第29話 お荷物荷物持ちには荷が重い 3/3 (sideダン)

「今回分っす〜」

「「「「「はいっ!!」」」」」


当然ながら〖混色の曲刀ファルカンシェル〗の皆様方の稼ぎは多い。


オイラが邪魔をしなければどれだけのことになるのか想像も出来ない。


そんな皆様方はとても経済感覚がしっかりしておられるので、一度に大量のお金を持たないようにされている。

2ヶ月に一度のミーティングで決められた金額を受け取り、残りは様々な社会貢献に使っておられる。


ハーマス様は普段お世話になっている様々なギルドさんに献金をしておられる。


モチュリィア様は、希少な動植物の保護をしている団体さんの活動に賛同され資金の提供をされている。


バーグ様は病院への寄付だ。


ルラ様は魔法を研究するアカデミーを支援しておられる。


ユリエ様に至っては孤児院を運営されている。

泊慈院はくじいん』という孤児院は各地で身寄りのない子どもたちの希望となっている。


「ハーマス様のっす」

どしりと重い袋をお渡しする。

金貨だけだと使いにくいので、銀貨や銅貨にも両替してあるからだ。

「ありがとう! 今週のミランダ記念は行ける気しかしない!!」

爽やかな笑顔で金貨を握りしめるハーマス様。

ハーマス様はバラング競犬がお好きだ。熊みたいにでかい犬がガンガン身体をぶつけながらゴールを目指すレースだ。

そして、ミランダ記念はレースの名前だ。

「貢献は程々にな」

バーグ様はそう言われるけど、負けても楽しそうなのがハーマス様だ。


「お次はバーグ様っす!」

「おうおう! 今回はでかいな!」

「マツィラ廃坑の分があるっす」

「よしよし、リーブとマイガが鞄やら靴やら色々欲しいっつってたからな!」

楽しそうに笑うバーグ様。

リーブさんとマイガさんは行きつけのお店の給仕さんだ。

「こないだブレスレットかなんか買ってなかった?」

「あれはブレスレットとネックレスと指輪だ。今回は鞄や靴だ」

「……あ、そう」

面倒見のいいバーグさんはお店でも人気者だ。


「これがモチュリィア様っす」

「ありがとう」

「次は何のガラクタを買うんだ、ございます?」

「ガラクタってなんだよ!?」

「だって、未だにまともに評価されてる人いないじゃない?」

「時代が追いついてないだけだよ!」

「余りガラクタ増やしてダンに迷惑かけるなよ、ございます」

「ガラクタじゃない!」

モチュリィア様は若い芸術家さんの作品を集めるのがお好きだ。

オイラのヘドロゴブリン並の美的センスではさっぱり分からないけど、未来の巨匠さんらしい。


「ルラ様です」

「ふふふ、うん、ございます。ふふふ、これで豪赫ごうかくの杖がカスタムできる、ございます」

「あ、あの杖まだ触るところあるの?」

豪赫の杖は、先端にルラ様の頭より大きな紅玉がついたルラ様1番お気に入りの杖だ。

「ふふふ、まだまだ、ございます。ふふふ、計算通りなら、今回のカスタムで集約率が、ふふふ、0.024%、瞬間魔力値が、ふふふ、0.03%上がる、ございます」

「「「「………」」」」

超天才なのに常に成長を続けられるルラ様はすごい。


「お待たせしたっす。ユリエ様っす」

「ありがとう、ダン君」

「あんまり食うと、また乳と尻が膨らんで着る服が無くなるぞ、ございます」

「だ、大丈夫よ! さすがにこれ以上は大きくならないから!」

ユリエ様は食の研究に余念がない。

常に新しく、美味しいものを探しておられる。

そのユリエ様の精神を反映していて、泊慈院の食事は普通の孤児院では考えられないほど美味しいと評判だ。


「じゃ最後はダンだね」

「ちゃんと見せろよ」

「確認するからな」

「ごまかせないわよ」

「出せ、ございます」

「は、はいっす」

皆様方の鋭い視線がオイラを貫く。

実はあろうことか、オイラも皆様方と同じだけの報酬をいただいている。

皆様方は公正明大な方々なので、それがたとえオイラであっても平等にして下さる。


しかし、オイラはオイラだ。卑しく、あさましく、恥知らずなオイラだ。

なので皆様方はわざわざ手ずからオイラが卑怯にも余分に報酬を受け取っていないかご確認下さるのだ。


「うん、あるね。じゃあこれはダンの分だ。いつもありがとう」

「「「「ありがとう」」」」

ご確認くださったハーマス様が袋を渡して下さる。

「ありがとうございますっす。このご恩を少しでもお返しできるよう死んでも頑張るっす」

「「「「「……程々に、頼む」」」」」

張り切って出来もしないのにヘマされたら困るんだぞ、という心に染み入る戒めの言葉を胸に、ゴミムシなりに頑張る決意を新たにした。



◆◆◆◆◆◆



「これからなんだけど」

ハーマス様が今後の予定を話される。

「バルディガへ行くことになる」

「バルディガ? えらい遠いな」

言いながらバーグ様が地図を広げる。

ブランセルの街から王都を挟んで更に向こう側、お隣のミラセラ王国との国境に近い街だ。


「それより『行くことになる』ってどういうこと?」

「そこだね。バルディガの北には〖蛇蝎の壺〗がある」

「あるな。Cランクの遺跡だな」

樹海の遺跡のようだ。

「そう。ここに兆候があるらしい」

「招集かよ、ございます」

「Cランクか……大事だな」

遺跡で兆候というと二つある。

一つは『遺跡ができそうな兆候』。

しかし、今回は既に遺跡があるのでこれは当てはまらない。


するともう一つ。

『遺跡が壊れそうな兆候』だ。

今ある遺跡が崩壊し遺跡の中にいるモンスターが溢れ出すことがある。

スタンビートとも呼ばれる。

遺跡に関わる災害で最も悲惨なものだ。


しかもCランクの遺跡に居つくモンスターは並の冒険者さんでは歯が立たない。

そんなのが溢れ出したら、バルディガの街はなくなってしまう。


その悲劇を防ぐために、冒険者ギルドさんに超一流の冒険者の方が招集されることがある。


「そういう訳で、次はバルディガの街へ行く」

「ま、この辺りの潜りたい所は大体潜ったしな」

「カスタムの時間が無くなった、ございます……」

「目新しいお店もないしね」

「新しい街か、新しい酒との出会いがあるな!」

「出発は36日後だ」

「えらく細かい上に、随分のんびりね?」

「来月の若葉杯は逃せないからね!」

「ダン、2週間で準備出来るか?」

「大丈夫っす」

「ここの引渡しがそんな簡単に済むのか、ございます?」

「もう準備は出来てるっすから、こっちのタイミング待ちっす」

「いや、若葉杯「最短で何日?」

「向こうの予定もあるっすから10日は欲しいっす」

「じゃあ2週間あれば十分だな」

「若葉「2週間後に出発だ。各自準備を怠るなよ!」

「わ「「「「了解!!」」」」

バーグ様は頼りになるお方だ!



◆◆◆◆◆◆



「うーん、よし、話すことは終わったかな? 終わったよね? 終わりでいいね!」

「「「「異議なし!」」」」

「じゃあ、最後、ダン、よろしく」

「「「「お願いします!!」」」」

「は、はいっす!!」

大切なミーティングの重要なお話が終わった後、皆様方に早く早くと急かされる。


お茶の時間だ。


決めたことは必ず守るという高潔な皆様方は、初心を忘れないために、と始めたオイラの作ったお菓子を食べるという試練もなしにはされない。


嫌なことはさっさと済ませるに限るという強い意志を感じる。


「今から仕上げますので、少々お待ち下さい」

「「「「「はい!」」」」」


劇物を持って来るのはゆっくりでいいぞ、という心の声が聞こえる。


オイラは逃げるように台所に行き、クレープを作り始める。


本来はグレープオレンジベリーを使うつもりだったのが、バカ鳥が全部食べてしまった。

買い物に行く時間もなく、あるもので、である。


そこでなんとか用意できたのが、チョココーティングしたレーズンと、カラメリゼした2種類のナッツ。オレンジグラスの風味が効いたクリームとチョコレートソースだ。


レーズンだと甘いだけなので苦味の強いチョコレートをコーティングする。

柔らかいゴルナッツには火入れを控えた飴でコーティングを、歯応えのあるイルナッツにはコクを効かせた薄い飴でコーティングする。

クリームにはオレンジではなく、オレンジの皮に似た風味が付きやすいオレンジグラスをしっかり効かせる。

チョコレートソースは少し値段のはる香りのいいブランデーを。


このクレープの肝は、レーズン、飴、チョコレートソースの3種類の甘み、チョココーティング、深煎りキャラメル、オレンジグラスの3種類の苦味、オレンジグラス、ブランデー、そば粉の3種類の香り。レーズンと2種類のナッツの3種類の食感。

この4種類12個の要素でいかにバランスが取れるか、だ。

本来なら最低でも一月はかけて、そのバランスを調べる必要がある。


それがほぼぶっつけ本番だ。


嫌な未来しか見えない。

鳥のせいだ。


不安なので、値段の高いチョコレートとブランデーで味と香りを誤魔化している。


鳥じゃない。オイラが最低なんだ。


溢れてくる涙を堪えて、クレープを仕上げる。

ああっ!!

仕上げがグチャってなった!せめて見た目だけでも花に見立てて華やかに、と思ったのに。

……もう終わりだ……。


胃が痛い。

吐きそうだ。


いや、しかし、世界で一番優しい皆様方の事だ。

うわぁと思ってもぐっと飲み込んで、優しい言葉を掛けて下さるかもしれない。




「お、お、お待たせしたっす。クレープっす……」

「「「「「………」」」」」

「あの…そば粉のクレープっす……」

「「「「「………」」」」」


ああ!やっぱりそうだ!

恐る恐るお皿を並べると皆様方が無表情のお面のような顔になって固まってしまわれた。


「も、申し訳ないっすーー!!」

その場に居られなくなってオイラは自分の部屋として貸して頂いてる屋根裏部屋へと逃げ込んだ。


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