第23話 予定にない彼女の急な訪問

「すぅ……すぅ……すぅ」


 土曜、日曜とバイトを寝不足の状態で取り組んだためか、信二は休日明けの月曜日に昼前までぐっすりと寝てしまっていた。


 日曜日のバイトでも、信二は目一杯に香住さんとの時間を楽しんでいた。ただ、日曜日のバイト後は香住さんの方で予定が入っているということだったので、そのまま信二は家に帰ってくることになった。


 不幸中の幸いとでもいうのだろうか。香住さんと会える時間が減ってしまったことは悲しかったが、正直に言うと、それよりも体を休めさせることの幸福感が、勝っていた。


 夏休み初日に課題を終わらすために徹夜したのが過労の始まりだった。何事も節度は大切だ。無茶をせず、とんとんと着実に、計画的に物事を進めていくことが必要だ。


 しかし、そこまで信二という人間は出来上がってはいない。というより、計画性をもって毎日を過ごすことができる人間なんて、ほんの一握りの天才だけなんだと思う。


 考えようによっては、信二はいま少しは堕落した夏休みの一コマを過ごすことができて、ある意味幸せなのかもしれない。あまりにも詰め込みすぎると、夏休みも中だるみしてしまう。適度に息を抜きつつ……


 信二は、茜、香住、西園寺佐奈の3人との関係性を育んでいく必要がある。


 ……


 ……


 ……



「すぅ……すぅ……すぅ」




 まだまだ、信二はぐっすりと寝ている。束の間の戦士の休息とでも言わんばかりだ。




『ちっちっちっ』



 時計の秒針の音が、ただただ信二の部屋に響いていた。




★★★★★★★★★★★★★★★★



 信二が目を覚ましたのは、昼過ぎの時分だった。


 朝食兼昼食をとるために、信二は階下に降りて、リビングに顔を出した。


 そこには妹の姿があった。妹はテレビの前のソファに大胆な姿勢で腰かけ、録画してあるドラマを見ていた。


 信二はそんな妹の姿を横目で見やりながら、冷蔵庫から緑茶の入った入れ物を取り出し、コップに注ぐ。


「おはよう。それ昨日のやつ? 全然追えてなくてさ。どんな内容なの?」


 信二は、ドラマを見ている妹に対して、そんなことを尋ねた。


 妹は視聴を邪魔されたようで、少しだけ苛立ちを匂わせる口調で返事をする。



「お兄ちゃん。ドラマ見てるときにネタバレになるような感想求めるのあんまりいい気しないからやめたほうがいいよ。それと、ごはんはテーブルの上に置いてあるから、レンチンして食べて。今日は私が作って置いたから」



 妹はそうやって面倒くさそうに伝えることを伝えてから、また再びドラマの世界に入っていった。画面では男女が熱いキスを交わしている。



(うっわぁ。べろちゅーしてるじゃん。うっわぁ。なんか気まずいから、早く温めて自分の部屋に戻ろ)


 信二は心のなかでそんなことを思いながら、レンチンをするために、テーブルの上に置いてあったオムライスを手に取る。


 それにしても、妹がお昼ご飯を作ってくれるなんて、信二はなんていい妹をもったことだろうか。口は悪いかもしれないが、こういうところからは兄弟愛を感じずにはいられない。


 いや、これは愛とかではなく、ただの当たり前のこと、ただの家族からくる思いやりの心なのかもしれないけど……


 人はそこにも、愛という概念を付けたがる生き物なのかもしれない。恋愛的ではない愛という概念もまた存在しているということに、このとき信二は改めて認識をした。



「ありがとー」

「んー」



 少しだけ恥ずかしそうな顔でディープキスを見ている妹に声をかけて、信二はレンチンしたオムライスを片手に自分の部屋へと上がっていった。


(しかし、このドラマ。ディープキスの描写が長すぎないか?)


 信二はそんなことを考えながら、あとでその妹が見ているドラマを見ようと、下心から決意したのだった。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★



『ブッブッ』


 

 マナーモードに設定していた携帯が、かすかに振動したのは妹のオムライスを食べ終わった直後だった。



「ん……誰だろ」



 信二はテーブル上に伏せて置いてあったスマホを取り、そのLI〇Eメッセージを通知センターから確認する。


 そこには、西園寺佐奈の文字があった。



「えっ……佐奈ちゃん?」



 しかもその文面は、今から会えないかというものだった。


 予定にはなかった急なお誘い。


 しかも、それがあの不思議な雰囲気をもっている佐奈からのものであったために、少しだけ信二は驚いてしまっている。


 そして続けざまに佐奈からメッセージが届く。



『いま家の前まで来ました』



「え??そんないきなり!?」

 


 信二は慌てて、窓のカーテンを開けて、外を確認する。



「わっ!! え、なになに。そんなことある!?」



 信二の視線の先には、真っ白なワンピースに麦わら帽子をかぶった、彼女の姿があった。


 まるで、物語に出てくるような透明感のある、そんな幻想的なまでの夏の風景。


 少し驚きはしているが、信二はしっかりとその彼女の佇まいに見惚れてしまっていた。


 しかしながら……


 信二は我に返る。


 そうだ。まだ佐奈のことを家族は知らない。そのうえ、茜とお付き合いをしているということは、さすがに1年の交際をしている手前、家族も茜との関係性を理解している。


 ということは……


 今家にいる妹に、佐奈の姿を見られることはどうしても避けなければならない。


 かなり、まずい。家族に浮気をしているということがバレてしまう可能性が高い。


 これはどうしても避けなければならない。



「こうしちゃいられない。早くメッセージを返さないと……」



 信二がそう言って、スマホに手をかけた瞬間だった。



『ピンポーン』



 家のインターホンが階下から聞こえてきた。



「はっ!!??? 佐奈ちゃん!!?? 何してるの!!!!!」



 信二はかなりのパニック状態に陥っている。それもそうだろう。信二の心境を考えると、心臓はもうはち切れんばかりのビートを刻んでいることだろう。


 

「やばいやばいやばい!!!!!!」



 信二はそう言いながら、妹がドラマの視聴を中断しないことを祈りながら、急いで階段を下りていった。



 そして……



 なんとか妹をリビングに静止させることに成功し、信二は一人、玄関のドアを開けた。


 そこには……



「随分と遅くまで寝ていたのですね、信二さん。生活リズムはしっかりしないと駄目ですよ」


 そういって、妖艶な笑みを浮かべる……


 西園寺佐奈の、可憐な姿があった。



(佐奈ちゃん……。分かってやってる!?)


 

 信二は心のなかでそう思いながら、後ろをチラチラと伺いつつ……



「ちょっと外で待ってて。暑いと思うけど。今は家だめだから。ちょっとだけね!!」



 そういって、慌ててまた自分の部屋まで全力疾走して、着替えをする信二なのであった。



 こうして、再び信二は忙しい夏休みの日々を開始させた。



 夏の暑い日差しのなか、真っ白なワンピースを着た西園寺佐奈が、怪しげな笑みを浮かべていた。



【続く】

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