第4話 守ってくれるよね?
「仕様書によれば、デイジーには飲食機能がついている。水分だけじゃない、普通の飲み物や食べ物を口にできるんだ。もちろん『栄養』にはならないが」
「そんなの、いいんですか?」
「いい、とは?」
「水分だけならまだしも、固形物もだなんて。人間と誤認させることになりませんか」
「微妙な線だね。だが自ら空腹や乾きを訴えて飲食を望む訳ではないから、ぎりぎり許容範囲内だろう。真似が可能だ、というだけにすぎないから」
「苦い、って言いましたよ。味まで判るんですか」
「成分分析機能がついていれば判定できる。だがデイジーにはついていないね。『コーヒーとは苦いものだ』という判断だろう」
店主はそう評した。
「あの。それで、どうやって『出す』んですか」
思わずトールは尋ねた。
リンツェロイドは水分を電気分解に使用し、余った分は呼気として水蒸気で排出する。しかし固形物は。
「一部のマニアは排泄機能をつけたがるそうだけれど、幸いにして一般的じゃないね。サラも一般寄りで、リンツェロイドが自分で取り出して捨てるやり方を採っている」
「はあ」
マニアについての詳細は尋ねたくない気がする、と思ってトールは曖昧な相槌を打った。
「厳しく言うなら、無駄な機能と言えるだろう。捨てるためだけに食べるふりをする。とても馬鹿げているが、望む注文主もいる」
より、「人間に近い」リンツェロイドを。
クリエイターの夢にしろ注文者の希望にしろ、そうした方向に行くことは間々ある。禁じられていても。或いは、禁じられているからこそ。
「僕、知りませんでした」
「仕方がない。まだ新しいオプションだ。私は『一般』と言ったが、これはロイド・クリエイターの間での一般であって、普通に過ごしていれば知らなくて当然だよ」
慰めるように店主は言った。トールは最新情報の収集を怠っていたと感じ、自戒をした。
「ねえ、お父さん」
「その呼び方は誤解を招くから、違う言い方にしてもらえるかな」
「でもお母さんが、そう呼べって」
「……何を考えているんだ、サラは」
彼のマスターが珍しく困った顔をしているので、トールはぷっと吹き出した。
「マスターとミズ・サンダースが親しいとは知りませんでした。どういうご関係なんですか?」
「まだ何か誤解しているかい」
「そうじゃありませんよ。相手がどなたでも、僕は同じように尋ねます」
「学生時代の後輩だよ。同じ教授についていた」
「ふうん。そうだったんですか」
初めて聞いた「情報」を〈トール〉はデータベースに書き加えた。
「あの研究室の出身者としては、彼女は最も出世した部類だろうね。注文者が引きも切らないと聞くよ」
「――マスターだって」
トールは呟いた。
「うん?」
店主は片眉を上げた。
「マスターだって、本気出したら、こんな街の片隅にいないって」
「何だい、それは」
「ミスタ・ギャラガーがそう言ってました」
「過大評価だよ」
店主は笑った。
「確かに君たちのトークレベルは5プラス、いや、それ以上と思っている。でもね、君たちぐらいの数だからどうにかなるんだ。人数が増えたら、とてもとても」
「マスター以外にも管理できる人を育てればいいだけでしょう。何なら、人間じゃなくてロイドでも」
「何? もしかしてトール、君はもっと弟妹が欲しいとか」
「いえ、そういう話をしてるつもりはないです」
「そう。よかった。そろそろ私も年だから」
彼はまるで、本当の息子に「妹か弟が欲しい」とでも言われた父親のように言った。
「ねえ、お父さん」
再びデイジーは言った。
「『ミスタ・リンツ』。ただの『ミスタ』でもいい」
店主は主張したが、デイジーは顔をしかめて首を振った。
「お母さんが、そう呼べって」
少女ロイドの繰り返しに、彼は仕方なさそうに息を吐いた。
「サラに命令させないと、聞きそうにないな」
「いいじゃないですか、別に」
トールは言った。
「みんな、驚きますよ。マスターに隠し子が」
「トール」
「すみません、戸惑うマスターが珍しくて、つい」
「本当に父親なら、むしろ戸惑わないさ。それが人間でもロイドでも。もっとも私には、ロイドに父と呼ばせる趣味はないがね」
「そりゃあ、僕らがみんなしてマスターを『お父さん』と呼んでいたら奇妙ですもんね」
「君くらいならともかく、アカシやホワイトの父になるにはちょっと無理がある」
店主は人間の子供と製作物を混同したような言い方をした。
「お父さん、デイジーを守ってくれるよね?」
「はっ?」
と言ったのはトールである。
「守るって……ミズ・サンダースは本当に、デイジーが誘拐されるとでも思ってるんでしょうか」
「〈カットオフ〉の話を聞いているのかもしれないね」
ギャラガーの工房〈カットオフ〉から、二体のリンツェロイドが盗まれるという事件があったのは、二ヶ月から三ヶ月ほど前のことだ。その内の一体〈サンディ〉はひょんなことから〈クレイフィザ〉に持ち込まれた。すったもんだの末、彼女は無事に「父親の家」に帰ったが、〈ジュディス〉はまだ見つかっていないらしい。
「でもあれは窃盗団とかいう話じゃありませんでした?」
当時の話を思い出してトールは尋ねた。
「誘拐犯、とはちょっと違うような」
「違うね」
店主も認めた。
「ただ、父や母を自認する彼らにしてみれば、どちらも同じだ。可愛い我が子が捕まって……まあ、リンツェロイドで身代金要求という話は聞いたことがないけれど、売り飛ばされたりばらされたり」
「こ、怖いこと言わないでください」
「ミスタ・ギャラガーに言うと殴られそうだけれど、生憎、ジュディスはもうとっくにパーツじゃないかな」
「マスターっ」
「何」
「そういうこと、言わないでください」
顔をしかめてトールは要請した。
「私が何か言ったからって事実が変わる訳でもない。無事なら無事だし、部品なら部品」
「そ、それはそうですけど、でも」
「デイジーの場合は、パーツにされる心配よりも改造の心配かな」
彼は少女を見た。
「幼女趣味……と言うほどの年齢ではないのかな、よく判らないけれど。さすがに外見年齢にも制限があるからね。デイジークラスが最年少だ」
「子供目当てのロイド・フェティシストということですか?……何だか」
トールは顔をしかめた。
「何だか?」
マスターは続きを促した。
「気味が悪い?」
「そうは言いませんけれど……」
「言ってもいいんじゃないかな。私はセクサロイド自体は否定しないけれど、依頼は受けない。ましてや、デイジーのような子供では」
「あたし、子供じゃないよ」
デイジーは頬をふくらませた。
「機能はお姉ちゃんたちより、あるんだから!」
「――最新型、か」
店主は呟いた。
「成程。誘拐による身の安全のみならず、盗難による情報の漏洩も案じているのかな、サラは」
「で、でもそんなの」
トールは目をしばたたいた。
「うちに……マスターに任せたからって、どうなるんです? ここのセキュリティなんて大したものじゃないんだし、〈レッド・パープル〉より安全とは思えないですよ」
「数日だけだ。件の男はいま、都市の外に出ているらしい。いまの内にデイジーを隠しておいて、安全策を練るという話だよ」
「引き受けるんですか」
「追い返すかい?」
「そんなこと、できませんよ」
少年は答えた。
「可哀想、と言うのは少し違うかもしれませんけど……可哀想です」
呟くトールに、彼のマスターは少し笑った。
「さて、デイジー。何かサラに言いつかっていることは?」
「お父さんの言うこと聞いて、おとなしくしてなさいって」
「その呼び方の修正以外は聞いてもらえるということかな。それじゃトール、彼女と店番を」
「……えっ?」
「可哀想なんだろう? 一緒にいてあげなさい」
「ちょ、え、僕がですかっ」
「あたし、店番、できるよ。お客さんきたら、案内するんでしょ」
「それは頼もしい。じゃあよろしくね、トール」
「そんな、マスターっ」
ずるいです――というようなリンツェロイドの抗議の叫びは、マスターの笑みの前にかき消された。
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