第9話 後始末 (side someone)

〖マツィラ遺跡〗の攻略パーティーが開かれた翌朝、朝食にしては随分と豪勢な脂っこい料理が乗った皿を挟んで金髪、碧眼の絵に描いたような美青年と、髪のない壮年の男が相対している。


「何と!?」

壮年の男、ブランセルの街のを治めるハインケン子爵が貴族らしからぬ品のない声を上げる。


「とりあえず赤金貨100枚を、と申しました」

曇りない笑顔を浮かべたまま、平然と言ってのけるのは〖混色の曲刀ファルカンシェル〗のリーダー、ハーマス。


「赤金貨100枚とは、また……」

金貨100枚に相当するのが赤金貨1枚。

赤金貨100枚、子爵位を持つハインケンから見ても充分な大金である。


「ドゥルベアズのほぼ完全な死体です。その程度の価値は充分にあるかと。〖咲き誇る小花ビアラフルーリア〗は獅子の顔2つで一国を賜ったと聞きます」

うぐっと唇を噛むハインケン。


「責任を持って預かると仰られたのは子爵閣下、まさか反故にはされますまい」

涼しい顔のハーマス。


「正式な報酬は王室よりドゥルベアズの査定が済んでからでよろしいですが、とりあえず手付金として」

「……すぐに用意する。……ただこの場ですぐとは行かぬ。10日ほど……待ってくれ……」

何とか返事を絞り出す。



◆◆◆◆◆◆



「なんだこれはっ!?」

ハーマスに赤金貨100枚を渡してから半月ほど後、ハインケン子爵はまたしても貴族らしからぬ品のない大声を上げていた。


「なんだと言われましても……」

〖混色の曲刀〗が持ち帰った伝説の魔獣ドゥルベアズの屍。

その屍を王都へと運ぶための金額を御用商人に見積もらせた結果、街の管理1年間の費用に匹敵する額が出てきた。


「そもそも期間の見込みが半年とはおかしいだろう!?」

ここから王都までは長く見ても2ヶ月ほど。

往復には4ヶ月もあれば事足りる。


「いえ、魔獣が巨大過ぎてブリエン峠を通ることが出来ません。フェリーシェ山を迂回するとなると、早く見ても3ヶ月は掛かります。それをあの荷物を曳いて進むのですから、4ヶ月は掛かるかと」

フェリーシェ山は、ここと王都の間にある山。

その峠の道は困るほど狭くはないが、広くはないし何より少しばかり古い。

拡張と改修は何度も話があったが、直ぐに困ることがなかったため、後回しにしていた。


「この運び手の人数はなんだ!? 120人とはどういうつもりだ!? しかも相場より随分と高いではないか!?」

「ドゥルベアズの屍は巨大な上に、とても重たいです。ブランセル騎士団が20人掛かりで城前の大通りから城内へ運び込んだとのことですので……一度に40人を3交替でございます」

髪と眉がなく猫背で異様な風体の奴隷の男が軽々と曳いていた派手な荷車は、鍛え上げた騎士団が総掛かりで何とか運ぶことが出来た。


領民の前で大恥をかかされてしまった。


「それに運ぶ物が物でございます。髭一本でも一財産になりますゆえ、相応の報酬を払わねば。運んでいる最中に鱗1枚剥がして逃げる者が続出する恐れがございます」

ドゥルベアズのほぼ完全なる死体を手に入れたという報は、死体の詳細を付けて既に王室へ飛ばしている。

話と実物が大きく違えば、処罰もある話だ。


「この護衛もか?」

120人の人夫と、ドゥルベアズを守る護衛が200人。聞いた覚えのある名前が並んでいる。

「はい。信頼が置け、腕に覚えがある者となれば限られております。更にそれらの者を長期間、拘束するとなれば、相場より高くなるのは致し方ないかと」

頭を抱えるしかない。


「この護衛と別の魔法使いはなんだ?」

護衛と同格の費用が掛かる魔法使いの集団。

普通、こんなものはない。

「死体を半年も放置すれば腐ってしまいます」

腐ると聞いてハインケンは蹲りたくなった。

今、自分を悩ませている問題、それがドゥルベアズの死体の腐敗を防ぐ処理だったからだ。


「腐敗を防ぐ魔法をかけ続けねばなりません。しかし、あれだけの巨体な上、死んでもなお魔法が効きにくいらしく」

先日、お抱えの魔導師にも言われた説明を商人からも聞かされる。

魔獣の肉は腐りやすい。

それを防ぐために、水魔法の中級術〖フリーズ〗を使うのだが、ドゥルベアズはとにかく魔法に強い。

命ある頃は超上級魔法以外は全く通用しなかった。死んだ今、流石にそこまでの耐性は残っていないものの、並の魔法使いでは魔法をかけることすら出来ない。

掛けてもすぐに解けてしまう。

上級の魔法使いを複数人駐留させ、日に何度も魔法をかけ直させる。

それだけでバカにならない費用が掛かっている。

城内と旅中、どちらが高いかは火を見るより明らかだ。


「更に、ここにはありませんが、峠を迂回する以上、ナカヘラやグルーマなど他の街を通る必要がございます。そこは素通りという訳にはいかないかと」

自らが治める領地であれば別として、他所の領地を伝説の魔獣を曳いて進むのだ。

通行税が取られるであろうし、それぞれの領主への心付けも必要になる。


ドゥルベアズの死体、その褒賞がとてつもなく大きなことは子どもでも分かる。


通常通りの額では足りないのは間違いない。


「……手配しろ」

力なくそう告げるしか出来なかった。



◆◆◆◆◆◆



『双頭の獅子、顎に並ぶ牙は欠け、三尾ありし蛇は一尾と半分に爛れる。

豪熱をも通さぬという堅牢な鱗はいくつも禿げ落ち、白銀の毛並みは茶色く濁る。

伝説の魔獣を屠りし死闘、想像だに許さじ』

王国にて作られたドゥルベアズの検分録である。


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