第31話 甘味を巡る冒険 2/4 (sideユリエ)

「じゃあ始めようか」

時間はちょうど2時。

いつものようにハーマス君の一言で始まる。


パーティハウスにあるミーティングルーム。

円卓には当然、椅子は六脚。

座面がしっかりしている座り心地の良い椅子に座った5人。

そして、床に正座している1人。

1つだけ空いた椅子。

もう諦めた。


「すみませんが、今回はこちらの書類にもサインを頂きたいっす」

「ん?いいよ」

収支報告に入る前、ダン君が数枚の紙を机の上に置いた。


「請求先変更申請? へぇー、後、こっちは? 違約報告? 違約? 支払い証明発行申請? と、請求書……係争証明? なんか物々しいのが沢山あるね」

「恐縮っす」

「いやいや、全然だよ」

ハーマス君がへえーと軽い感じでパラパラと書類を眺める。

そしてこだわりなくさらさらとサインをする。


「いや、どういう内容だったのよ?」

絶対にちゃんと読んでない。

「え?」

ほら。

ダン君のやることだから、心配はないけども、これだけの書類を作るのは大変だったはずで、せめてちゃんと読むぐらいはしないと仲間として立つ瀬がない。


「えー、先日ダニエルさんが助っ人で入られた時の請求書の件っす」

ということだった。

ダン君抜きで潜ったフィーネル鉱山は、なかなかに得がたい体験だった。

ダニエルさんとか。

重い荷物とか。

ダニエルとか。

回復しか出来なかったとか。

ダニとか。

砕けたアセーラとか。私の宝石……。


「アイツ、コレントリーに行ったのか……」

さすがバーグ君は知っていた。

「一晩で金貨10枚以上ってぼったくりじゃないのか、ございます?」

見た目お嬢様なくせに意外とこういう話題を気にしないのがルラだ。

「いや、何人かで乗り込んで1人が2、3人買って、好き放題やればこれぐらい行くぞ」

「うわぁ……」

やったことも、その値段を知ってることも大概だと思う。


「ユリエ、まぁそう引いてやるなよ…男ってそんなもんなんだから……」

「うわぁ………」

分からなくはないが、好感を持てないのは許して欲しい。


「ま、まあこれで話がまとまるんだからもう良いにしよう」

「そうね。時間のムダだわ。ゴネてきたら……ま、その時はその時ね」

チクッとすれば大人しくなるだろう。

「「「「…………」」」」

なぜ皆震えてるの?

今日は暖かいわよ?


「……うん、じゃあ次に行こうか」

「はいっす! ありがとうございますっす!」



◆◆◆◆◆◆



「今回はマツィラ廃坑攻略で、子爵様から赤金貨100枚の報酬が出てますのでいつもよりだいぶ多いっす」

ダン君が言いながら数字のびっしり書き込まれた報告書を机の上に置く。

「「「「「いいねぇ〜!」」」」」

あの化け物は怖かった。

さすがに死ぬかと思った場面も何度もあった。

そう思えば赤金貨100枚は安いと思う。


でも、綺麗な装飾品を手に入れた。

私には無かったけど。

使えないんだから仕方ないんだけど。


「えー先ずっすが」

「あ、ああ、ダン。こっちで見るから大丈夫だよ!大丈夫!! 任せてよ!」

説明を始めるダン君を慌てて止める。

なぜならお菓子の時間が遅れるから。

いや、ごめん。

でも、ごめん。


ダン君の報告書は見やすい。

見やすくても分からない所はたくさんあるけど。


普通の冒険者パーティは会計士を雇うことが多い。特に稼ぎが大きくなると、手に負えないからだ。


しかし、この会計士というのが難しい。

ハズレを引くと、最低限の収支計算しか出来ない、とか、ケアレスミスが多くてあちこちから怒られるとかいう人が来る。

能力的に当たりな人を引いても、今度は収支を上手に誤魔化して、自分のポケットにしまわれてしまうこともある。


本当に能力が高くて清廉な人は費用が高いし、そもそも手一杯なのでなかなか雇えない。


そんな不安の全てを解消してくれるのが、そう、ダン君だ。


「瓶の買取はどこだ?」

バーグ君がぶつぶつ呟きながら紙をめくる。

そうそう。瓶の買取価格。

それも見とかないとね。

ダニエルさん曰く、駆け出しパーティのお小遣い程度らしいので、割に合わないなら無理しなくても、と思う。

みんなでひょいっと覗き込む。

「「「「「………」」」」」

『なあ、高くないか?』

『バカにできる額じゃない、ございます』

ヒソヒソと相談する。

『もしかして、また自分の分から足してるんじゃないよな?』

『確認ね』

すっと体を離して座り直す。


「なあ、ダン? このポーションの瓶の買取って、合ってるか?」

バーグ君が尋ねたその瞬間!

「―――」

ダン君の顔が真っ青になって、冷や汗がダラダラ流れ始める。


「す、す、すすすすみませんっす! 申し訳ないっす!」

ゴン!という鈍い音とともに床に頭を打ち付ける。

回復した方がいいかな?

「「「「「やっぱりか!!」」」」」

ダン君はよく分からない理由をつけて自分の受け取る報酬を減らそうとするクセがある。

それはダメと何度も言っているので最近は無くなっていたけど、また悪い癖が出たらしい。


「じじじ実はドゥルベアズとの戦いの時、皆様方が使われたポーションは186本なんすが、184本しか瓶を回収出来なかったっす! なので、瓶の買取価格が少し低いっす!」

「「「「「………」」」」」

皆の頭にハテナマークが見えた。

私の頭にもたくさん浮かんでいるはずだ。


『あの時、そんなに使ってたんだな』

『1人30本越えは初めてじゃないかな?』

カバミャントンはバカスカ空けてた、ございます』

『いや、ルラだろ!? 見る度に飲んでたぞ?』

『違うわ! そこじゃないわよ!』

あの何度も死にそうになった、正しく死闘の中、ゴミを回収する余裕があったことがビックリだ。

『回収もビックリだけど、数えてるのがもっとビックリだね』

『『『『確かに』』』』

「……その、数が多いのは分かったけど、それでもいい値段してるな」

モチ君が質問を変える。

確かに疑問だし、真っ青になったダン君の気を紛らわせるためでもある。


「あ、それはっすね」

よし、持ち直した。

「汚れてると安くて、綺麗に洗うと高く買い取って貰えるっす」

「「「「「綺麗……」」」」」

皆の頭の中に、あの魔法が浮かんでいるのが分かる。

いや、どの魔法だろう?

沢山あるから。

「「「「「………なるほどな」」」」」

とりあえず、ダン君以外じゃ値段がつかないのがよく分かった。


「それじゃ売りに来るヤツ少ないだろ、ございます?」

「そうっすね、あんまり来ないみたいっすね。ビネルも劣化防止薬も使い捨てが基本っすからねぇ」

「でも、買い取ってるの?」

「事故防止のためっす」

「事故?」

「ビネルはほっといたら消えるんすけど、コレはマテューニャとかいう虫?が食うかららしいっす」

「あんなもんを?」

乳牛メシャブでも食べない、ございます」

「おい!」

私を何だと思っているのか?


「で、今までは無くなって良かったね、だったんすけど、このマテューニャが死ぬと脆霊素きれいそってヤツが集まるのが分かったっす」

「邪霊の餌か、ございます」

「そうみたいっすね。そのせいで普段いないはずの場所にテリブルが現れる原因になるらしいっす。それを防ぐためになるべく持ち帰って再利用してくれって話になってるっすね……それなのにオイラは、2本も捨ててしまったっす……」

言いながらまたダン君が落ち込み始めた。

「皆様方の貴重な資産は捨てるし、ゴミは増やすし、回り回ってオイラのせいで誰かが死ぬことになるっす……オイラは最低の最低の最低の

「あー、まあ、その、なんだ……そんなこともあるよな!」

「そうね!」

「仕方ない、ございます」

「すぐ取り返せばいいんだよ!次回頑張るということで!頼むよ!」

「よし、解決したな!」

「「「「異議なし!!」」」」


「はいっす!ありがとうございますっす! 誠心誠意、全生命力をかけて頑張らせて頂くっす!!」

「「「「「……」」」」」

なぜかやる気に満ち満ちている。

これはまたダン君のとんでも魔法が開発されそうな気がする。

「……あんまり、無理しないでね」


役に立つからありがたいんだけど。


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