第17話 思うんだけどさ
「君の方が危ない」
店主もスタンガンを認め、そう言った。
増えた頭数を見てか、侵入者は躊躇うように一歩下がった。店主がトールの肩に手を置く。
「ご苦労様。手を下ろしていいよ」
「だ、駄目です、マスターを危機に近づける訳にいきませんからっ」
「君にそんなこと、頼んでないよ」
呆れたように店主は言った。
「頼まれたとかじゃなくて」
「いいから」
店主はそれから、少年の耳元に口を近づけた。
「命令だよ、トール。そこをどいて」
「あ……」
トールの手が下がった。三原則の第一項よりも強く設定されている――彼のマスターの「命令」。
滅多に口にされることのない、はっきりとした命令。これには、逆らえない。ライオットも同様だったのだろうか。トールの足は自然と動いて、マスターと侵入者の間からどいた。
「さて、ミスタ。不法侵入、傷害の現行犯ですが。これ以上、罪を重ねますか?」
まるで相手が店頭にやってきた客であるかのように、店主は丁重に尋ねた。
「裏の窓を破ってくれたようですね。こんな小さな店ならセキュリティも皆無だとでも思いましたか? 生憎ですが、基本的なものはあるんです。警報と同時に通報は済んでますし、カメラもあなたの行為を克明に記録してます」
あらぬ方を指して、店主は言った。
これは、出鱈目だ。〈クレイフィザ〉の警報は通報機能と連動していないし、店頭ならともかくこっちにカメラはない。
「う……」
だが侵入者は怯んだようだった。
「私は暴力は好まない。このまま引き返し、二度とうちの敷地を踏まないでもらえるなら、警察には適当にごまかしてあげますよ」
「ちょ、ちょっと、マスター」
「見逃す気っ」
ライオットも抗議の声を上げた。
「アカシがあんなこと、されたのにっ」
「じゃあどうするんだい。警察がくるまでお喋りしてる?」
そう言って、店主は笑った。ちっとも、笑うところではない。
「……を出せ」
「何です?」
「〈エミー〉を出せ」
低い声で発せられたその要求に、ひとりと二体は、冗談のように揃って目をぱちくりとさせた。
「エミー?」
「デイジー、じゃないの?」
ライオットもトールと似たような推測をしたらしかった。
「……ミズ・マックスの関係者ですか」
ゆっくりと尋ねたのは店主であった。
「え」
「何で」
「二日ほど前かな。亡くなったと聞いた」
「え」
「何で」
彼らは繰り返した。
「もともと病床にあったろう、彼女は。ベッドから離れられない慰みに、歌唱機能のついたリンツェロイドを探していた」
エミーの三人目のマスターは、そうした人物だった。
「倒れたときは危なかったが、しばらくは病状も安定していたらしい。ところが、急に容態が悪化したとか」
「それって」
ライオットは顔をしかめた。
「別にエミーは、関係ないんじゃ」
「関係、あるッ」
かっとなったように、若い男と思しき侵入者は叫んだ。
「あ」
その叫び声は、トールの記憶に引っかかった。
「昨日の……」
試用できないかと言ってきた、若い客。彼の声だと判った。
「あいつ、最後まで、エミーエミーって! あのロイドのせいで、死にかけたのに!」
「別にそれ、エミーのせいじゃないでしょ。使い方の問題じゃない?」
顔をしかめて、ライオット。
「いくらエミーの歌がよくたってさあ、朝から晩まで寝食忘れて聴いてる方が悪いと」
「しいっ、ライオットっ」
挑発してどうするのだ、とトールは弟をとめた。
「だとしたら、どうなんです?」
店主は尋ねた。
「あなたはミズ・マックスのご家族かご友人か……恋人ですか」
男は答えなかったが、三番目の一語がしっくりくるようではあった。
「まさかロイドに復讐でもしようと、ここに?」
「復」
トールは目を見開いた。
ではこの若者は、エミーを借り出して、壊すつもりでいたとでも。
「あんたは、解体に応じなかったって言うじゃないかッ。もしまた、あいつと同じようなことが起きたら、どうするんだッ」
侵入者の叫びは、トールの考えを肯定するものと言えた。
「おや」
「なあんだ、正義の味方かあ」
「ライオットっ」
侵入者が正義の味方ならマスターは悪の首領になってしまうではないか。トールは咎めたが、ライオットは肩をすくめただけだった。
「それで、殺しにきたんですか? うちのリンツェロイドを?」
店主は〈エミー〉の話をしたに違いなかった。だがトールは、ちらりとアカシを見た。
「マスター……」
若者はスタンガンをかまえるように持ち、ひとりと二体を牽制している。アカシを助け起こすことはできなかった。もとより――「二男」は停止してしまっているとしか見えない。助け起こして「目を覚ます」ものでもない。トールの案じているような事態であれば、再起動もかけられないはずだ。
「お引取りを、ミスタ。心配はごもっともですが、もうエミーはうちから出しませんから」
「歌わせてるじゃないか!」
彼は叫んだ。
「あの歌が、よくないのに!」
「またそうやって、ひとのせいに。セイレーンじゃあるまいし。歌を聴いたら呪われるとか、ないよ」
「だからライオット、黙ってくださいっ」
いちいち混ぜっ返す三男に、長男は悲鳴のような声を上げた。
「セイレーン」
彼は歯ぎしりをした。
「まさしく、それじゃないか」
「え」
「は?」
「何ですって?」
「人間の形をした、悪魔じゃないか。歌で人間を虜にして」
若者は憎々しげに言った。
「俺、思うんだけどさ」
懲りずにライオットは呟く。
「アンチ・ロイド派の方がよっぽど、リンツェロイドを擬人化してない? このたとえだと擬魔物化だけど。少なくともただの機械とは思ってなくない? 明らかにさ」
「本当に、黙ってください、ライオット」
トールは懇願した。
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