第26話 邂逅と悔恨 (side someone)
それは喧騒。
言い換えれば活気。
まだ昼下がりにも関わらず、杯を空け、笑い合う。
男も女もどこか荒々しい出で立ちをしている。
ここは自分の命をチップに一攫千金を夢見る冒険者たちが集う魂の洗濯場。
簡単に言えば酒場だ。
その一角に座る
巨人族らしい体躯だが、柔らかな赤い髪、優しそうな表情をしている。
名前をベッソンと言う。
先日まで〖
しかし、先日、あまりの扱いの悪さに遂にブチ切れて無事脱退し、現在は次のパーティを探している浪人である。
優秀なので程なく仲間は見つかるだろう。
「おっ待ちどーニャー」
猫耳と猫ひげが生えた猫人がゴンっと大きな鍋を目の前に置く。
「アッチィ!!」
跳ねた汁が顔にかかったらしく、にゃーにゃー騒ぎながら顔を撫でる。
「ウニャニャニャニャ……ウマシカウシガエルのモツ煮込ニャー!! 酒もすぐに来るニャー」
「ありがとう」
「ニャー」
用は済んだはずだが、猫人はそのまま机の側に立って、スリスリと指を擦っている。
酒と料理を頼んで料理しか持って来てない上に、料理をこぼしといてチップをせがむ。
とても猫人らしい。
「……酒と一緒にな」
「図体はデカいくせにとんだケチだニャ」
ケッと唾を吐くと、猫人はしっぽを揺らしながら戻って行った。
「せめて可愛い子ならな……」
ベッソンは苦笑いしながら猫人のオッサンを見送った。
「へへっ旨そうだ」
酒とグツグツ煮えるカエルのモツ煮を前に目尻が下がる。
「アイツら、態度はデカイくせに酒は飲めないし、甘い物ばっかりでこういうのは嫌いだったからな」
カエルのモツ煮は巨人族の中ではメジャーな家庭料理だ。
ベッソンにとってカエルのモツ煮と言えばツノナシオオツノウシガエルなのだが、この辺りでは捕れないので仕方がない。
「バドゥウも久しぶりだ!」
白くにごった独特の匂いがする酒を嬉しそうに飲む。
バドゥウも巨人族がよく飲む酒で、度数の高さ以外特に特徴のない酒に虫型モンスターの幼虫を漬け込んで作る。
少しの量でも悪酔い出来ると巨人族自慢の酒で、巨人族以外には甚だ不評な酒である。
これもカエルのモツ煮と同じで、ベッソンにとってバドゥウと言えば、ベンギュルの幼虫を漬けたものなのだが、やはりこの辺りでベンギュルの幼虫は捕れないので、アンドゥガの幼虫を漬けたものが出ている。
バドゥウを飲み、モツ煮をつつく。
次々と杯は空いていき、大鍋は底が見え始める。
久しぶりの懐かしい味に思ったより杯も箸も進んでいる。
ベッソンの顔はもう真っ赤だ。
大体アイツらは人をなんだと思ってやがったんだ……と酔っ払いはくだを巻く。
ついこないだまで仲間だった
初めて組んだパーティが全滅した所から狂ったのだ。
自分より少しキャリアのあるパーティに見習いとして入った。
4回目までは良かった。
未熟ながら力が強く体が丈夫だったベッソンは可愛がられていた。
しかし、入って5回目の遺跡探索の時、悪夢が訪れた。
無理をした訳ではなく、難易度は下から2番目のI。大きな問題が起こることはないはずだった。
しかし、それが油断となったのか、たまたま遺跡の悪意が仕事をしたのか。
斥候が見逃したトラップに引っかかり、更に間の悪いことにその混乱をモンスターにも襲われ、立て直せないまま、パーティは壊滅した。
未熟だったベッソンは、後ろの方に配置されていたため、運良くなんとか逃げ出すことができた。
しかし、巨人族故の鈍足とスタミナの無さからモンスターに追いつかれ、ここまでかと思ったその時、同じく駆け出しだった〖5人の戦姫〗に救われた。
「会ってなけりゃ死んでただろうが、会っちまったからああなったんだ。おい! カエルのモツ煮もう一つだ! バドゥウも持って来い!」
巨人族らしい大声でおかわりを頼む。
命を救われたベッソンはそのまま〖5人の戦姫〗に入った。
攻撃力は高いものの体力が少ないユネたちと、耐久力が高く力持ちのベッソンは確かに相性が良かったと言える。
ベッソンが耐え、ユネたちが仕留める。
この形はすぐに作ることもできた。
結果、ベッソンはひたすら耐えることになったわけだが。
「つーか、自分で自分に姫って付けるヤツらがまともな訳がないんだよ。次だ、次持ってこい!」
一息で飲み干したグラスを乱暴に机に戻す。
酒が飲めないだけでなく、ユネたちは酒の匂いも嫌いだったため、ベッソンが1人で飲んでも文句を言われた。
同じく、匂いが気になるという理由で、ベッソンが娼館に行くのも嫌がった。
口より先に手が出るタイプが揃っているため、嫌がるというのは殴る蹴るの暴行を受けると同義である。
流石に
ベッソンが反論しようとしても『命の恩人に向かって』と言われれば黙るしかなかった。
「大体、アイツらだってマジメにやってりゃもっとマシになってたはずだ! 才能はあったんだ!それがダラダラサボりやがって!」
ユネたちには間違いなく並以上の才能があった。
大した努力もせずに中級の魔法が使えたし、いくつかの属性の纏幻術を使うことも出来ていた。
魔法の勉強や、纏幻術の修練をマジメにやっていれば、今頃中級の遺跡を主戦場にするぐらいは出来ていたはずだ。
ただ少しばかり自信過剰だったのと、同時に自分たちに甘いところがある性格だった。
一方的に殴って蹴ってしてもベッソンが痛くなかったというのが、彼女たちが修練をサボっていたという証左でもある。
そしてベッソンである。
色んなことが小器用に出来る努力家で、しかも忍耐強く、根が優しいため、彼女たちのそんな部分を増長させてしまったという側面はある。
その非難が余りにも彼女たちに偏っているのは違いないが。
「それでも俺は役に立ってた! アイツらだって、口は悪いし態度も悪いし頭も悪いが、分かってくれてる部分ぐらいあるだろうと思ってたんだ」
ガフッとゲップをしながらカエルの肝にかぶりつく。
ウマシカウシガエルは
「それが、なんだ死んで来いって! 食われとけってなんだよ!」
脱退のきっかけとなったシデノワタシとの遭遇。
どう足掻いても今のベッソンでは勝てない地獄からの使者。
中級遺跡における、不運と悲劇の代名詞。
それがシデノワタシというモンスターだった。
「やってやるぞ!俺はやってやる! アイツらのことなんか忘れて、すげえ仲間とすげえことやってやるんだ! おい! もう1杯持って来い!」
気炎を上げるベッソンを年嵩の冒険者が面白そうに見ているが、本人は気づいていない。
「にしても、ダン君はどこに行ったのかしらね?」
そんな前途洋々たるベッソンの隣の席からそんな会話が聞こえて来た。
昼間から騒がしい酒場に不似合いな上品で淑やかな声だった。
「ヘッドが悪い、ございます」
これまた酒場にあるまじき少女である。
「……ヨコバイシメジってどこに生えてるものなのかな?」
それに答えるのは安酒場ではなく、貴族御用達の高級レストランが似合いそうな優男。
「いや、ヨコバイシメジはそこらじゅうに生えてるぞ」
粗野な巨人族に安心感を覚える。
「じゃあ、すぐに見つかるんじゃな……うん、そんなことはないんだね……」
「クロカサの自生地なんて、専属のハンター以外知る術もないからな。探ろうとしただけで殺されても文句言えないレベルの情報だ」
唐揚げがこれ程似合わない男もいないだろうと思うほど綺麗な顔をした
取引に専用の免状を必要とする何種類かの超高級キノコは、下手な貴金属や宝石よりも高い。
そのため、そのキノコだけを狙う専属のキノコハンターがおり、そのキノコの自生地は徹底的に秘匿されている。
「チュリすら知らないんじゃ、じゃあダンはどこに行ったんだよ!」
「逆ギレは止めてよ」
「ヘッドが悪い、ございます」
「こればっかりは擁護出来ねえな」
「ただ何となくダンならクロカサの自生地を知ってても不思議はないな」
「「「「確かになぁ」」」」
「んあぁ?」
ベッソンの酔った頭にその会話の何かが引っ掛かる。
ダン?
何か聞いた覚えがある気がする。
それも最近。
「さすがに1週間も帰って来てないと心配……にならないのがダンだよなぁ」
「俺たちが困っちまうんだがな」
「でも、ほら、武器の類は使えないから難易度の高い所には行かないと思うんだよ」
「ヘッドのご指名のブツが低難易度にあればの話、ございます」
「うぐ……」
武器がない、ダン……捜し物……。
グルグル回るワードが何かに当たりそうで当たらない。ベッソンの杯は半分から先に進んでいない。
「ここでくだ巻いてても仕方ないわ。入口の受付は通ってるはずだからしらみ潰しに当たるしかないわよ」
「初級から始めて、キノコの生えてそうな場所だな」
「クロカサが見つけられなかったダンは手強いぞ。ちゃんとフォローしろよ、ハーマス」
「止めろよ! 脅すなよ!」
「脅しじゃねえよ! 事実だよ! 覚悟しとけよ!った
――ダン!――
椅子を蹴倒す音とともにベッソンが立ち上がる。
「ダンっ!!」
「なんだコイツ、ございます?」
「ダンだよ! ダン!」
「……ダンを知ってるの!?」
「あああ……なんで俺は忘れてたんだ!? どうしよう」
思い出すのはシデノワタシに出くわした時のこと。
必死に逃げ出した自分たち。
そこにもう1人いたのだ。
森の入口で出会った、髪も眉もない猫背で挙動不審な異様な青年。
「シデノワタシに睨まれて、慌ててて、ああ!どうしよう!?」
置き去りにして来てしまった。
「そいつは髪と眉毛がない、猫背の男だったんだな?」
「あ、ああそうだ。異様な雰囲気で挙動不審で、やたらペコペコしてて」
「ダンだな」
「ダン君ね」
「ダンだね」
「それはダン、ございます」
「それはどこだ?」
同じ巨人族の大きな手がベッソンの肩を掴む。
「ぶぶブルームの森だ」
「ブルーム……Eランク……Eランクかよ! いや、でもまあEランクならあれか、俺たちがDランクであの程度だったから、ダンならまあ大丈夫だ」
「ブルームの森ってキノコ採れるの?」
「ああ、まぁ森だから、採れるとは思う。ヒグレマツタケなんかはポツポツ聞くかな? メジャーなのは薬木、薬草、果物だけど」
「シデノワタシに襲われたんだ」
「それは災難だったな」
ポンポンと肩を叩いて慰められる。
「生きて帰れて良かったね」
「厄介だからな、アレは」
「そ、それで、ダンを置き去りに」
ベッソンは泣きそうだった。
5人が互いを見合う。
そして、力強く頷く。
「「「「それは問題ない」」」」
「え?」
「置き去りにしたのは仕方ないよ。僕たちでも忘れることがあるからね」
「はい?」
「居場所が分かったからもういいな」
「はあ?」
「要らねぇけど見に行くか、ございます?」
「あの?」
「せっかくだから飯食ってからにするか」
「そうね。それがいいわ」
「あ、君も気にしなくていいよ。せっかくだからここは僕たちが奢るよ」
「いや、あの? ダンは?」
「あ、いいのいいの。ダンだから」
打って変わって平和な顔になった5人は気楽に食事を始め、どうしていいか分からないまま、ベッソンも相伴に預かった。
◆◆◆◆◆◆
ハイドアンドシークという生活魔法がある。
かくれんぼをする時、少しだけ気配が分かりにくくなるという子供だましの魔法だ。
これをダンが使うと〖
『ちょっと静かに』などと言われた時に使われる。
効果は、存在感が消滅し、更に記憶からもその存在が抹消される。
目の前でタップダンスを踊られても、ほとんどの人は気付けない。
縁や馴染みの深い相手はさすがに忘れ去るということはないが、うっかり使われるとそれでも一緒にいることを忘れてしまうことがあるため、〖
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