第3話 少女、家にて

 今日は変な人に絡まれてしまっていつもより帰りが遅くなってしまった。普段は絶対に感じない疲れを体についた汚れと共にシャワーで綺麗さっぱり洗い流し、ゆっくり湯船に浸かっていた。


「はぁー、なんか疲れた。いきなりあんな馬鹿なこと言うなんて……、まだ告白される方が何倍もマシだった」


 放課後。予定もないしそのまま帰宅しようと靴箱を開けたら、『校舎裏来てください』とだけ書かれた紙が置かれていた。その時の私は「ああ、またか」ぐらいにしか思っていなかった。


 自分で言ってなんだけど、私は男子からかなりモテる。今までに何回告白されたかもう覚えていない。

 あと、告白の数と比例して同じくらい同性に嫌われてきた。だかと言って告白を無視すれば男側から面倒なことをされる。

 

 そのくせ彼らはいつも私の外側しか見ない。私の内側なんて気にせず告白してくる。

 『一目惚れです』だとか、『タイプです』だとか、ただ『好きです』とだけ言われたこともあったな。でも私が「他には?」と問うと俗世に溢れかえった薄っぺらな褒め言葉しか返ってこない。


 あの学校に知ってる男子は一人もいないから、今日も知らない誰かが勝算の無い馬鹿で無策な告白してくると思っていた。結果、告白ではなかった。しかし出てきたのは、呆れるほど馬鹿で無策で、その上頭のおかしい変人に絡まれた。

 

「……出よう」


 湯船に浸かれば浸かるほど色々思い出して変にのぼせそうになった私は早々に風呂から上がり、自分の部屋に向かった。


 私の部屋は他の高校生に比べて物が少ない寂しい部屋だと思う。あるのは勉強机にベット、クローゼット。目に留まる物といえばこのアコースティックギターぐらいか。

 と言っても、最近はほとんど弾かなくなってガラクタ扱いだけど。


「前までは結構散らかったのにな……。はあ、ご飯もめんどくさい」


 私は今日の出来事を全て記憶のすみっこの方へ押し込むためにベッドに沈み込んだ。お風呂で温かくなった体を布団でさらに優しく包み込まれて急激に眠気が襲ってくる。


「……ん?」


 枕横に置いていたスマホから着信音が鳴り響き、ウトウトしていた私の目を覚ました。この時間に電話をかけてくる人は一人しかいないので私は誰か確認せず出る。


「——ん、もしもし」


「うわーすごい眠そうだね。まだ八時半だよ」


「じゃおやすみ」


「えー寂しいじゃん。なんか話そうよ、ビデオ通話だから顔見てさ。それに部屋も明るいままだし、ご飯もとってないでしょ」


 「ほら、フェイストゥーフェイース」と相変わらずの態度で喋るのは私のクラスメイトで私が唯一友達と呼べる女子の君野逢衣きみのあい


「色々疲れてるから、寝させて」


「もしかしてまた告白された? いやー琴夏はモテるね。流石は美人、ヒューヒュー」


「君野に言われると皮肉にしか聞こえないんだけど。それに疲れた原因は告白よりもめんどくさいことだから」


 私の友達は私よりも可愛いし美人だ。その上、愛想も良く生徒からも先生からも人気がある。多分私よりも男子から告白されているはずなのに、嫌な顔を全く見せない優しさもある。

 ただ飄々ひょうひょうとしてるというかなんというか、何を考えているのか分かりづらい性格だからたまに「何こいつ」と思ってしまうことがある。それもまた彼女の魅力の一つなのかもしれないが。


「えー何何。琴夏が告白されること以上に疲れるのは相当のことだよ。聞かせて、面白そうだから」


「めんどくさい」


「なら、明日。そのことについて丸一日、根掘り葉掘り追求しちゃうかもだけどオーケー?」


「はぁー、分かった。今話すから明日聞くのはやめて」


「いぇーい」


 君野はこう言う時、嘘ではなく本気で言っている。明日、丸一日この話題で埋め尽くされることは容易に想像できる。ならば、今パパッと済ませ得た方が楽だ。

 私は放課後の出来事を簡単に話した。


「はは、何それおもしろ。そんなこと言う人いるんだ」


「こっちからしたら、頭のおかしいヤバい人だから」


「相変わらず辛辣だね。でも私は琴夏のそういうとこ嫌いじゃないよ。むしろ好きまであるかも」


「はいはい、ありがとありがと」


「冷たいなぁ」


 スマホの画面に映る寝巻き姿の君野は、私より長い桃色のウルフカットと相まって男子高校生が妄想しそうな可愛い女子高生像そのものだと思う。


 しかし、その周りには男ども卒倒するような目も当てられない汚いゴミ屋敷が広がっている。主に脱ぐ捨てられた服やズボンが散乱している。中にはチラホラ下着が見える。

 弁当の空箱やお菓子の袋が無いことがせめてもの救いだ。


「でも珍しいね。琴夏が告白してきた相手の名前を覚えてるなんて。もしかして、少し気になってたり」


「あんな強烈な人、忘れるほうが難しいから」


「はは、それもそっか」


 イジリをスルーした私に君野は対して残念そうな顔もせず、楽しそうに笑う。こういうところもモテるポイントの一つなんだろう。


「よいっしょ。おっと」


 勉強机に座り話していた君野が、足の踏み場もない部屋の中を避け、ベットに寝転がる。

 なぜか、ベットに上にはゴミが一つも無い。いつも綺麗な状態なのだ。君野曰く、寝る場所が汚い人ってどうかしてると言うことらしい。まあ、私的には汚い部屋が映らなくて済むから非常にありがたい。


「でも、そっかぁ。あまさんかぁ」


「ん? アマさん?」


「琴夏が今話してた、天宮くんのあだ名。私が勝手にそう呼んでる」


「え、もしかして君野知り合い?」


「まあ、そう言うことになっちゃうね」


「うわっ……」


「なにーその反応。めんどくさい人達が知り合いだとか終わってるわー、みたいな反応。ひどーい琴夏」

 

「実際そうでしょ」


 君野とあの人が私の前にいる想像をする。

 私の右前で君野がよくわからないことを言い、その隣であの人がさらに馬鹿でアホなことを言う。もう、目を背けたくなった。


「でもさ、良かったの? 断っちゃって」


「いや、普通断るでしょ。君野だって、いきなり『僕が君をプロデュースしてアイドルにさせます』的なこと言われても断るでしょ」


「流石の私でも断るね。……でも、天さんは本物だと思うよ」


 そう言うと君野は画面の向こうからでも伝わる真剣な表情を私に向けた。


「天さんの音楽に対する情熱はアツアツだよ。琴夏も聴いたからわかるでしょ。半端な気持ちで誘ったわけじゃないと思うよ」


「私も馬鹿じゃない。あの人の曲作りの技術とセンスは並大抵の努力じゃ届かない完成されたものだった。曲を作ったことある身としては嫉妬するほど」


「……でも、琴夏の心に響かなかったと」


「まあね」


「琴夏は天さんのこと今日知ったんだよね。なら、他の歌聴いたことないんじゃない?」


「そうだけど」


「なら聴いたほうがいいよ。確かに最近の天さんの歌は流行りとかノリの良いもので琴夏のお気に召さないかもだけど。昔のやつはまた一味違うよ。私的には一番最初の弾き語りのやつがオススメかな」


「わかったから。今日はその話止めて、絶対長引くから」


「えー」


 君野からごく僅かに話に熱がこもりそうな雰囲気を感じとり、話を中断させる。君野は少しオタク気質なところがあり、好きなもののことなら無限に話せるタチなのだ。先回りし話を中断させる。

 流石に眠たい。


「ふわぁ」


「うおー、可愛いあくびだね。他の男には見せられない」


「寝させて」


「疲れてるのに電話かけてごめんね。おやすみー」


「うん、また」


 そう言いそのまま通話を切ろうとしたら、君野が思い出したかのように言う。


「——あっ、そうそう。多分、天さん。また来週くらいに琴夏に同じことすると思うよ。あの人諦めが悪いから。それだけー」


 私は通話が切れるとご飯を食べることも忘れ、そのまま眠りに落ちた。






 


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