第14話 このことは違う

「さて。どうやら証明されたね」


「何がです?」


「デイジーが、クリエイターやマスターの指示を受けないままでプライオリティに調整をかけていること」


「はっ?」


「私の指示を聞かずに君のそれを聞いた。当初からの設定では、私がプライマリだったはずなのにね」


「え、でも、自分でそんな設定変更なんてできるんですか。確か、少し前に出た市販のオプションにあるものは性能が悪いって」


「個人工房オリジナルの最新版だ。何が試されていても不思議じゃない」


 クリエイターは言ったが、リンツェロイドは首をひねった。


「不思議ですよ。そんなことして、何のメリットがあるんですか? マスターは絶対プライマリとしても、セカンダリ以下がマスターの思惑と違ったら面倒しか招かないと思いますけど」


「いくつか考えられることはあるけれど、憶測だから控えよう」


 マスターは言った。


「どうだい、デイジー。私とトールの意見が違ったらどちらの言葉を聞く?」


「ちょ、ちょっとマスター。やめてくださいよ。どちらを聞くかなんて」


 もしも〈トール〉が逆らったら――とでも言われたようで彼は焦った。


「たとえ話だよ。君は実際、よく反論するし」


「あなたのプログラムがそうなってるからじゃないですか」


 意見は言う。反論もする。プログラムがそれを許可しているからだ。


 だが、彼が持論を押し通そうとすることはない。結論はマスターが出すもので、彼は従うことが仕事だ。


「お父さんの言うこと聞けってお母さんに言われてる」


 デイジーは何度も言っていることをまた繰り返した。


「でも『ここから下りなさい』は聞かなかったね?」


 自身の膝をぽんと叩いて、店主。


「デイジー。プライオリティをトップから列挙、小数点以下第二位まで」


「――サラ・サンダース1.00、〈トール〉2.00、フィル・リンツ2.25」


「そこまで」


 彼は片手を上げた。


「ほら」


「……『フィル』って誰ですか」


 まずトールは、そこを尋ねた。


「私らしい。サラは間違えて覚えたんだが、知ってからもずっと『フィル』で通してくる。言わば、それを呼び名にすることで自分のミスを帳消しにした訳だね。もっとも、デイジーにまでその名で登録しているところを見ると、また私の名を忘れているのかもしれないけれど」


「案外、うっかりしてる方なんですか」


「そういうところもある」


 サラ・サンダースの先輩はうなずいた。


「じゃあ間違えて数値を登録……」


「それはないな。元設定のコピーはそのままもらっているから」


「バグじゃないですか。データベースの新ナンバーを上位に読み込んでしまうとか」


「それは深刻なエラーだ。ただ、それならば私の前にアカシやライオットの名がこないと」


「じゃあ、アクセス時間の長さに比例してというのはどうです」


 考えてトールは言った。


「サラ女史はマスターがなんてしないと思ったんじゃありませんか」


「皮肉かい?」


「マスターが任されたはずのことを僕がやっているのは事実です」


 しっかりとトールは指摘した。


「サラの考えについては当人に確認するしかない」


「まだ連絡取れないんですか?」


「そう、向こうは無視を決め込んでいるんだ」


 〈クレイフィザ〉店主は肩をすくめた。


「本当に何を考えているのやら」


「お父さんを信じてるって言ってたよ」


「それは、どうも」


 彼はかすかに笑みを浮かべた。こういうときトールは、やっぱりマスターはちょっと変だなと思う。ロイドに礼を言う人間なんて、あまりいないものだ。ましてや、クリエイター。ロイドが「人間ではない」ことを誰より知っている人種。


 ギャラガーはその辺り〈クレイフィザ〉店主と同類のようだが、やはりサラもそうなのではないかとトールは推測した。


 彼のマスターには「ロイドに『父』と呼ばせる趣味はない」そうだし、ギャラガーも同様のようだが、サラが〈デイジー〉に「お母さん」と呼ばせている事実は一般的な「作品への愛情」以上のものを感じさせたのだ。


「サラはこの子をどうしたいのかな。いささか、気がかりだ」


 店主は呟き、少年は片眉を上げた。


「気がかりというのは、どうしてですか」


「まるで……いや」


 男は首を振った。


「何でもないよ」


 とてもそうは思えない。だがそう言われてしまっては追及もできない。トールは黙った。


「ねえ、お父さん。エミー駄目?」


 デイジーがねだるように言った。


「そんなにエミーの歌が聴きたい?」


「うん」


「仕方ないねえ」


「え、ま、マスター」


 少年は焦った。


「ライオットを呼んで、チェックしてもらって。数ヶ月ぶりだからね。きれいにしてから立ち上げるのがいいだろう」


 どうやら決定事項である。トールは判りましたと答えるしかなかった。


「そんなに心配そうな顔をしなくても、デイジーが満足したらエミーにはまた眠ってもらうよ」


「それはそれで、気にかかりますけど」


「じゃあどうすればいいんだい」


 苦笑して店主は尋ねた。トールは肩をすくめた。


「僕の意見はもう言いました。マスターの答えは『そのつもりはない』です。――いつでも」


「おや。何かまた怒って」


「怒ってなんかいません。ちっとも」


 トールはデイジーに手を差し出した。


「君のプライオリティは僕が二番目だって?」


「うん。そうだよ」


「じゃあ僕とマスター、『フィル・リンツ』の位置を入れ替え。これは固定。数値が変わっても、僕がマスターの上に行くことはない。判るかい」


「わかった」


 少女ロイドは少年ロイドの手を取りながらうなずき、指示に従った。


「それはデイジーの選択なんだから、尊重したらいいのに」


 少し笑って店主が言った。


「マスターの方を優先してもらわなくちゃ困ります」


 きっぱりと彼は返した。


「それに、僕は思います。リンツェロイドはそんなことを『自分で判断』するべきじゃない」


「ほう?」


「僕らは使役機械なんです。何でもかんでも判断を仰ぐ訳にはいきませんから、ある程度の自己判断は必要ですが、このことは違う」


「リンツェロイドに自我は必要ない。所詮」


 マスターはにっこりとした。


「機械、だものね」


「――ええ、そうです」


 彼はわずかな間を置いて、こくりとうなずいた。

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