第2話 し、知りませんでした
最新型のアンドロイド、LJ-5th。
生みの親であるリンツェ博士の名を取って、それらは「リンツェロイド」と呼ばれる。
初めてのリンツェロイド〈イヴ〉が公開されてから半世紀以上。
注文生産の高級品たる本物のリンツェロイドと、家事への従事という基礎機能だけで大量生産されるニューエイジロイドには大きな差異があったが、いまやどちらも、その価格帯と需要なりに世間に普及した。
いまだに引き合いに出される「伝説の姫様」こと〈アイラ〉を作ったダイレクト社は世界で最も有名なリンツェロイド会社で、当時と変わらず、ロイド市場を引っ張っていた。量産品で購入層をぐんと下げたニューワールド社も、当時こそギャンブラーと言われたが、いまや押しも押されぬ大企業。
そうした大手に混じって、ぽつぽつと存在するのが中小から個人の工房だ。
余程のことがなければ有名にはならないが、大会社から独立した技術者や設計者たる彼らの望みはたいてい、名を売ることでも金儲けでもなく、自分の好きにロイドを作製したいということだった。
そうした店舗や工場では、いちから全てロイドを作ることもあれば、数店で提携してそれぞれの得意分野をフォローし合うこともある。大手のメンテナンスや修理を引き受けるだけのところも間々あった。
〈クレイフィザ〉は一見、メンテナンスやオプション追加用の店に見える。ショールームに飾られるのは大手のサンプルばかりで、自社製の本物がない――ように見える――からだ。
移転してきたばかりながら近所のロイド所有者には信頼され、「〈クレイフィザ〉に任せておけば間違いない」と言われたが、近所以外に知名度は低い。
日がな一日暇そうにしている店内を見た常連は「よくこれでやっていけるね」と感心し、店主はそれに笑って「干上がる寸前ですよ」と返す。
だが、それは半分、嘘だ。
〈クレイフィザ〉は、普通の企業や技術士ならば鼻で笑う依頼でも受けて、特殊なリンツェロイドを作る。「何でも受ける」と言うのではなく、それらの依頼には共通した特殊性がある。
そのことは、噂レベルながらも工房同士、ロイド・クリエイター間のネットワークで知られていて、とある種類の珍しい依頼を聞いたとき彼らはそっと〈クレイフィザ〉のことを客に教える。
そうして作られるリンツェロイドの価格は大企業の最新型並みであり、〈クレイフィザ〉はたまの大仕事でやっていけるのだ。ある程度以上親しくなった客には、店の主人がそんな話を――大口の仕事がくることもある、という程度だが――することもあった。
それからもうひとつ。
常連がどんなに親しくなっても聞くことのない話がある。
それはたとえば、この店の「従業員」の「正体」。
「マスター。お連れしました」
少年は少女の来訪を店主に告げ、奥への案内を命じられた。彼はそれに従い、「二番」と呼ばれる設計室に彼女を連れた。
「いらっしゃい」
長い暗茶の髪をうしろで束ね、眼鏡をかけた四十前後の男が、少女を出迎えた。白衣姿は技術者よりも、どこか医者を思わせる。
「私にご用事とか。何でしょう、ミズ?」
店主が問えば、少女は数秒間、じっと黙って彼を見た。
「あの……?」
戸惑ったような声を出すのは、少年だ。
「こちらが、当〈クレイフィザ〉の店主ですが?」
そのときである。
少女はぱっと駆け出すと、店主に飛びついた。店主は驚いた顔で、それを抱きとめる形になる。
そして、少女は叫んだ。
「おとーさんっ」
部屋の空気と少年が固まった。
「な」
トールは目を丸くした。
「な、なな、な、何ですって?」
「『おとーさん』」
少女は律儀に繰り返した。
「ま、ますたー」
少年は口を中途半端に開けて店主を見た。
「し、知りませんでした。こんな大きなお子さんが……」
「ふむ。私も知らなかったね」
その割にはほとんど動じることなく、店主はまるで他人事のように言った。彼の腕のなかで、少女はにこにこと笑っている。
「失敬だが、私は君を存じ上げない、
「あたし、デイジー」
少女は名乗った。
「それから、これ見て」
デイジーは握り締めていた封筒を差し出した。
「ここに書いてある。お母さんの手紙。〈クレイフィザ〉の店主が、あたしのお父さんだって」
「……マスター」
「どうしてそんな非難するような目で見るんだい、トール」
「だって、それは、その……」
「ああ、判った、判ったよ。ざっと見たところでは、私が三十前後の頃に生まれた子ということになりそうだ。君は私を『かつての過ちの責任を取らずに逃げた男』と思った訳だね」
「そこまで言ってませんけど」
「近いことは思った訳だ」
「思いました」
トールは認めた。
「さて、仕掛け人は誰かな」
少し笑って言うと、店主は受け取った封筒から便箋を取り出した。
「仕掛け人、ですって?」
「いまどき手書きとは。ずいぶん古風なことだ。私は好きだけれどね、こういうの」
「マスター、どういう意味で仰ったんですか?」
「どうもこうも。身に覚えがない……とは言わないが」
かすかに笑みを浮かべながら、店主は便箋を開く。トールは黙って、彼のマスターがそれを読み終えるのを待った。
「トール」
「はいっ」
「デイジーを応接室へ。私は、差出人の真意を通信で確かめてから行く」
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