第24話 江の島までのふたりごと①
「それにしても、どうしてわざわざ直前に連絡するのかな。少しだけびっくりしちゃったよ」
信二は急いで支度をした後に、西園寺佐奈と並んで駅までの道のりを歩いていた。
右隣を歩く西園寺佐奈の姿は夏の暑い日差しを強く反射して、まるで彼女だけ一人、別次元を歩いているかのような雰囲気を醸していた。
純情さを引き立たせるかのような、真っ白すぎるワンピースに麦わら帽子という、いかにも今風の都会女子がするファッションではない服装に身を包んでいる。言ってしまえば、創作でしかもはや出てこないのではないかと思われる古風で可憐なファッションセンス。
しかし、それがどういうわけか、様になってしまうのだから、西園寺佐奈は恐ろしい。生まれ持っての美貌というものは、ここまで日頃のファッションセンスに彩を与えるものなのだろうか。そんなことを考えてしまうほどに、彼女はとても美しかった。
儚く美しかった……
「すみません。どうしても会いたくて。駄目でしたか?」
「いや、駄目ではないけど。ほら、僕たちのことはまだ家族は知らないわけじゃん。だからね、あまりそう、いきなり来られると困るわけ」
「信二さんは、家族には秘密にする主義なのですか?」
西園寺佐奈は分かっているだろうに、わざわざそんなことを意地悪に聞いてくる。彼女がとても聡明であることは、体育館裏での告白で理解しているつもりだ。
ガガスバンダス。彼女から教えてもらった言葉であり、実際の漫画作品に出てくる言葉。意味をまだ付与されていない未知の言葉。彼女曰く、人はそのような未知の言葉に対して周囲の人々の常識を借りながら、意味を獲得していくのだそう。
信二もあとで気になって、その該当する漫画作品を読んでみたのだが、あれはとてつもないパワーを持った作品だった。果たして、そのマンガ作品通りの解釈を彼女ができているのかは、定かではないが、そのような解釈をして世の中を見つめるという発想を持つこと自体に、その取り組み自体に、とても意味があるような気がしてならない。
要は正しく読めていることが重要なのではなく、解釈違いあっても構わないから、その作品から何かを個人的に読み解き、実際の現実社会での行動に変化を加えていくこと。これができるか、できないかで読書の実用的活用が可能であるかが決まってくる。
西園寺佐奈は人の何倍もそのような読書が得意であるような気がしてならない。信二は自分の彼女でありながらも、そのような異質な存在を少しだけ分析的に見つめてしまう。
それだけの魅力が彼女にはあるのだ。嫌でも目を引き付けてしまうような妖艶な魅力が彼女にはあるのだ。
「彼女が出来たことを家族に秘密にするかどうかは、TPOによるだろう。佐奈ちゃんの場合は、ね。わかるよね?」
「そうですね。私は正妻ではありませんから。どうせ2番目ですから」
「いやいや、3番目だよ?」
「信二さんも私に負けず劣らず、意地悪なようです」
「あはは、そうなんだ。僕はこう見えて実は意地悪なんだよ」
こんな感じで信二たちはしょうもない雑談をしながら、最寄り駅まで歩いていく。
しかし、そのときに信二はふと思い出す。
(ん、待てよ。僕は佐奈ちゃんに住所をまだ教えていないはずなんだけど)
信二は隣を歩く彼女の顔を再び見つめる。
しかし、その美貌を見つめていると、そんな些細な事はどうでもよくなってしまう。
彼女が彼女である今は、そんなこと……
どうでもいいことなのかもしれない。
(まぁ、深くは考えないでおこう。佐奈ちゃんは僕の彼女だ。何かしらの人脈を伝って僕の住所を聞きだしたとか、そういうことだろう。それも少し怖いことではあるけれど、佐奈ちゃんの異質さを理解していれば、許容範囲内だ。なにせ、告白してるのに僕を平手打ちしたくらいの変人だからね……。うんうん、たかが住所だよね)
信二はそうやって自分を無理やり納得させて、彼女とのいきなりのデートを楽しむことに努めるのだった。
「えっと、それにしても、今日はどうしていきなり江の島なんかに行きたいと思ったの?」
信二は彼女が家を出てすぐに、口にしたデート先のことを話題に上げた。今さら感があるが、信二としてはずっと気になっていた。
江の島なんて関東に住んでいる高校生がわざわざデートスポットに上げるようなものでもない気がする。小さいときに家族で何回か訪れた記憶のある信二としては、江の島は行き慣れた場所であり、わざわざ都心から一時間以上も電車に揺られていくような場所でもない気がするのだ。
あるものと言えば、海沿いを走る素敵な電車と、しらす丼くらいではなかろうか。関東在住の信二からすると、観光地としてはすでに使い古されているイメージがある。
ただ最近では、海外からの観光客もかなり増えてきているということだ。というのも、有名なバスケットボールの作品やら、青春ブタ野郎と形容される男がSFチックで破廉恥な毎日を過ごすという作品の聖地になっているということが影響しているらしい。その他にも江の島は多くのコンテンツの聖地となっていることから、その側面からも聖地巡礼の影響で観光客はどうしても多くなってしまう。
信二は以前そのような内容のニュース番組を見て、現地に住む人たちが平日でもあふれかえるその異様な人の多さに、怒りの声をあげてウンヌンカンヌン……
とまぁ、そのようなことからも、あまり信二としては行きたくない場所でもあった。わざわざ自分から江の島に赴き、その他大勢の観光客に交じる気はあまり起きないのだ。
「あそこの夕日を信二さんと一緒に見たいなと思いまして。駄目でしたか?」
「あー。夕日か。そう言えば僕はまだ見たことないかも。だいたい家族と昼過ぎくらいに江の島について、日が暮れる前に帰ってくることがほとんどだったから」
「そうですか。それならちょうどいいかもしれませんね。あそこから見える夕日は格別ですから。一度大切な人とその景色を共有してみたかったんです」
「佐奈ちゃん……」
信二は、あの西園寺佐奈にもロマンチックな一面があることに、少しだけ感動を覚えている。
そのような一面を知れただけでも、自堕落な月曜日の夏休みを脱出してきた甲斐があったというものだ。
さっきまでのネガティブな考えはどういうわけか、吹っ飛んでしまった。恋愛の力は恐るべき威力を持っているようだ。
「一人で黄昏る夕日というものも趣深いものではありますが、恋人とみる夕日というものは果たしてどういう情景を私たちにもたらしてくれるのでしょうか。私としてはとても興味があるのですよ」
西園寺佐奈はそのようなことを呟いた。
(あれ、少しだけ恋愛的じゃない気もするけど。恋愛ってそんなに分析的にするものだったかな? まあいいか。そんな些細なことは。恋愛も人それぞれの形があるように、僕もこうして3股をしているわけだし)
信二はそのようなことを思いながら、西園寺佐奈と江の島へ向かうために電車に乗り込んだ。
今から数時間電車のなかで揺られることになる。
さて、西園寺佐奈との初デート。電車のなかではどのような会話をして盛り上げようか。
信二はそのことを考えつつ……
少し遅めの一日がこうして幕を開けた。
【続く】
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