第8話 どうかと思うよ、俺は
「それで夢の泉って何なの」
歌だとは聞いたけどさ、とライオット。
「十年くらい前の歌手のヒット曲だそうです」
「ふうん? 知らないなあ」
「ねえねえ、ライオットはあると思う?」
夢の泉、と少女はまた尋ねた。
「は?」
「夢の泉」
やはり彼女は丁重に繰り返す。
「歌詞によれば、願いを叶えてくれる精霊の住む泉だそうです」
だいたいの内容をまとめてトールは説明した。はあ、とライオットは肩をすくめた。
「少なくとも、存在が確認されてはいないんじゃないの」
彼はそんなふうに言った。
「いなければ?」
「何?」
「存在が確認されていなければ、『ない』の?」
「……それはなかなか」
「難しい問題だ」
誰もいない森のなかで木が倒れたとき、音はしたのか。箱のなかに猫がいるかどうかは、いつ定まるのか。
「少なくとも」
彼はまた言った。
「俺は、目に見えず、触れないものは信じない。だから少なくとも、俺にとっては、『ない』が答えだな」
うんうんとうなずいてからライオットは、ちらりとトールを見た。
「ねえトール」
「何です」
「一時間でいいから、この子俺に預けない? きょーみあるなあ、最新……」
「駄目です」
きっぱりとトールは言った。
「依頼された訳でもないのに、パネル開けるなんてできるはずないでしょうが。ミズ・サンダースはきっと、うちのマスターならそんなことしないって信じてくれてるんですよ?」
「えー、そんな、性善説に頼るのなんか自己責任じゃん? こっちまでつき合ってやることないじゃん」
「それならマスターに直談判してください。マスターがいいと言えば、僕はもちろん何も言いません」
「いいよなんて言わないよ、マスター。その代わり、俺が勝手にやっても『仕方ないね、内緒だよ』で済むはず。『痕跡は消しておくように』くらいつくかもだけど。知りたくないってこた、ないだろうしさー」
「言っておきますけどライオット」
トールは咳払いをした。
「さっきからデイジー、みんな聞いてますよ」
「判ってるよ。でもアカシに適当にいじらせて、データ消してもらえばいいじゃん」
「な、何てこと言うんですかっ。ライオット、あなた」
「あー判った判った。冗談、みぃんな冗談です。怒らないでトールちゃんっ」
ライオットは両手を合わせた。トールは勢いを落とす。
「冗談としては、
「やだなあ、俺の冗談の性質がいいこと、あった?」
「あんまりないですね」
淡々と年下の外見をした兄は答えた。ライオットはけらけら笑う。
「ついでだ、アカシにもデイジーを紹介してきます。邪魔をしてすみませんでしたね、ライオット」
「いーよいーよ。ただ、気が変わったらその子ちょうだいね」
「僕の気が変わるはずないでしょう」
問題の男だかよりライオットの方が危ないのではないか、などとトールは少し考えた。
もちろんその件とは話が違うと言おうか、目的が違うということになるし、ライオットはデイジーに危害を加えるつもりももちろんない。
ただ、ここで守られるべきは〈クレイフィザ〉店主の名誉である。少なくともトールはそう思う。他クリエイターの最新ロイドに好奇心が湧いたからと言って、たとえば使いに出された彼らが内部をのぞき見られたらどう感じるか。彼らがではなく、マスターが、だ。
ライオットは「想像力」が足りない、とトールは思う。
「最新ロイド?〈レッド・パープル〉の?」
続いて、東洋系の青年――の形をしたもの――は、目をしばたたいた。
「何でまた」
そこでトールは、アカシにもデイジーの境遇を説明した。〈クレイフィザ〉メイン稼働ロイド三兄弟の二男は、顔をしかめた。
「最近、多いよなあ、そういうの。リンツェロイドなんて、もっと不細工に作るべきだったんだよ。そしたらそんな馬鹿な話……完全になくなるとは言わないが、半減したはずだ」
「そんな規制、かけられないでしょう。美醜の判断はひとそれぞれですし、だいたい、いまさらです」
「そうなんだよな。ダイレクト社がリンツェロイドで急成長する前なら、爪じゃなくてもっと目立つ、目とか鼻とかいった顔のパーツを付けるな、なんてこともやれただろうに」
それでもフェティシストが発生したかもしれないが、やはり数は少ないはずだと彼は言った。
「もとより、ダイレクト社が急成長しなかったら、ノートが規制にまで乗り出さなかったでしょう。生憎、仮定としても無理ですね」
「いまやロイド・フェティシストって言葉が普通にまかり通ってるもんなあ。反発や差別の対象じゃなくて、変わってはいるが性癖のひとつって認識だ。正直、どうかと思うよ、俺は」
どこか年寄り臭く、アカシは憂えた。
「まあいいや。俺たちが心配してもどうしようもなし」
切り替えの早さはロイドならではだ。
「んで? 何か用なのか?」
「数日間ですが〈クレイフィザ〉に滞在することになるので、とりあえず紹介と、それから」
「夢の泉ってあると思う?」
発言のタイミングをきっちり読み取って、デイジーはアカシを見た。
「はあ?」
アカシがライオットと同じ反応をしたので――兄弟、つまり製作者が同じだからというためだけでもあるまい――トールはまた説明をした。
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