第21話 そんなこと、あるはずが
「変、って何がです」
「これは、恋人の死の遠因をリンツェロイドに探した気の毒な若者の、的外れな復讐劇……だけじゃ、ないかもよ?」
金髪の青年ロイドの言葉に、残りの二体は沈黙した。
「ライオット。何を言っているんですか?」
少しして、トールはゆっくりと尋ねた。
「さあ、ね。俺自身、よく判らないけど」
その返答にアカシは顔をしかめた。
「気を持たせる口調で、『よく判らない』ことを言うんじゃねえよ」
「だっておかしいじゃないのさ。何か隠してるよ」
「それは、さっきの彼が? それとも」
「マスターが」
トールの言葉をアカシが引き取った。
「……ま。あの人が俺たちに隠しごとをするのなんて、珍しい話でもないだろう。さっさと仕事に戻るとしよう。トールはデイジー連れて店頭だな、ライオットはエミー片づけとけ」
「ちょっと。自分はさぼる気」
「阿呆。俺はガラスの掃除だよ。いちばん面倒臭えじゃねえか」
顔をしかめたままで外見上いちばん年上のリンツェロイドは手を振ると踵を返し、残りの二体はそっと顔を見合わせた。
「……ねえ、トール」
それを見送って、ライオットが静かに声を出す。
「はい?」
「明日、いや、明後日」
「何でしょう?」
腕組みをするライオットに、トールは首をかしげた。
「明後日また、いまの話、しない?」
「はい?」
彼は目をぱちくりとさせた。
「いまのって言うのはどれですか」
「だからさ、うちの警護ロイドのこと」
弟の言葉に兄はまた首をひねる。
「してもいいですけど、どうして明後日なんです」
「うん。俺、思うんだけどさ」
弟は声をひそめた。
「アカシは、覚えてないでしょ。マスターはアカシに何も言わなかった。俺たちは特に口止めもされてないけど、説明も受けてないよね」
「説明が必要だとマスターが判断すれば、してくれるでしょう。必要ないと思ったんじゃないですか」
「そう。必要ないと思ってるんじゃなかな」
ぱちりと彼は指を弾いた。
「ねえ、トール」
「何です」
「今日か明日、俺もトールも、マスターのメンテを受けることになるよ」
「……はい?」
「俺の推測。マスターがいちいち俺らに何も言わないのは――俺らが見たものを忘れさせちまうつもりだから」
「……何を言っているんです?」
トールは顔をしかめて尋ねた。
「ライオット。あなたまさか、マスターが僕たちの記憶データをいじって、警護ロイドの一件を消去してしまうとでも」
「その通りだよ」
肩をすくめてライオットは答えた。
「そう考えれば、合点が行くだろ? 口止めも、説明も、要らない」
「何を馬鹿なことを」
トールは首を振った。
「どうしてそんなことを考えたのか知りませんが、マスターがそんなことするはずがありませんよ」
「俺だって、そう思いたいよ」
ライオットもまた、渋面を作った。
「だから、明後日。この話ができれば、俺らは安心できる」
「僕はそんなこと、疑ってませんから」
少年は手を振った。
「安心するも何も、ないです」
「そう? じゃあ、俺が安心する」
ライオットはさらりと言い直した。
「もっとも、データを消されて作り替えられていれば、心配もしない。それはそれで、幸せってやつなのかもしれないけど」
「……本気で言っているんですか」
トールは真剣に尋ねた。
「もちろんだよ」
「驚きです。あなたがマスターのこと、そんなふうに」
「俺としちゃ、マスターの本性が判ってる、って思ってるけど?」
「ライオット!」
「ごめんごめん、言いすぎた」
声の大きさを戻して、ライオットは手を振った。
「でもさ、マスターがそんなことしないって思うなら、明後日、俺につき合ってよ。オネガイ、トールちゃん」
彼はおどけたように両手を合わせた。兄は嘆息した。
「判りました。あなたがそれで納得するなら」
「する、する」
気軽な調子で、弟はうなずく。
「でもさ」
「何です」
「ほんとにトールは、そういうこと、考えたことない?」
「ある訳ないです」
トールは即答した。
「そんなこと、あるはずが、ない」
「そっか」
ライオットはそれ以上、追及しなかった。
「じゃ、俺たちも仕事に行こ」
それからいつもの調子で、彼は言った。
「ええ、そうしましょう」
トールもうなずき、そうして彼らは日常に戻った。
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