第15話 いちばん得意なの
エミー。〈クレイフィザ〉最強の歌姫、または歌の死天使。
どうにも彼女の歌は、人の心に強く働きかける何かがあるらしい。
最初の所有者、つまり注文主であったバークレー氏の希望で、〈クレイフィザ〉のロイド・クリエイターは〈エミー〉の声質と歌い方をバークレーの死んだ妻に似せて作り上げた。バークレーは妻に似た声で歌うエミーから離れられず、そのまま何もできずに死んだらしかった。
いや、そうした証拠はない。ただ彼は、エミーにもたれかかるようにして、眠るように死んでいた。直接の死因は、睡眠薬の過剰摂取による急性薬物中毒だ。自殺か、それとも事故か、それは判らない。ただ、〈エミー〉の緊急通報機能は、意図的にオフにされていた。
リンツェロイドには緊急通報機能の搭載が義務づけられている。その機能に欠ければ、ほかがどれだけ条件を完璧に満たしても、そのロイドは「リンツェロイド」にはなれない。
しかし、オンにするかオフにするかは所有者の自由だ。緊急通報という特性上、マスターの許可なしにロイドが信号を発することになるから、それを嫌う者もいる。義務づけが片手落ちだという声もあったが、協会がその規定を変える気配はない。
ちなみに〈クレイフィザ〉の稼働ロイド三兄弟のそれはオフになっている。その機能を使えば、彼らの場合、面倒が起きるからだ。
ロイドが通報すれば自動的にナンバーが記録され、警察なり消防なりが駆けつけたあとは必ず調書が取られる。マスター、或いは工房がロイドのログを提供することになるが、該当ロイドを確認されれば大問題だ。
そうした緊急時に、「ロイドのように偽装する」時間はないかもしれない。それならばいっそ、泥棒でも急病でも通報は通常通信で――というのがマスターの方針だった。
トールは普段、それに難色を示している。
違法行為が知られればマスターも〈クレイフィザ〉もただでは済まないが、かと言ってたとえば火事が起きたり、もし万一、マスターが倒れるようなことがあって一刻の猶予もないようなときに、どうしてコマンドひとつで済むことをせず、通信機器を取って緊急回線につないで口頭で状況を説明しなければならないのか。
彼のマスターはそうした真っ当な抗議を「私が捕まったら誰が君たちの面倒を見るんだい?」などと言って受け流す。
それは的外れと言ってもいい。と言うのも、彼が逮捕されたってロイド偽装程度の罪なら遠からず帰ってくるが、死んでしまったらそれこそ誰も彼らの面倒を見られないからだ。
だがその辺りのことはマスターも判っている。逮捕を怖れているようなふりをするが、あまり本気とも思えない。それなら最初から馬鹿げた偽装などしなければよい。
ならば本音は何なのか。
彼は、自分の身が危険にさらされるとしても、トールたちを「人間と誤認させる」ことをやめたくないのだ。それはいったい何故なのか。
どんな理由であろうと大事なのはマスターの身の安全だとトールは思うが、マスターと意見が違ったときに彼のそれが採用されることはまずない。
ともあれ、〈エミー〉の通報機能がオフにされていたこと自体は、何の証明にもならない。自殺だという状況証拠にはなり得るが、決定的なものではなかった。
注文主にして所有者の死を知った店主はエミーを引き取り、調整をして再度店頭に並べた。
二度目の所有者もまた、エミーの歌の虜になった。
これは不思議なことと言える。注文主の妻と二度目の男の恋人が同じだったということもないだろうからだ。だが少なくとも、幸いにしてと言うのか、二度目には緊急通報機能によって所有者は一命を取り留めた。
家族の反対にあってエミーはまたしても〈クレイフィザ〉に出戻り、やはりトールの意見は無視されて、彼女は三度目のマスターを得た。
そして三度目も、同じことが起きたのだ。
このときはいままでにない大騒動で、店主は、危険なリンツェロイドを作ったとして所有者の家族から訴えられるところだった。
だがエミーは歌っていただけだ。三人目のマスターは病床から家族を説得し、エミーを手放すことを承知して、その代わり彼女の解体を阻んだ。
不思議であった。
何故、エミーは注文主だけではなく、続く所有者たちの心をも刺激したのか。
店主は、何も特別なことはしていないと言った。
本当かどうかは、トールには判らない。
もっとも、その歌はクリエイター自身や、彼女の兄弟たちには何も働きかけない。〈クレイフィザ〉内でリンツェロイド相手にエミーが歌っても、問題は発生しないと、店主はそう判断したのだろう。
「よし、これでいい」
ライオットは〈エミー〉の背中を閉じ、衣服のファスナーを上げると、片目をつむった。
「ちょっと待ってね……ほら」
ごくかすかな起動音がして、エミーが動く。何度見てもトールは、不思議な気持ちになる。
マスターを「父」とする、これは彼の「妹」だ。
アカシやライオットは彼の「弟」になる。だが彼らは普段から稼働していて、メンテナンスのときでもない限り「眠る」ことをしない。
リンツェロイドに「命」の入る瞬間。
メンテナンスのあとは、トール自身もこうして誰かに――マスターに見られているのだ、という自覚のない事実。
「きれーい……」
うっとりした調子で、デイジーはエミーを見た。長めのダークヘアと緑色の瞳がどこかエキゾチックだ。東洋の人形を思わせる、と言った人もいる。
彼女はゆっくりと身を起こし、目をしばたたいた。トールとライオットを見て、彼らを認識する。
「エミー。この子はデイジー。〈レッド・パープル〉のところの子だ」
「はじめまして、エミー」
デイジーはにっこりと彼女に手を差し出した。エミーも笑顔を浮かべてその手を握る。
だが彼女は何も言わない。トーク機能がないからだ。
「歌うのに、喋らないなんて、変よねえ? どうしてトーク機能、ないの?」
「注文主の希望だったから。もともとうちのマスターは、トーク機能つけたがらないけどね」
「何で?」
「高性能にしちゃいすぎるからじゃない?」
くすくすとライオットが笑った。
「マスターにトークレベル1のロイド作れとかって、ある意味、いじめだよね」
「依頼がきたら、立派な仕事ですよ」
「もちろん、そうだけどさ」
「4でも5でも、依頼がくればマスターは受けるでしょう。ただ、見積もりがとんでもないことになるから、〈クレイフィザ〉にくるお客さんでは滅多に応じないというだけです」
「確かに、あれだけ出せるんならダイレクトかガイアに行くよねえ、普通」
ライオットは二大手のリンツェロイド企業を挙げた。
「そう言や、デイジーんとこは? デイジーはレベル5くらいあるよね?」
「うん」
「5の依頼、くるんだ。やっぱ有名どころは違うなあ」
「そんなことより、歌」
デイジーはエミーを向いた。
「歌って。いちばん得意なの」
そうした曖昧な要求でも応じるのがリンツェロイドである。エミーは少しうつむいて、まるで何か考える風情だった。実際には検索をかけ、これまでのマスターたちに好評だった歌を探しているだけだ。ある意味「考えている」と言うのかもしれなかったが。
まず彼女が選んだのは、子守歌だった。これを聴いて彼らは「眠った」訳だ、と思うとトールは少しぞくりとする。
もちろん、この「ぞくりとする」は比喩表現と言おうか、「こういうときにはそう感じるものだ」という判断によった。
リンツェロイドに心はない。
そう。デイジーが感心するようにエミーを見ているのも、プログラムの判断による。ライオットが聞き入っているようなのも。
みんな、自然とそうしている、ふりをしているだけ。
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