第22話 ふたりそれぞれの

【香住視点】


「ふぅ……」


 私は土曜日の夜遅く、家に帰ってきた。


 両親の心配性は相変わらずであるが、最近ではその、何か悪いことをしているという感覚にも慣れてしまった。


 私は帰りが遅くなったときなど、外で何をしていたとか、そういうことはまだ詳細に両親には伝えていない。適当に誤魔化すのが習慣になっている。


 さすがに初めて出来た恋人だ。


 すぐに両親に伝えたりすることなんて、私にはまだ、できそうにもない。


 これは私が、信二との関係を大切にしていきたいと思っている、なによりの心の現れなんだと思う。



「バイトの日でもこんなに楽しい一日になるなんて、やっぱり信二くんはすごいよ」



 私はお風呂の湯船に浸かりながら、そんなことを呟く。


 少し気持ちが落ち着いてきた。今日の、あの興奮が静かに引いていく。


 体が温まり、今までの楽しかったことが、すでに思い出となった出来事が、頭のなかを駆け巡っていく。


 お風呂では、そんなふうに、リラックスしながら思いを巡らすのが、私の習慣だ。



『ちゃぷんっ』



 湯船でお湯の跳ねる音が、反響する。



 私の白い裸が、湯船のなかをたゆたっている……



 ………


 ………


 ………


(今日の回想と思考)




 私は信二と公園でしばらくの時を過ごしたのちに、初めての深夜ラーメンを経験することになった。


 あの背徳的な味。


 正直に言って、たまらなかった。とても美味しくて、昇天しかけた。


 とろみのある濃厚なスープ。少しピリッとする唐辛子と山椒の効いた味噌ベースの味。


 すべてが完璧で、調和のとれた、背徳的な一品。


 どこか恋愛のソレと似ているような気もしないでもない。


 暗闇で、隠れてする濃厚な接触とか……


 ああ、駄目だ。なんだか、あっち系の小説みたいな比喩になってしまっている。あの公園での饒舌はあのときだけにしておきたい。


 信二が認めてくれたからといって、自分が認めれないときも、もちろんあるのだ。


 ……


 ……


 信二といると、今まではできなかったこと、あんなことやそんなこと……


 いくらでもできる。


 しかし、あれほど健康意識を高めていこうねと約束したというのに、その場の流れというものは、なんとも凄まじい強制力を持っているのだろうか。


 公園での時を、炭酸水と、信二とのスキンシップのみで過ごした努力も全てが水の泡だ。


 深夜ラーメンという、カロリー爆弾はすでに、私の胃袋の中に投下されてしまった。


 時すでに遅しである。


 ………


 ………


 私は最近になって思う。

 

 かつての自身の自制心はどこに行ってしまったのだろうかと……


 人を好きになるということは、馬鹿になるということと、似ているのではないだろうかと……


 あれほど、甘美に見えていた恋という偶像のような対象の、現実的な姿が最近は目につくように、感じている……


 まだ付き合ってさほど時間は経ってはいないが……


 そんな現実的な面に目がいってしまっているのは、私が文学部生だからだろうか。


 それとも、そういう専門性関係なく、私自身の性格の問題なのだろうか。



 ……


 ……


 ……




(今日の回想と思考、終わり)



「ふぅ~。のぼせる前に出たほうがいいかな」



 私はそうして、湯船からあがって……


 湯気をその白い裸体にまとい、脱衣所へと歩いていった。


 相変わらず広い浴室だ。



「あ~寒いぃいいいい」



 私は小走りで、寒さを連呼しながら、浴室を後にした。



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【信二視点】



 眠い。


 ひたすらに眠い。


 徹夜をしていたツケが今になって、襲ってきた。


 バイト中も、香住さんとの夜の時間も、当然のように眠気が襲ってきたが、なんとか楽しさで紛らわしていた。


 しかし、その時間も終わり、一人の時間がやってきた。


 ひとりの時間は基本、憂鬱だ。


 何かうまくいっていないときは特に憂鬱になる。


 だから人は、人との繋がりを求めてしまうのだと思う。



「ふわぁ~~~~」



 あくびが漏れる。


 ………


 ………


 しかしながら、今は幸いなことに、うまく事は進んでいるとは思う……


 いろいろとイレギュラーな出来事はあったりはしたが。


 香住さんとも良好な関係が続いているし、今日だって、自分の好きの気持ちを心から行動で、態度で示すことができたと感じている。


 僕は、少しの間ではあるが、3股を続けてきてわかったことがある。


 恋とか恋愛とか愛とか好き、とか。


 そういうことは、結局は気持ちと気持ちのぶつかり合いのなかで、意味とか大切なことを手探りで探していくしかないということを。


 3股してるやつが何いってんだよ、とは自分でも思うけども。


 ………


 ………


 おそらく絶対的な正解は、何事においてもないのだと思う。人間の数だけ概念の捉え方がそれぞれ異なる。生きてきた背景もそれぞれ異なるわけだから、当然のことだろう。


 しかし、そのなかでどのようにその概念を見つめるのか。どのように向き合っていくのか。その姿勢で、向き合い方で、それがその人にとってどのような影響をもたらしていくのかが決まっていく。


 正解とか不正解とか、悪とか正義とか。そういうレベルで物事を捉えていては、見えてこない領域が、恋愛というものにはあると思うんだ。もちろん、そういった絶対的な正しさがないと成り立たないものはあるが。


 僕の恋愛は果たしてどうなっていくのだろう。今はもちろん幸せだが、まだまだこの先が不透明すぎる。


 今後の僕の選択によって。


 破滅を導くことになるのか、それとも大団円を迎えるのか……


 しかしながら、そのような恋愛の選択は、常識ではなく、その人の向き合い方、要するに僕の真摯な向き合い方によって、決まるのではないだろうか。


 いや、決めていくべきではないだろうか。



「でもなぁ。これって僕が安心したいがために作ってる詭弁みたいなもんでもあるよな」



 僕は風呂を済ました、火照った体でベッドのなかに潜る。


 ふかふかのお布団。


 どこまでもどこまでも、底へ沈んでいけるような、そんな感覚。



「というか、まだ一日目だよ、夏休み。どんだけ濃い恋してるんだよ。。。」



 しょうもない洒落を言っている自分。


 そろそろ深い眠りに落ちていきそうだ。




「明日のバイトも、楽しみ、だな……」



 こうして信二の濃い一日は終わりを迎えた。


 落ちていくように……


 眠りについていった。



【続く】

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