第2話 無能なお荷物は見てるだけ 2/4 (sideダン)

「でかいっすねぇ〜」

はえ〜っと馬鹿面下げて、真っ二つになったドゥルベアズの死体を見る。


爪が割れ、牙が欠け、鬣が焦げ、鱗が剥げている。


「すっげぇっすねぇ〜」

「さすが、ダンはタフだね」

オイラがアホ丸出しの感想をブツブツ気色悪く呟いていると、後ろからハーマス様の福音のような声が掛けられた。


ガバッと振り向くと、疲れながらも爽やかな笑顔を浮かべたハーマス様を始め、激闘で疲労困憊となり、ぐったりしている皆様方がおられた。


なーんにもしてないオイラと違って、この怪物と戦った直後なのだ。


オイラがアホ面をバカ丸出しにして、ぼへ〜っとしていられるのも皆様方の死力のお陰なのに!


「申し訳なかったっす! す、す、すぐにご休憩のご用意をさせていただきますっ!」

――バキッ!ドカッ!――

両手の拳で自分のほっぺたをぶん殴る。

「あ、おい! 止めろ!」

バーグ様が止めて下さる。

そうだ!

自省しても救われるのはオイラだけで、皆様方のご休憩の時間が短くなるだけだ。

オイラはホントにバカだ。


そんな俺を汚物を見るような目で見る皆様方。

汚物の方がオイラなんかより幾分マシだから、皆様方はとても優しい。


とかく急がなくては。


オイラごときの為に態々ご用意下さったリュックサック型のマジックバックを下ろし、中から、皆様方にご休憩頂くための道具を取り出す。


絨毯、テーブル、リクライニングシート…どれも一流の職人さんが作ったものばかり。


絨毯を広げ……る前に、散らばっているゴミや石ころをちゃっちゃっと片付け、絨毯を広げる。


その上に、リクライニングシートとテーブルを並べる。


超極限浄化ハイエンドクリーンっす〜!」

ポンコツのオイラでも使える生活魔法を唱えて、間違っても、オイラの手垢や臭さが伝染らないように、綺麗にする。

「超極限浄化〜! 超極限浄化〜! 超極限浄化~~っす!!」


「すみませんでしたっす! ご用意できましたっす!」

地べたに頭を付けて、皆様方にご報告をする。


「あ、ありがとうな」

モチュリィア様が、上擦った声で御礼を言ってくださる。

神より慈悲深い。


「だ、大丈夫なの?」

ユリエ様が不安そうな声を出す。

当然だ。

オイラが用意したというだけで汚らしいのだから。


「大丈夫っす! 超極限浄化はハナナシスカンクの毒ガスの臭いも完全消臭出来たっすし、ヘドロゴブリンのタンの汚れも消すことが出来たっす!ご安心下さいっす!」

ゴンゴンと頭を地面に叩きつけながらご説明させて頂く。


「ダン!お前、本当に試したのか、ございます!?」

ルラ様が確認される。

これも当然だ。

「はいっす! どちらも500回以上試したっす!」

皆様方が顔を見合わせ、微妙な顔をされている。

なんでオイラはちゃんと鑑定士の方の鑑定結果を取っておかなかったのか。

オイラの言うことを信じて下さいなんて、顔中ミルクだらけの猫人が『ミルク飲んでない』って言うぐらいの話なのに。


「あ、いえ、その、分かったわ、ありがとう」

「疑ったわけじゃない、ございます」

「休ませて貰うよ」

しかし、皆様方は過去の如何なる聖人よりも心が優しいので、こんなオイラの言うことを信じて、ご休憩に入って下さった。


しまった! 次はお食事だ。

何がお召し上がりになりたいか聞くのを忘れている!

ご休憩中の皆様方のお耳をオイラの言葉で穢すなど、許されない!


許されないが、皆様方が空腹でいるなんてもっと有り得ない。


「あの〜」

恐る恐る声を掛ける。

「なんだい?」

サッと立ち上がるハーマス様。

なんて立派な方なんだろう。

オイラへの返事なんてその辺の石ころでも投げ付けて下さればいいのに。

いや、石ころを片付けたのはオイラだ!

ほんとにゴミだな。


「あ、いえっす、お食事をご用意させていただきたいのですが、何かお召し上がりになりたいものがあるかと思ったっす」


「あ、食事……食事ね。なるほど」

チラチラと皆様方が目で会話をされる。

超一流のパーティともなればこれだけで意思疎通ができるのだ。

かっこいい。


「まあ、その難しいことは出来ないだろうから、出来るもので大丈夫だよ?」

「!!!!」

にこやかにそう告げるハーマス様。


なんてお優しい。

オイラみたいな何もできないボンクラが皆様方にご満足頂けるようなおもてなしなど出来るはずがないのだ。


それなのに、罵るどころか、出来ることをすればいいなどと……その優しさに涙が出そうだ。


「分かったっす! 出来る限りご用意させていただくっす!」

しかし、その優しさに甘えてばかりではいられない。

蛆虫とて蛆虫なりに前に進まねばならない。


オイラはマジックバックからキッチンを取り出す。

4つ口の高火力コンロと巨大スチームオーブンが付いた最新モデルだ。


水の入ったツボを取り付ければ、屋外でも流しが使える。

「なんだそれは、ございます!?」

ルラ様がご指摘される。

パーティの貴重な財産で勝手に買ったと思われたに違いない。

「大丈夫っす! これは自腹で買ったっす!」


オイラみたいなのにも分けて下さる報酬を貯めて買ったのだ。


「そうじゃない、ございます!?」

「おい、リラ!」

モチュリィア様がリラ様を止められる。

バカに何言ってもムダだぞ、と助けて下さったのだ。


「あ、いや、続ける、ございます」

皆様方は本当にお優しい。


「よし!」

気合を入れる。

料理にオイラの体毛が入ることは間違ってもない。

昔、毒のある猫みたいなモンスターに噛まれた時に、髪も眉毛もまつ毛も腕毛も脇毛も身体中の毛という毛が抜けて以来、全く生えて来なくなった。

お陰で安心して料理が作れるから良かった。


三日も付きっきりで看病して下さった皆様方にはもうオイラの悪い頭では感謝の表しようもない。


しかし、まだ汚れている。

オイラ自信が汚れそのものだからだ。

殲滅菌パーフェクトブリーチっすー!」

生活魔法を唱える。


目とかにちょっと滲みるが、そんなことはどうでもいいのだ。


帽子を被り、マスクを5枚重ね、手袋も5重に付ける。

食材を取り出し、料理を作る。




「お待たせいたしましたっす〜」

今回はブランセルの街で一番高級なレストラン〖パルテポルア〗が先日侯爵家に提供したというコース料理を再現してみた。


メインの漆牛うるしうしのローストの仕込みに使う調味料のバランスが掴みきれず、残飯みたいな仕上がりになってしまった。

もっとほんのりした甘みがあったと思うのだが、思ったよりあっさり仕上がってしまっている。


やはり皆様方が微妙な顔をされている。

『使えねーなぁ』という心の声が聞こえる。


しかし、やはり皆様方はとてもお優しいので、文句も言わず、皿を投げ付けることもなくお召し上がり下さっている。

例え、オイラごときが穢したものだと言っても、食べ物を粗末にされることはない立派な方々なのだ。


ユリエ様は笑っておられるが、ユリエ様は『辛い時こそ笑顔を忘れない』という高潔な精神の持ち主だ。

その証拠にいつもより笑顔がぎこちなく見える。

実際、バーグ様は、味が分からないようにガツガツと流し込むように食べておられる。

ホントは鼻をつまみたいはずなのに。

ルラ様はしかめっ面だし。

ハーマス様とモチュリィア様はチラチラとオイラを見ている。

お優しい御二方は、作った本人が見ていれば不味そうな顔をするのも悪いと思われるから。


申し訳なくて、見ていられなくてオイラはそそくさと逃げ出した。


逃げ出したと言っても、ゴミムシはゴミムシなりに働かなければならない。

むしろゴミムシだからこそ働かなければならない。

オイラの仕事はドゥルベアズの死体をきちんと持ち帰ることだ。


せめてその準備はきちんとさせてもらおう。

オイラにきちんとなんて出来るはずがないんだけど。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る