第8話 神獣vs規格外 4/4 (sideハーマス)

「すっげぇっすねぇ〜」

巨大なリュックサックを軽々と背負い、真っ二つになったドゥルベアズの死体をポカーンと口を開けて眺めるダン。

ドゥルベアズの切断面から血は流れていない。

これはダンのびっくり能力ではなく、僕の愛刀・成業なりわらの効果だ。


その後ろ姿からは疲労感の欠片も感じられない。

商人が持て余すほど非効率なマジックバックに魔力をバカスカと吸い取られながら、燃費の悪い空間魔法をガンガン使い、何度も死にかけてなお、この余裕。


当然、僕達もダンを守ったが、ダンが僕達を守った回数には遠く及ばない。


魔力が乏しくなれば手元に現れる魔力ポーション。

体力が厳しくなれば手元に現れる体力ポーション。

耐久が不安になれば新しい物に取り替えられる防具。

致命傷をくらいかければ、その瞬間には躱している。


ダンの応援チアフで底上げされたポーション類に防具、武器を使ってもドゥルベアズはかつてない強敵だった。


防具のあちこちはひび割れ、煤け、焦げ、溶けている。

大小様々な傷もあり、感じているのは達成感よりも安堵感だ。

ダン以外の5人は地面に大の字に倒れ込み、ゼーゼーと息も絶え絶えだ。



「さすが、ダンはタフだね」

関心と尊敬、少しの呆れが混ざった声を掛ける。



『オイラには余裕っすよ〜』

『ドゥルベアズも自分以上の化け物がいると思わなかっただろうね』

『いやいや、ハーマスもなかなか腕を上げたと思うっすよ〜』

『そうかな?』

『ま、オイラがあってこそっすけどねー!』

はっはっはっと握手して笑い合う。

伝説の魔獣を倒したその最大の功労者。

普通ならこうなるはずだ。


しかし、僕が声を掛けた瞬間、ダンがビクッと固まる。

あ、しまった。

そう思った時には、ダンはいつものダンだった。


いつも通り自傷して、慌てて止める。

するとあっという間に休憩スペースが出来上がった。

休憩スペースを飛び越えて、貴族の屋敷にあるサロンルームみたいだ。


超極限浄化ハイエンドクリーンっす〜!」


唖然とする間に、聞いた事のない呪文が唱えられる。

こないだまで強力洗浄ハイヤークリーンだった記憶なんだが?

5段階ぐらい上がってない?


激闘で舞い上がった土埃が無くなる。


「超極限浄化〜! 超極限浄化〜! 超極限浄化~~っす!!」

ダンが重ねがけする度に、ドゥルベアズから溢れ、辺りに立ち込めていた濃い魔力と重い澱みが消えていく。


危険度Aランクの廃坑の最奥、つまり人類が到達しうる最も危険な場所は、まるで神殿を思わせる清浄な空気で満たされた。


「あ、ありがとうな」

チュリが、上擦った声で何とかそれだけ言った。

僕は余りの事にポカンとしていただけだ。


「だ、大丈夫なの?」

ユリエが心配そうな声を出す。

この広い空間の穢れを清め切るために必要な魔力は膨大なはずである。

幾らダンとは言え、魔力は無限ではない。


無限ではないはずだ。

少なくとも昔は無限ではなかった。


「大丈夫っす! 超極限浄化はハナナシスカンクの毒ガスの臭いも完全消臭出来たっすし、ヘドロゴブリンのタンの汚れも消すことが出来たっす!ご安心下さいっす!」


しかし、見当違いな答えが返って来る。

「ダン!お前、本当に試したのか、ございます!?」

ルラが素っ頓狂な声を上げる。


スカンクが放つ激臭は鼻を斬り落としたくなるほどで、しかも一度付くと二度と取れない。

ヘドロゴブリンのタンもそうだ。

ネチネチと悪臭を放つ黒いタンは、乾きもせず、落とせもせずずーっとネチネチしたまま悪臭を放ち続ける。


どちらも1匹ではそこまで強い魔物ではないが、常に群れているため、意外と危険なのと、一度の戦闘で装備品がダメになることが多いため、『敢えて戦わないように』と冒険者ギルドから通達がされているようなモンスターである。


ダンの言うことなので本当なのだろうが……。

……いつの間に試したんだろうか?


とりあえず僕達が落ち着かないとダンも落ち着かなさそうなので、用意してくれたシートに腰掛ける。


お? おおっ? 凄く気持ちいいぞ、この椅子?

体から疲れが取れていくのが分かる。


前回の食事で座った時はなかったから、応援の効果ではないような?

いや!さっきの超極限洗浄の追加効果か!?


あ、ダメだ。力が抜ける。


シートに腰掛けたみんなも僕と同じようにダラーンと寛いでいる。

死闘の疲れもあって今にも寝てしまいそうだ。



「あの〜」

ハッとして慌てて立ち上がる。

しまった一番疲れていないとおかしいダンが休んでいないのに、僕達だけ先に寝てしまう所だった。

「なんだい?」

慌てて取り繕う。

謝ると、またおかしなことになるのでちょっと横柄に応える。


心が痛い。


「あ、いえっす、お食事をご用意させていただきたいのですが、何かお召し上がりになりたいものがあるかと思ったっす」


「あ、食事……食事ね。なるほど」

休まないの?


周りを見渡すと、みんな何とも言えない顔をしている。


ダンの料理は美味しい。

この廃坑を活用した素敵空間で食べるダンの料理はさぞ美味しいだろう。


ダンの作るカレーとかとても食べたい。

トンカツオムライスも最高だ。


しかし、間違いなく一番消耗しているのはダンだ。

僕達がすっかりくつろいで、ダンだけ働かせるのはいいのか?みんなの顔にもそんな葛藤が見える。

でも、ダンに甘えている僕達はダンの提案を断れないのだ。


「まあ、その難しいことは出来ないだろうから、出来るもので大丈夫だよ?」

チュリがすごい顔をする。

その顔を見て気付く。

しまった!

『難しいことはしなくていいから、簡単なもので充分だよ』と言おうとしたのに、難しいことは出来ないなどと言ってしまった。

いや、ダンはできる!

驚くほど繊細な調理技術を持っており、僕達の理解の及ばない高度な料理が作れてしまうのだ。


「分かったっす! 出来る限りご用意させていただくっす!」

目を輝かせている。

目に見えて張り切っている。


「ハーマス、お前…」

チュリの顔が引きつっている。

「いや、その……ごめん。口が間違えた」

謝る相手が違うのは分かっている。



……しかし、まさか道楽貴族が『旅行中も最高級の料理が食べたい』と作らせたと噂の最新式携帯コンロを持ち出して来るとは思わなかった。

携帯コンロとはあるが、携帯ではなく、専用の4頭立て馬車に積み込んで運ぶものだ。


実質ただの本格調理台だ。


汚れがつかないように、何重にも魔法処理がされている巨大な調理台。


……ダンの魔力はどうなってるんだ??


料理?

そりゃあ、美味しかったさ!

当たり前じゃないか!

ユリエなど、椅子の魔力と料理の魔力で、ほっぺたに穴が開くんじゃないかってぐらい緩んだ顔をしていた。

止まらないのは分かるが、バーグはもう少し味わって食べて欲しい。

そしてルラは喜んでる時は、無理せず喜んで欲しい。


こっちをじーっと見るダン。

ダンが食べないのに、僕達だけ食べていいのか?いいんだろうけど、とても気になってチュリと2人でチラチラ見てたら、顔を赤くして走り去ってしまった。



……ダンの扱いは本当に難しい。



◆◆◆◆◆◆



「問題はここからだ」

回想を止めて、気を引きしめる。

帰り道にも色々あった。

本当に色々あった。

足はちぎれ、鱗が溶け、見るも無惨だったドゥルヘアズが綺麗に直った。

凹んだり、割れたり、溶けたりしていた僕達の鎧も綺麗に直った。

綺麗になったドゥルベアズの目と鱗と鬣から、見るからに神々しい装飾品が出来上がったし、持ち運びなどできないと悩む前に一瞬で廃坑の外へ運び出された。

更にそこから、立派な荷車が出来上がったりと、本当に色々あった。


色々あったが、今は僕達が集まった目的。

そう、これからの話だ。

僕は一拍置いて、考えていたことを言い出した。


「僕達は、僕達の本来の実力を把握しておく必要がある」


僕の言葉を受けて、皆が渋い顔をした。


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