 優しく頭をなでてくる。何十年ぶりだろう人に頭をなでられるのは……、何だか懐かしい感じがする。

 だが、その手をペシッと叩き落とす。

「え?」

「せっかくメイドさんが綺麗にセットしてくれたのに、ヘアが乱れるだろ」

「こいつ~生意気な~」

 髪の毛を両手でくしゃくしゃに揉みしだかれてしまった。






 七日後、領主に呼ばれ屋敷に来ている。

 前に来たことのある応接室。俺はソファーに座っているがアーセナルは後ろに立っている。

 どうやらあの怖い顔をした将軍は呼ばれていないようだ。

「なかなか似合っているではないか、名家の子息と言われても違和感がない」

「ありがとうございます」

 念のため学校の制服を着てきたのだが好印象のようだ。

 青のジャケットに白のシャツ、グレーのショートパンツに白の靴下と黒の革靴。これで眼鏡と麻酔銃型の時計があればちびっこ名探偵だ。

「生活には慣れたかね」

「はい、おかげさまで。アーセナルにも良くして頂いているので不自由なく暮らしてます」

「そうか、ならば良い。早速だが本題に入ろう。領地を広げる方法は知っているかね」

 それ子供にする質問じゃないだろ!

 いや、まさか、学校で勉強しているのか抜き打ちチェックするつもりだろうか。

 領地に関する授業など記憶にないし、もとの世界でも一般人だ、そのような知識は持ち合わせていない。

 え~と……、

「ロプシチアのように侵略し奪い取るか、もしくは未開の地を開拓する、くらいでしょうか」

 慌てず平常心を装い回答したが、どうだ、正解か?

「もう一つあるのだ。先住民を懐柔し我が領へ引き入れる方法がね」

 やはり足りなかったか。あぁ~聡明な子供を演じていたのに、化けの皮が剥がれてしまう。

「な、なるほど」

「そして、その役目をキミに任せようと考えている」

 は? 寝ぼけているのかこの領主は、俺は七歳児だぞ。補佐官なんて俺を騙すための肩書だろ。まさか本気で仕事させるつもりなのか?

「故郷では湖を造り村長からの信頼を得たと聞いた。その手腕を生かしてくれなだろうか」

 あ、なるほど、穴師の仕事としては理にかなっている。ようするに湖を掘り先住民に恩を売れということだ。実績のある仕事なら失敗しないと踏んだのかもしれない。断る理由もないし、住居と給金はしっかり頂いているのだから対価に見合うだけの仕事はしよう。

 だが、子供にどれ程の期待を寄せているのだろうか……。普通に考えれば異常だろう。マジでこの人の考えが読めない。

「ご命令とあれば喜んで」

「うむ。親善大使として平和的解決を心がけるのだ。必要な物があればアーセナルに揃えさせるがいい。吉報を待っている」






 俺とアーセナル、それに護衛の兵士四人は目的地の村へ移動している最中だ。

 先頭に騎乗した兵士、次に俺とアーセナルを乗せた馬車、続いて食料などの物資を積んだ荷馬車、最後に騎乗した兵士という隊列だ。

 奴隷商人が乗っていたような装飾の施された高級馬車ではなく、鉄で覆われた無骨な軍用馬車は快適性より機能性が重視されており、矢の攻撃ぐらい軽々と跳ね返してしまうだろう。

「こんな馬車で訪ねたら村人が怯えるだろう!」とツッコミを入れたのだが、

「キミを守るほうが重要です!!」とアーセナルに一蹴されてしまった。過保護な兄にはこまったものだ。


 目的地は首都から最も離れた場所にある寒村だ。まあ、領地へ併合しようというのだから僻地なのはあたりまえだ。ちょっと日帰りで、なんて気楽な旅ではない。熊や狼などの野獣に警戒しながらの過酷な旅になる。

 整備されていない凸凹の細い道を、木や枝を馬車に当てないよう注意深く運転するのは神経を擦り減らすのだろう、御者の兵士は休憩中ぐったりしていた。


 飾り気のない薄暗い車内で俺とアーセナルは今後の方針を検討している。

「俺のほうが立場が上なんて説明しても村人は混乱するだろうし、兵士たちがなめられる恐れがある。それに誤解を解く時間を無駄にしたくない。だから親善大使はアーセナルに任せるよ」

 俺が領主の補佐官で神職が穴師である事実は伏せてある。知っているのは領主、テオ将軍、アーセナルとその上官だけだ。珍しい神職の子供は誘拐されやすいのだそうだ。

 同行中の兵士には兄の職場見学に同行してきた弟と説明してある。なかなか信じてくれなかった兵士たちだがテオ将軍の命令書を見せたら大人しくなった。

「それは構わないけれど方針を決めるのはキミだろ、どうやって会話するのさ」

「後ろに控えてコッソリ提案するから、納得したら案に乗ればいいし意見があれば否定してくれていいから」

 麻酔銃で眠らせて操り人形にしないだけ良心的と思って欲しいものだ。

「護衛対象が目立つよりは守りやすいし……。うん、了解した。けど、くれぐれも無茶はしないように! 領地に近いからと言って安全ってわけじゃない。武装はしていないと思うけど集団で襲われればひとたまりもないからね。絶対に俺の傍から離れないこと、いいね!」

「お兄様は心配性だなぁ~」

「油断しない! 領主様がキミに話を振ったのには理由があるはずだ」

「理由ねぇ……」

「あのね、村人と同数以上の兵士で向かえば反意を唱える暇を与えず服従させるなんて容易いんだよ。それなのに護衛の兵士は四人しか付けてもらえなかった」

 確かに、生まれ故郷の寒村でも奴隷商を護衛する兵士を見ただけで村人たちはかなり畏怖していたのを覚えている。

 戦闘とは縁のない者からすれば、帯刀した人間など獣に見えるかもしれないな。

 となると、護衛の兵士は別の役目を与えられている可能性があるわけだ。

「へぇ~。……例えば、村人に俺を襲わせて亡き者にしようと画策してるとか、ね」

「領主様は素晴らしいお人だ、冗談でも言って良いことではない!」

 マズイ、目が本気だ。普段は優しいアーセナルがマジ切れしている。虎の尾を踏んでしまったかもしれない。

「仕方ないだろ、面談したのは二回だけ、まだ人となりを判断できるほど言葉を交わしていないんだ。慎重を期し警戒すべきだと思うが、違うか?」

 彼の表情から怒りの色がすっと消えた。

「そうだな、キミの言う通りだ」

「え?」

「えって何だよ」

「まさか危惧して正解なのか? 領主はヤバいヤツなのか? 狸顔なのに腹黒か?」

「納得したのはそこじゃない。俺が万の言葉で領主の人となりを説明しても、それは俺の主観だ。他人の噂話は信じてはならぬ、己の目、己の耳で確かめよ、って祖父の教えでね、キミの言う通り領主の良さはキミ自信が確認すべきだ」

「なるほどねぇ腑に落ちた。初めて会ったとき、どうしてアーセナルが俺の言葉を疑いもせず親身になって聞いてくれたのか。子供の外見に惑わされず会話で俺を知ろうとしたのか」

「ハハッ、そんな大層な事じゃないよ」

 自覚なしか。アーセナルと出会えたことは幸運だったのかもしれないな……。






 村に到着すると槍を持った中年男性が親の仇でも見るような視線を俺たちに向けていた。

 アーセナルだけに聞こえるよう小声で、

「話が違うじゃないか、武装してるぞ!」

「想定内です」

 慌てても仕方ない、ここは任せよう。

 事前情報では、行商にくる者はおらず自給自足の生活をしているらしい。

 ボロボロの汚い服は、もう何年も着たままなのだろう。だが酷さで言えば故郷の寒村のほうが遥かに上だ。服を着られるだけマシなんだよ。


 アーセナルが男の前に進む。

「村の代表者と話がしたい」

「俺がそうだが、何用だ」

「ランティア様は知っているな」

「知らん」

 そんなはずはない、今までも何度か交渉に来ているのだ。これは話を聞く気がないというパフォーマンスなのだろう。

「この周辺地域を治める領主だ覚えておけ」

「俺は頭が悪い、たまにしか来ない者の話など覚えてられるか」

 険悪な空気がさらに濃くなった。

 緊張で鼓動が早くなる。俺は前世でも喧嘩をしたことがないのだ。人と人が敵意を向けて対峙すると、こんなにも息苦しく感じるものなのか。

 そんな俺に比べアーセナルは槍の矛先を向けられても平然としている。流石は兵士といったところか。代表の役を彼に譲渡したのは正解だったな。

 男の額から汗が流れ落ちる。抜刀していなくとも、やはり兵士の前では極度に緊張しているようだ。

「ランティア様はこの村を領地に加えようと考えておられる。もし恭順の意思があるのなら庇護すると約束しよう」

「けっ! その手には乗らねえ、おまえらはうまい話で俺らを騙し作物を奪うだけだ」

「税の話か。もちろん庇護の対価としていくらかは徴収するが――」

「もう騙されないと言っとるだろうが!」

 声を荒げた男は息遣いが早くなり、恐怖で槍の先端が震えている。彼は命がけで交渉しているのだろう。そこまでする理由は何だ?

 アーセナルはハッと気づき、

「まさか! ランティア領の者がおまえを騙したのか」

 後から聞いた話だが、徴税官を名乗り収穫物を騙し取る詐欺師がいるらしい。村の者からすれば制服を着た兵士が名乗れば疑う余地はないし、変に疑えば納税を拒んでいると判断され捕まる恐れがある。弱者は泣き寝入りするしかないのだ。

 男は目線をそらすと、

「それは違う」

 アーセナルは安堵のため息をついた。

「ならば別の誰かに騙されたのか。いったい何をされたのだ」

「お前と同じだ。守ってやる、だから作物をよこせ、とな。口先だけで守りもせず作物だけが奪われた」

「待て、ここは既に別の領地の庇護下なのか?」

「違う、俺たちは逃げてきたんだ」

「他の領地でも脱領は死罪だろう、なぜそんな危険を冒したのだ」

 無断で領地から出ることを脱領と呼ぶらしい。住民の頭数は常に把握されているので脱領者はすぐバレる。残った住人にも重い罰が下されるので逃げ出さないよう互いに監視しあうのだ。

「作物が出せなくなった俺たちは殺されそうになったんだ。生まれた土地に縛られ、強欲な領主に絞り取られる、そんな生活は嫌だ!!」

「なるほどな。それは気の毒な話だ。しかしランティア様は違うぞ、とても慈悲深――」

「領主の犬など信じられるか! 帰れ!!!」

 まるで怯える小動物だ。警戒心が強く簡単には信じてもらえないだろう。そろそろ俺の出番かな。

「お兄様、意見具申宜しいでしょうか」

「許可する」

「話を聞いておりますと、対価に納得できれば納税もやぶさかでないと聞こえました」

「子供がクチを挟むな!」

「黙っていろ!!」

 アーセナルの喝に男が怯えている。やりすぎだ……。

「続きを」

「野党や野獣に襲われたさい、約束した者が不在だったのではないでしょうか」

「どうだ?」

「そ、そうだ」

「おそらく被害者が出た後で救援を訴えたけれど、すげなくあしらわれたのでしょう。庇護がどのように実施されるのか明確な情報や確証がなければ口約束だと罵られても仕方ありません。ですから成果が先、報酬は後から頂くのが良いと考えます」

「ふむ……。具体的には」

「駐在員を置くというのはどうでしょう。常に町を守る兵士がいれば村人も安心できるでしょう」

「それは難しいな。来る途中見ただろう、細い悪路しかなく行商人すら訪れない辺鄙な村に常駐したがる兵士などいない」

 あ、そうか、当たり前なのに失念していた。

 インフラの整備は首都優先。採算の取れない場所に道路や鉄道は敷かれない、これは元の世界でも常識だ。

 人が少ないからインフラは後回しにされ、インフラが充実していない土地は忌避きひされる、負のスパイラルだ。

 道路を作れば予算の無駄遣いと怒られ、採算の取れる道だけ整備すれば田舎を冷遇していると怒られる、行政の苦労も納税者の意見も理解できる難しい問題だ。

 インフラ整備は未来への投資だが、言い換えれば博打でもある。博打する度胸のない為政者では発展は望めない。その点、領主はこの地を領土に加えようと考えているようだ、とすれば、投資する価値がこの寒村にあると判断したはずだ。

 俺にできることは――。

「ならば道を作りましょう」

「順序が逆ではないか。交通量に比例して道は作るものだ。採算の見込めない道路建設など予算が出るはずもない」

「もし安価で作れるのだとしたら兵士に何が必要でしょう」

「住む家と食事、かつ短期間の交代制であれば任務として受ける者がいるだろう」

「食事ですか……。ならば農地開拓を支援しましょう。森の開墾は重労働ですが私なら村民の負担を軽減させることが可能です」

「確かに開墾は骨が折れる作業だ。道路の整備まで含めると、数十人、いや数百人の人手が必要だろう、それを――」

「おいおいあんたら、いったい何の話をしてる?」

 男はかなり狼狽しているようだ。

「信用を得るための対策会議だ。こちらの譲歩案に対しオマエが首を縦にふるかどうか吟味している。その顔、まだ足りなそうだな、いったいどれだけの要求を積み上げるつもりだ、強欲な奴め」

 どうやらアーセナルは俺の意図を汲んでくれたようだ。

「ま、まて! いや、待ってください! そんなことをされても返せるあてがない」

「お兄様、どうやら税率に不満があると申しているようです」

「ランティア領は収穫量の四割を税として徴収している。これは他領と比べても低いほうだ。もしや下げろと――」

「い、いいえ、めっそうもない。そ、それでお願いしますっ」

 男は額から流れ落ちる汗を手で拭いながら頭を下げたのだった。




 村から帰るついでに俺は道を造っている。もちろん穴師のスキルを使ってだ。

「わけがわからないよ、なぜ馬車の前に道ができるんだ?」

「深い穴を掘るだけが穴師のスキルだと侮ってもらっては困るねえ。これは凄く浅い穴を連続で掘っているのさ」

 ポリッシャーをご存じだろうか。円形のスポンジを回転させ車のボディーや床を洗浄する機械の名称だ。例えるなら電動ドリルの先端にスポンジが付いているのを想像すれば間違いない。

 穴師スキルも同じ要領で、地面の表面を薄く研磨するように掘れば滑らかな道路が造れるのだ。

 邪魔な木もついでに除去していく。木の根元に『穴掘り』で大きな穴をあけると木は自然落下し穴の中へ落ちる。そこへ『穴埋め』を使うことで周囲と同じ素材。ここでは土によって穴が埋まるのだ。

 行商人たちが野営でるような広場を数キロ間隔で造っておくのも忘れない。

 森の大木も、巨大な岩も、穴師の俺には障害にすらならないのである!


「ハッハッハ! 俺の前に道はなくとも、俺の跡に道はできる!!」

 隣に座り手綱を握るアーセナルが長く深いため息をついた。

「ほんと、規格外だなキミの神職は。道路建設なんてのは数百人規模で長い工期が必要な、それこそ領土の行く末を決める大仕事だっていうのに、余裕ですか~、そ~ですか~」

「棘があるね」

「ついこの間まで股間のモノをぷらぷらさせていた子が、ビシッと制服を着こなし大規模プロジェクトを鼻歌交じりに消化するんだから、お兄さん腐りたくなるってもんですよ」

「もしかすると邪魔な俺を排除する流れかな? まさか領主ではなくアーセナルが刺客だったとは」

「ハッハッハ! 邪魔者ってのは相手と同じ高さにいるときにしか使わないもんだよ。キミは山頂で俺は麓さ。自分の価値くらい理解している」

「股間のモノをぷらぷらさせている子供を見下さず、親身になって耳を傾け、上官に紹介する男の価値が山の麓ねえ~」

「あれ? もしかして慰められている?」

「いや、自己評価の低さに呆れてる」

「ぷっ、アッハッハッハ!!」

 俺たちの笑い声は遠くの山にまで届きそうだった。

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