第12話 何か気がかりなことが

「ああいう人、増えてるよ」


 ぼそりとデイジーが言った。


「え?」


「最近、配信され出したドラマで、あるんだって」


「あるって……何が」


 彼は、機械らしからず、嫌な予感を覚えた。話の流れから続きを推測した、とも言える。


「リンツェロイドとは言ってないけど、リンツェロイドとしか思えない女の子と、冴えない男の子のラブストーリー」


「……前にもあったね、それ」


 数年前だ。それはドラマではなく音声ノベルだったが、何人か若いのが店を訪れ、落胆して帰っていった。


「困るなあ、そういうの。リンツェロイド協会はとめなかったんだろうか」


 美しきヒト型機械。だが彼らは「恋」をしない。勘違いするのは人間側だ。だからリンツェ博士は、深い愛を表す言葉をリンツェロイドの禁止語に入れた。


 件のドラマがどのようなものかは判らないが、「機械との恋」への憧れを助長する内容でありそうだ。それなら協会は一言くらいあっても然るべき。


「お母さんも言ってた。いくらリンツェロイドと言ってないからって、抗議なり何なりしないのは協会の怠慢だって」


 おとなびて少女は肩をすくめた。


「マイナーチャンネルらしいから大きな影響はないだろうけど、そのチャンネル見てる層って言うのが、ちょっと変わった人たちなんだって。うちにもきたよ」


「それって、まさか」


 問題の男――のことなのだろうか。


「あの人とは口を利いちゃいけませんってお母さんに言われた」


「やっぱり」


 そのことらしい。


「ねえデイジー。君、マスターに尋ねたよね。守ってくれるかって」


「うん」


「結局のところマスターは返事をしなかった訳だけど、それでもいいの? ここにいて」


「お母さんが、お父さんのところにいなさいって言うから」


 もし店主が無言ではなく否定を返していたらどうしたのだろうかとトールは訝しんだ。だが追い返されない限りは同じように言っただろう。いろと言われたから、いると。


「LJタイプは画期的だった。協会がジェファール社の素材にいち早く目をつけたことで、ダイレクト社の〈アイラ〉並みに金をかけなくても〈アイラ〉並みのリンツェロイドが作れるようになった。そのことは……リンツェロイドの外見をますます、人間に近づけた」


 トールは「彼ら」の歴史を呟いた。


 ヒトガタロボット――人形。人の形をしたもの。


 指先に爪があったら、もう、彼らは人間と変わらない。外見だけは。


 いや、「彼ら」ではない。「それら」なのだ。どんなに人間にそっくりで、どれだけ流暢に話しても、リンツェロイドは機械人形にすぎない。


 心はない。


 恋はしない。


「どうしたの? トール」


 デイジーは首をかしげた。


「あたしがここにいることと、リンツェロイドの進歩と、何か関係ある?」


「ん? あ、いや、何でもないよ」


 トールは手を振った。


「ただ、例の男性というのは、そのドラマみたいに君との恋を夢見ているのかなって。僕らにそんな機能はない……いや、仮にあったとしてもそれはあくまでも機能にすぎないのにって思ったんだ」


「冴えなくないよ」


「え?」


「その人、けっこうかっこよい」


「あ……そう」


 リンツェロイドが人間の外見についてどうこう言うことは、普通、ない。人間同士でもあまり品のよくない話題であるが、美しく作られているリンツェロイドがそうしたコメントをすれば多くの人間が持っている外見へのコンプレックスを刺激することになるからだ。「禁止語」までは行かないが、所有者に求められでもしない限りは他者の評価など口にしないものである。


 デイジーの設定はどうやら違うようだが、もしかすると「考えなしで喋ってしまう子供らしさ」という演出なのだろうか。


 ともあれ、問題の人物は、おそらく一般的な基準においてよい評価を下される外見をしているのだろう。クリエイターがデイジーに特殊な設定でもしていれば別だが。


 となれば、ドラマの登場人物に自分を投影してリンツェロイドとの恋に憧れている訳ではないのだろうか。いや、そんなことは外見だけでは判らない。


 もっとも、判断するにはデータが足りない。だいたい、彼が判断することでもない。彼は、マスターの言う通りにするだけだ。


「さっきの人さあ、もしかしたら」


 デイジーは客の去ったドアを見やった。


「〈クレイフィザ〉のリンツェロイドがよかったんじゃない?」


「え?」


「だから、トールが別の店を紹介しようとしても聞かなかったとか」


「うーん、そうなのかな?」


 彼は首をひねった。


 トールが考えたのは、金銭的問題か、或いは購入ではなく試用すら決めかねているほどまだ気持ちが曖昧なのではないかということだ。〈クレイフィザ〉製品にこだわるという様子ではなかった。だいたい、〈クレイフィザ〉は有名店ではない。


 それよりもトールが先ほどの客に感じたのは、「どうしてきてしまったんだろう」と自問するような様子。


(ミスタ・ジェフを思い出すな)


 金がないからと〈サンディ〉の修理依頼を躊躇ったジェフ――そのときはタキと名乗っていた――は、高価な拾得物を隠匿したということで罪に問われていた。彼の〈サンディ〉は、〈カットオフ〉から盗まれたものだったのだ。


 もっとも、ジェフ自身が盗みを計画して実行したのではない。


 窃盗団に遭遇したのだという、口から出任せのようにも聞こえたジェフの話は、その後の調査で事実だったと判明した。


 生憎とその窃盗団は捕まっていないが、そうであろうとなかろうと、ジェフの罪は罪だった。〈サンディ〉が〈カットオフ〉のものであると判っていたにもかかわらず勝手に持ち出したことと、それから、窃盗団に関する通報を怠ったこと。


 簡易裁判を終え、有罪となったと聞いている。服役などはないものの、個人記録には一生残る。以前の会社は逮捕の時点で解雇となったらしいが、再就職も厳しいだろう。


 〈カットオフ〉の工房主にしてサンディの「父」ギャラガーは、そこまで「うちの娘」に惚れたのならと、ジェフがローンくらいなら支払えるようになるまでサンディの販売をとめると話していた。だが果たして、彼女の「嫁入り」はいつになることやら。


(いまのお客さんも……何か気がかりなことがあるんじゃないだろうか)


 ふっとトールはそんなふうに思った。だが、試用したいと言ったのだから、いまの客がリンツェロイドを持っているということはなさそうだ。


 では何だろうかとトールは考えたが、やはりこれにもデータが足りなかった。


 しゅん、とオートドアが開く。


「こんにちは、トール。この前頼んだものが届いてるって連絡もらったんだけど」


「あ、ミズ・ハリス。こんにちは。仕様書のコピーですよね。こちらです」


 新来客ににこやかに応対し、トールは先ほどの客のことをタスクの向こうに置きやった。

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