第18話 ロイドの歌なんか

「ミスタ、それは危険なことです」


「わ……判ってるんなら」


「いいえ」


 店主は首を振った。


「極端な反ロイド思想。私はそのことを言っています。いまはまだ世間もどっちつかずですが、過激派が横行するようになると」


「俺は、過激派なんかじゃ」


「どっからどう見たって立派に過激……うぐ」


 ついにトールは、ライオットの口を手でふさいだ。


「リンツェロイドの製作工房に不法侵入する。これだけでも充分ですが」


 店主は首を振った。


「盗聴器を仕掛ける……これは実に危険な行為です。〈リンツェロイド協会〉がダイレクト社という後ろ盾を持って、あなたとあなたのご家族、ご友人関係にまで及び、昨今の情報漏洩事件とかかわりがないか調査するでしょう」


「な」


「盗聴って……あ、歌」


 トールは気づいた。


 いくらエミーとデイジーが揃って歌ったからと言って、店の外にまで響き渡ったはずがない。だが店頭くらいにまでは、聞こえただろう。


「昨日、店内をうろついてたとき?」


 挙動が不審だったのは、トールに話しかけるタイミングを探していたのではなく、そういう目的で。


 トールは歯がみした。客を監視する訳にはいかないが、自分の失態とも言える。


「お、脅しか」


 男は声を震わせた。


「事実です。再三申し上げていますように、いますぐ立ち退き、二度とおかしな真似をしないのであればこの件は不問にいたしましょう。……どうやら」


 片眉を上げて、彼は耳を澄ました。


「着いたようですよ、警察が」


 たまたま通りかかったのだろう。緊急車両の音がした。


「ぐ……」


 若者はスタンガンを握り締め、うなった。


「――〈エミー〉は、破壊する! そこを」


 ぎらりと目を光らせて、彼は手にしたものを振り上げた。


「どけ!」


「マスターっ」


 トールとライオットは揃って叫ぶ。


 そのとき、影が侵入者に素早く飛びかかった。


「武器を取り上げるんだ、気をつけて!」


 店主が声を出した。影は瞬時にその指示に従い、侵入者の右手をひねり上げるとスタンガンを落とさせ、拾い上げた。と同時に男の足を払って転ばせ、上に覆いかぶさるようにして動きを抑える。


「ちょ」


「ま」


「あ」


「有り得ないんですけどっ」


 二体は、その光景に唖然とした。


「いいからいいから。静かにね」


 マスターは唇に指を当てた。


「すまないが、そのまま押さえていてくれ。――アカシ」


 こくり、と東洋系の顔立ちのリンツェロイドはうなずいた。トールたちが呆然としたのは、「死んだ」かもしれなかったアカシが動いたためだけではなかった。


 彼らに――アカシにも組み込まれているはずの三原則。


 それを彼は破ったのだ。


 もちろんと言おうかこれは、意志だの判断だので破れるものではない。


 そのようにプログラムされて、いなければ。


「……マスター」


 マスターの命令は、第一項の上だ。通常はそのような設定は倫理的に行わないが、〈クレイフィザ〉のロイド――非販売用――の設定はそうなっている。そのことはトールも知っているし、つい先ほど、しばらくぶりに体験した。


 だが、いまマスターは、〈トール〉にしたように〈アカシ〉に命じてはいなかった。


 ということは、〈アカシ〉には、三原則を無視するという許されざる機能が備わっている、ということになる。


「どうしたらあなたの誤解を正せるのかな、ミスタ」


 店主は彼の「息子」たちの驚き、或いは非難を無視した。


「そうだ、エミーの歌をお聴きになりませんか」


「な」


 男は驚いた声を出した。


「マスター」


 トールですら知らなかった規制破りへの抗議を一旦引っ込めて、彼は新しい台詞への抗議を試みた。


「それはすっごい脅しか、嫌みです」


「そう聞こえるかい? いい案だと思ったんだけれどね」


 どこまで本気だか――とトールとライオットは呆れた顔をした。


「私も彼らも同席します。私たちが一緒に聴けば、何も危ないことではないとお判りになるでしょう」


「そんなのは……」


「信用できませんか? ならばけっこう。ライオット、警察の方をご案内して」


 店主はきていない警察を連れてこいと言った。どうしろってのよ、とライオットは声に出さずに呟いた。


「実際、通報したならもうすぐくるでしょう?」


 小声でトールは言った。


「対応をお願いします」


「判ったよ、適当にやる」


 こくりと青年ロイドはうなずいて踵を返した。


「ミスタ」


「セイレーンの、歌なんか」


「やれやれ。ライオットもいい言葉を使ってくれたね。誤解が進んでいるようだ」


「俺の考えは最初から同じだ。セイレーンじゃなければ、魔女とでも」


「現代の魔女狩りですか。それはずいぶんクラシックな響きで」


 彼は少し笑った。


「非常によろしい」


「ちっともよくないです、マスター」


 トールはもっともな指摘をした。


「あの。そうだ、よかったら」


 彼は男をのぞき込んだ。


「エミーとは違うリンツェロイドの歌声を聴いてみませんか。あなたがリンツェロイドを何でも否定すると言うのではなく、エミーにだけ問題を感じているのだったら」


「それで何か解決するかい、トール」


 店主は尋ねた。


「だって。この人にエミーの歌を聴かせるなんて、嫌がらせ以外の何ものでもないじゃありませんか。マスターはそういうの、好きなのかもしれませんけれど」


「君は私を何だと思っているの。だいたい私の提案は我が子の潔白を証明するためであって、彼をロイドの歌声に目覚めさせようと言うんじゃないんだが」


「判ってますよ。でも、エミーの歌を聴かせるのはやっぱり酷です。デイジーが適任だと思います」


「――何? 呼んだ?」


 ちょうどそのとき、様子を見ようとでもしたのか、少女ロイドが扉から顔をのぞかせた。


「デイジー。歌を」


「歌うの? 何がいい?」


「そうだね……」


「『夢の泉』を」


 店主が言った。少女ロイドは、またかなどとは言わず、こくりとうなずいた。


「俺は、ロイドの歌なんかっ」


 侵入者は抵抗したが、先ほどから無言のまま、アカシががっちりとそれを押さえつけていた。


 世界の果てに、あると言う。


 夢の泉を知っていますか。


 少女の穏やかな声が流れると、男は次第に、暴れるのをやめていった。

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