第19話 本物の荷物持ち 4/6 (sideモチュリィア)
「潰れちまったな……」
「上々だろ」
左腕に括り付けた盾を振りつつボヤくバーグの肩を軽く叩く。
目の前には頭の潰れた棘の塊――コウザンアラシという、ハリネズミの中身がモグラになったようなモンスターが2匹。
歩き出してすぐ、飛び出すと同時にバーグのシールドバッシュで頭を潰された哀れなモンスターだ。
「使えるか?」
「目は無理だが、
いつもであれば、バーグのシールドバッシュがモンスターを潰すことはない。
潰さずに震動だけでスタン状態にするのがバーグの得意技だ。
そして、動けなくなった所を一撃でスパッと仕留める。
そうすれば傷が少ないので使える部分が増える。
しかし、今回は力加減が分からなかったようで頭が完全に潰れている。
しかし、心臓の位置辺にある紺核――モンスターが魔力を溜めている濁った紺色をした歪く丸い器官は無事だ。
この紺核は加工され、幻玉などが作られるため、常に一定の値段で取引される。
ナイフを取り出してコウザンアラシを捌く。
この針が売れればいいんだが、生きてる間は強烈に硬いくせに死ぬとあっという間に脆くなるから使えないんだよな。
コウザンアラシの素材で値が付きやすいのは、目、紺核、爪だ。
「やっぱり鈍いな……」
上等な部類に入るナイフでよく切れると言っていいレベルだが、いつもに比べればやはり不満がある。
手早く切り開いて、紺核を取り出す。
いつもなら剥き出しにしてしまえばダンが空間魔法で回収してくれるが、今日はそうはいかない。
取り出す所までやる必要がある。
ダンがいないという状況はちゃんと理解できている。
「ダニエル」
取り出した紺核を差し出す。
「……はいっす?」
すごく困った顔をされた。
「どうした?」
普通の事だよな?
「「「「??」」」」
ほら、みんな不思議な顔してる。
「いや、モッチさん、剥き出しの紺核は運べないっすよ?」
「「「「「………」」」」」
そうだっけ?
そんな事あったっけ?
ダンがいない頃からこうだったけど?
「紺核は傷つき易いんで、専用のケースがいるっすよ。傷がついたら価格が下がるっすよ」
「でも、死体に埋め込んだままだと魔素が抜け出して価値が下がるでしょ?」
ユリエが言ってくれる。
「傷がつくよりマシっすよ。傷口から抜ける方が多いっすから。それに、冷凍保存法が出来てからはそれほどでもないっす。だから抜き出さないっす。しかも今回は一泊の予定ですし」
ダンのいる間にそんなことになってたのか。
「そうなのか……」
「ぷぷっ、
「うるせぇよ」
「そうなんだね。僕達はずっとこうしきてたから知らなかったよ」
「その冷凍保存法ってのはどうやんだ?」
「フリーズの魔法で凍らせるっす」
「それで?」
「いや、それでも何も、そのまま担いで持って帰るっす」
「「「「「………」」」」」
ダニエルを見る。
がっしりはしているが大柄ではない。
そんなにたくさんは担げないんじゃないのか?
「その方法でダニエル君は大丈夫なのかい?」
ハーマスが柔らかい表現をする。
「いやいやハミ君!」
グッと親指を立てケラケラと笑う。
「そのための俺っちっすから! 余裕っすよ!」
へえー。
じゃあいいか。
全員微妙な顔になってるけど。
「じゃあルラ。やってみてくれ」
解体していないもう一体のコウザンアラシを指さす。
「分かった、ございます」
凍りついたコウザンアラシを背負うダニエル。
大丈夫なのか、これ?
なんかいい笑顔してるけど……。
ゆっくり進んだ方が良さそうだな。
◆◆◆◆◆◆
「なかなかだな」
「
「動く危険物に言われたくない」
「私は一撃、ございますぅー。てめぇみたいに貧弱じゃねえ、ございますぅー」
「『ファティ!』」
「擦り傷程度なんだけど……ありがとう、ユリエ」
「治せるものは治しとく方がいいのよ」
次々――と言うほどでもないが――現れるモンスターを倒しながら進むが、やはり感覚が随分違う。
ルラは魔法の集約が難しいらしく、いつものように鋭く貫くことができず、大体、爆散四散させている。
俺は一撃の威力が下がっていて、大体2発必要になっている。
バーグは力加減は掴んだようだが、いつもより体力の消耗が大きいようだ。
ユリエは回復に控えているため、攻勢に出る機会が少ない。
余り変わらないのはハーマスぐらいか。
普段との一番の違いは彼だが。
「大丈夫かい?」
「大丈夫っすよ!」
ポタポタと汗を垂らしながら笑うダニエル。
背中の荷物は見るからに限界が近そうだ。
「もうすぐ宿営地があるから、今日はそこまでにしよう」
「任せるっす!」
中級以下の遺跡には宿営地というのがある。
キーパーと呼ばれるヤツらが適当な広さのある場所を数人がかりで守ってくれている。
絶対とは言えないが、普通に休むより安全に休むことができるし、数量に制限はあるが物資の補給も出来る。
外と比べれば物価は10倍近いが。
「おい! あっちはありそうだぞ」
脇道に入っていたバーグがノシノシと帰ってくる。キャラメル石が埋まってそうな場所をまた見付けたらしい。
キャラメル石は地層の中に溜まりがあって、そこに集まっている。
キャラメル石を掘る時はこの溜りをどうやって見つけるか、が大切になる。
溜まりは少し深い所にあるから、知らないヤツらは溜まりではなく、散在する欠片を集めようとする。
するとなかなか量がまとまらない上に、純度も下がる。
この鉱山はランクが低いので溜りも小さいし、純度も低い。
ま、
「よし、じゃあ行こうか」
ハーマスが軽く頷く。
「………。分かったっす!」
威勢よく答えたけど、今、完全に怯んだよな?
「ダニエルさん、大丈夫なの?」
「全っ然大丈夫っすよ!ユリエ!俺っちにどーんと任せるっすよ!」
「ま、無理なら俺も担げるからな。行くぞ」
「さっさと行って、とっとと掘って来る、ございます。腹が減った、ございます」
「手分けすればすぐだから、ルラ」
「よっしゃあ! 掘るぞー!!」
バーグは採掘が好きだ。
その後、アセーラという高値で売れる赤い宝石の原石が見つかったことに俺たちのテンションが上がり、ダニエルの顔が引き攣った。
実は、俺たちは採掘が好きなんだ。
ダンがいればもっとお祭り騒ぎも出来るんだが。
◆◆◆◆◆◆
「腹が減った、ございます!」
「すぐだから騒ぐんじゃねぇよ」
宿営地に着いた俺たちは荷物を降ろし、手早く野営の準備をすると、車座に座った。
本当なら火を熾したいが鉱山内のこの宿営地は焚火が禁止されている。
「せっかくなので凄いのを用意したっすよ!」
ダニエルが背負っていた大型のリュックではなく、別に腰につけていた袋をゴソゴソと開ける。
「何ですか?」
ユリエが目をキラキラさせながら聞く。
「ふっふっふ……これっすよ!」
勿体ぶったダニエルが出したのは、オレンジ色の紙袋だった。
「「「「「……??」」」」」
全員の頭の上にはてなマークが躍る。
「何かな、それは?」
ハーマスが聞く。
「え? 知らないっすか? すべての冒険者の憧れ! 『マルテティ』っすよ!」
「マルテティ?」
ユリエが首をひねる。
食いしん坊のユリエが知らないってことは……。
「じゃーん!」
紙袋を開けたダニエルがそれを取り出す。
「「「「「……」」」」」
「マルテティのクローダっすよ! 臭いが少なくて、クセが控えめで食べやすいっす!」
「「「「「……」」」」」
「いいんすけど、高いんすよねぇ…。予約販売だし。でも、今回は頑張ったっすよ! 昨日注文して朝から取りに行って来たっす!」
「……いらねぇ……ございます」
「ん? どうしたっすか、ルラちゃん?」
「くせぇからいらねぇっつったんだよ、ございます」
「いやいや! 違うっすよ! 普通のクローダとは別物かってぐらい食いやすいっす!」
「いらねぇよ、ございます。んなもん食ったら口ン中に蛆が湧く、ございます」
「いや」
「いやじゃねぇんだよ、ございます。んなクソみてぇなもん食「ルラ、落ち着け」
上がった期待を裏切られて半分キレそうになったルラをバーグが抑え込む。
「――」
ダニエルが呆然としている。
「すまねぇな、ダニエル」
もごもごするルラを顔を覆うほどでかい手で押さえながら、謝る。
「うちは滅多にクローダは食わねぇんだ。どうも苦手でな」
バーグの言葉に我に返った俺たちも頷く。
俺も嬉しそうにクローダを出すダニエルにフリーズしてしまっていた。
「僕は嫌いじゃないんだけどね……」
ハーマスが取りなす。
頂点の種族などとも呼ばれることのある
『食事の正解は食べていれば死なないクローダ』というのが共通認識だと言えばそのレベルがわかるはずだ。
ハーマスも、昔はずっとクローダばかり食っていた。
「でも今日は違うのがいいかな?」
しかし、笑顔を浮かべつつしっかり否定するハーマス。
そんなハーマスも俺たちと過ごす間――特にダンの食事を知ってから世の中には旨いものと不味いものがあるということを知った。
味音痴、というか食事に興味がないのは変わらないが。
だからクロカサとか言い出すんだ。
「あちっ!?」
バーグの悲鳴が上がる。
「何すんだ、ルラ!」
「てめぇ、殺す気か、ございますぅ!?」
鼻と口をふさがれていたらしい。
「あ、すまん。お前ぇ、顔が小せぇから」
「
ぜぇぜぇと肩で息をしている。
「あの、言い方が悪かった、ございます。ごめんなさい、ございます」
そう言ってルラはダニエルにちょこんと頭を下げる。
「あ、いや、大丈夫っすよ」
衝撃から生き返ったダニエルがふるふると首を振る。
「クローダは念のために取っといて、今日は違うもんにしようぜ?」
バーグがニカっと笑う。
笑った方が怖い男だ。
そのバーグの笑顔を受けてダニエルの顔が引きつる。
「……これしか持って来てないっすよ?」
「「「「「……」」」」」
俺たちは言葉を失った。
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