第9話 気をつけろよ

「ないだろ」


 あっさりとアカシは言った。


「てか、どういう設定なんだ、お前。妖精さんを信じるファンタジーな頭してんのか。ちょっとそこ乗れ。見てやるから」


「駄目ですよ、アカシっ」


 慌ててトールは、従いかけるデイジーをとめた。


「ミズ・サンダースが彼女をマスターに託したのは、何もしないと信じてくれたからで」


「クリエイターがクリエイターに作品預けて、のぞかれないと思う方がおかしいだろうが。何もいじらんよ、ただ見るだけ」


「ライオットと同じこと言わないでくださいっ」


「何?」


 アカシはぴたりと動きを止めた。


「あいつと同じ?」


 そして嫌そうに顔をしかめる。


「……判った。俺が間違っていた。所有者、または製作者の許可なくスペックを全部見ちまおうなんて礼儀にもとる話だ。人間性に問題がある」


 ロイドは言った。


「だが、あれだな。外見も性格設定も幼いから変なのに目を付けられるんだろう」


「それはそうかもしれませんね」


 リンツェロイドの大半は女性体で、外見年齢は二十歳から三十前後であることが多い。十代のガール・ロイドとなると数はぐんと減った。倫理上の問題があるからだ。


 何もフェティシズムの話に限らず、家事従事機械なのだから成人の姿であるべきだ、との判断だ。子供を働かせるのはよろしくない、ということである。所有者もそのように見られることを嫌うから、子供の姿を依頼などはしない。


「いつの時代、どこにだっておかしなのはいるのにな。ま、〈レッド・パープル〉がガール・ロイドで儲けてるのは、審査の厳しさが反ロイド団体を寄せ付けないからだろうが」


 アカシはそんなふうに推測した。


「女の人は」


 不意にデイジーは言った。


「え?」


「〈クレイフィザ〉に女の人はいないの?」


「いるよ。さっき見てたサンプル、あるだろう。あれらの内、エミーはいまも……と、ああ、従業員ってこと?」


 はたと気づいてトールは頭をかいた。


「どっちでも」


 鷹揚にデイジーは返した。


「エミーは、お話しできるの」


「彼女はシンギングロイドに近いかもね。基本の家事仕事に加えて歌唱機能を持ってる。トーク機能は、ない」


「まあ、あれだ。喋らなくてよかった」


 ぱちんとアカシは指を弾いた。


「トークレベルの高い製品に居座られてみろ。やれここを見ろだの直せだの、うるさいから従えば、いやらしいこと考えてないでしょうねだの……」


「誰がそんなこと言ったんですか」


「〈フェリシア〉だよ。数月前にメンテした」


「ああ、ミスタ・クロースの」


 得心したようにうなずいてから、トールは首をかしげた。


「アカシが言われたんですか? 『身体』に触れるようなことをするのは、ライオットでしょうに」


「ハードを見るために触るのは当然だと。医者みたいなもんだからだとさ。で、ソフトのために配線つけて中身を覗くのは、いやらしいんだそうだ」


「……まあ、何となく、判らなくもないですが」


 ライオットがやるのは「診察」だが、アカシの行為は「プライベートの侵害」「のぞき」だとでも言うのだろう。トール自身はちっとも思わないが、その考え方はいくらか理解できる。


「あいつが医者なら俺だって同じだぞ。医者に触られたの内臓見られただのと言うような奴は病院行くなってんだ」


「――よく喋るねー」


 感心したようにデイジーが声を出した。そこで兄弟ははっとなる。


「トール、すごい。あたし、姉妹のなかじゃいちばんだけど、トールほどじゃない」


「……おい、こいつ」


「僕のことは、判ってるはずです。マスターも隠す様子じゃなかったですし」


 はっきりに口にされなかった質問に、トールはそう答えた。少なくとも、ライオットやアカシについては判らない。彼女は気づいていないか、それとも。


「ええと、うちのマスターは、何て言うか、オプション強化派で」


 少年ロイドは説明をした。


「トークには自信があるけど、肝心の家事機能の方は相当古いんだよ」


 肩をすくめて彼は言う。たとえば料理のレパートリーを増やすことなどはソフトのヴァージョンアップで可能だが、基礎OSたるオーソル――OSoL、オペレーティング・システム・オブ・リンツェ――が古くあっては、あまり複雑なことはできない。「家庭料理」レベルなら、充分ではあったが。


「だから、リンツェロイドとしては二流……三流かもね」


 そんなふうに茶化して、彼は言ってみせた。


「トーキングロイドなら超一流だな」


 アカシも笑った。


「この技術を売り払ったら、マスターはもう、一生豪遊して暮らしたって使いきれんほど儲けられると思うんだがねえ」


「本人にその気がないんじゃ、仕方ないですね」


 〈クレイフィザ〉の経理担当は嘆息した。


「もっとも、何だかんだと依頼はあるんですから、それを好みで選り分けられるくらいの現状がマスターの気に入りなんでしょう。名が売れると、やってくるのはお金だけじゃないですからね」


「変な人、くるよ」


 顔をしかめてデイジーは言った。


「は、違いない」


 アカシは口の端を上げた。


「なあ、トール」


 と、彼は「兄」を手招いた。


「何です?」


 首をひねってトールが近づけば、アカシはそっと彼に耳打ちした。


「――そいつ、気をつけろよ。スパイじゃないとも、限らんぞ」


 思わずトールはぷっと吹き出した。


「笑いごとじゃない。いま俺が言った意味、判ってないのか」


「判りますよ」


 トールは片手を上げた。「豪遊しても使い切れないほどの金が入る技術」。〈クレイフィザ〉には、それがある。


「ただ、ライオットも同じことを言っていたので」


「何」


 アカシは渋面を作った。


「あいつと、同じ頭か。俺は」


 製作者が同じなんだから仕方ない、といういつもの軽口を自重した結果、アカシはぶつぶつと文句だけを言った。

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