第30話 甘味を巡る冒険 1/4 (sideユリエ)

「あの、これは私のですから……」

ジーっという音が聞こえそうな視線。

「ダ、ダメですよ! たとえ献尊けんそん様でも、これはダメです!」


ジーっと見つめる視線の主、その喉元に飾られているのは葉が波打った赤い四葉のクローバー〖アルメス〗を象ったチャーム。

アルメスの花言葉は『希望を託す』。

なるほど、とても良く似合う。


一月前に鉱山に行った時に手に入れたアセーラの原石は、残念なことに運ぶ途中に砕けてしまったものがたくさんあったのだけど、その欠片を使って作られたものだ。


ジーっとお皿を睨みつけて動かないのは、眩い程に白い鳥。

尾羽の赤は目が覚めるほど鮮やかで、柔らかな冠羽は白銀。

瑞鳥ずいちょう リュゼ〗という鳥だ。

神鳥と言っても差し支えない奇跡を司る。


私、ユリエの所属する宗派、グルセム教では『献尊』という号で呼ばれる存在である。


そのとても尊い存在が、私の前に置かれた皿をジーーーっと見つめている。


皿の上にあるのは、まるで一輪の花。

灰に近い白が幾重にも折り重なった可憐な花。

ハキュラという花に見える。

花言葉は『現実逃避』。

思わぬ大イベントが分かったこのタイミングではこれ以上ないご褒美だ。


その花をジーっと見つめる献尊様。


その丸い嘴の先からポトリとヨダレが垂れる。


「だからダメです! これは私のです! ほら、バーグ君の方には3つもあります。あっちなら1つぐらい貰えますよ!」

「な!? おい! 人を売るな! ダンが体格差を考えて作ってくれたんだぞ!」


2ヶ月に1度あるお小遣いの日のご褒美。

ダン君の作ってくれたお菓子だ。


見た時、あまりの美しさにどう食べていいのか分からなくて固まってる間に作った本人がどこかへ行ってしまったのでお礼を言いそびれてしまった。


そば粉のクレープらしい。

最近、ナカヘラの街で人気のあるデザートだ。


あっちはこんな芸術品ではなく、どう見ても普通のクレープだけど。


献尊様が一歩近づく。

「だからダメです! 2ヶ月待ちなんです! こっちは!」

更にもう一歩。

立場上、物理的に抵抗出来ないことを知られている私に狙いを定めて狙ってくる。

「止めてぇ! お願いぃー。 ルラ〜」

「何も見えない、聞こえない、ございます。私はこれを食べるのに忙しい、ございます」

「薄情者〜〜!!」



◆◆◆◆◆◆



「ファレス」

妖精族フィクトのおばさまの腕に白い光が灯り、消える。

「あ!痛くない!」

「痛みが引いてるだけで怪我は治ってませんから、無理しちゃダメですよ。はい、次の方〜」

「どうせなら、パーッと治してくれりゃいいのに……」

おばさまはぶつぶつと不満げだ。

「自分で治せるものは、自分で治した方がいいんです。はい次の方〜」


治癒術――巷では奇跡の術などと大層な名前で呼ばれるけど、本来は治癒術と呼ぶ――は掛けられる側にも負担がある。

みんなのように特別に鍛えている人には影響はないが、一般の人だと後で揺り戻しが来ることがある。

そのため、自然治癒で治るものは自然治癒に任せる方がいい。


今日は2ヶ月に一度のお小遣いの日。

逸る気持ちを押さえるために、私は街で青空病院をしている。


人の相手をしていないと、時間ばかり気になってしまうから。


「喉が痛くて上手く声が出ないんです。熱はないんですが」

幼い男の子を連れた只人族ヘルバトの母娘が心配そうに立っている。

「喉、ですね。ちょっとお口開けて、はい、あーん」

男の子が懸命に口を開ける。

口の奥に半透明の小さな角が見える。

「あー、ディングですね」

「ディング?」

「下級邪精の一種です」

「邪精!?」

悪化した精霊を邪精という。

遺跡に住み着くテリブルをぐーんと弱化させたような存在だ。

「大丈夫ですよ。直ぐに治りますから」

薬箱から薬湯の元を取り出して、ぬるま湯で溶く。

「はい、これをぐーって飲んでね」

「………」

緑色のわりと毒々しい薬湯に男の子が怯む。

母親も不安な顔をしている。

「見た目は悪いけど、大丈夫よ。匂いを嗅いでみて?」

恐る恐る鼻を近づける。

「ね?いい匂いでしょ?」

男の子が大きく頷く。

ハチミツをたくさん混ぜたレモネードのような甘酸っぱい香りがする。

「飲める?」

また大きく頷く。

そして、満面の笑みでぐいーっと飲み干す。


「………にがぁあああい!!」

「ね、匂いは美味しそうなのに、ビックリするわよね」

しかも、遅れて来る苦味だ。


「ヒドイ!!」

「でも、喉は治ったでしょ?」

「!! ホントだ!!」

「しばらく刺激物は避けて下さい。少し喉が弱ってますので、今度は普通に荒れてしまいます」

「ありがとうございます」

「おっぱいのおねえちゃん、ありがとう!」

――ゴン!!――

「いてぇえ!!」

「アンタは!!」

母親のゲンコツが炸裂した。

……そんな目立つ服は来てないつもりなんだけど。

すみません、とペコペコ謝る親子。

「いえいえ……あ! 時間だわ! 今日は終わりです! 終わりまーす!! 絶対に!」

今、13時15分。

ここからパーティハウスまで20分。

片付けて帰ればちょうどいい時間だ。


「終わりなのよー!!」

巻き起こるブーイングとずらっと並んでいる方を全無視して、さっさと片付ける。


なぜならこれはただの趣味だから。


「俺だけでも見ろよ! めちゃくちゃ痛ぇんだよ!」

不眠族ナルトメアの青年が何本もミミズバレが走った腕を見せながら近付いてくる。

痛いだろうな。

イトダニに食われた跡に見える。

逆によくここまで食われたものだと感心する。


「痛いなら病院に行くべきだわ。4日以上続くようなら、危ないから。では!」

荷物をまとめてスルリと抜け出す。


悲鳴が追い掛けて来るが、誰も私は止められない!


なぜなら今日はお小遣いの日だから。


ダン君のお菓子と、まだ見ぬご飯が私を待っているのだから。





ーーーーー

いつもありがとうございます。

ついに三十話です!

ここまで読んで下さってるなら、面白いと言ってもいいんじゃないでしょうか!?笑

ぜひ星とかハートとかフォローとかコメントとか欲しいので、ぜひ、よろしくお願いします!! 笑

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