第153話 邪神

「どういうつもり? ベル」


 翡翠を構え、ベルを睨みつける。


「あら、やっぱり気付かれちゃった」


 そう言ってクスクスと笑うベルは、わたしの知るベルではない。つまりこいつは──


「言っておくけれど、偽物ではないわよ。正真正銘、フィリアちゃんの親友のベルだよ!」

「っ!?」


 後半の口調、声は、紛れもなくベルの声。それが、わたしの判断を鈍らせる。

 到底信用出来る訳もなく鑑定を使って確認してみるが、結果は目の前の存在が紛れもなくベルであることを無慈悲に告げる。


「ベルを、乗っ取った…?」

「半分正解といったところかしらねぇ」

「半分…? どういうことよ」

「素直に教える訳ないじゃない」


 その言葉の後、三本の矢がわたしに向かって放たれた。


「その程度…っ!?」


 翡翠でもう一度斬り落とそうとしたが、突然背筋に悪寒が走る。

 これは斬れない。そう本能が告げる。

 咄嗟に横へと跳んで躱せば、先程までわたしが立っていた位置に突き刺さった三本の矢は、刺さった瞬間どろりと溶けだした。


「相変わらず勘がいいやつ」

「褒め言葉と受け取っておく、よっ!」


 聖火を纏わせ一気に間合いを詰めて斬りかかる。だが、もう一度同じ矢が放たれ、詰めきれない。

 正面。駄目。

 横から魔法で牽制。からの突き。躱される。

 矢。避ける。からの反撃。間に合わない。

 また矢が来る。跳ぶ。


 ──その瞬間、ベルの口が怪しげに弧を描いた。


「不味…っ」


 上から降ってきた矢を咄嗟に斬りつける。だが、その手に伝わってきたのはまるで水を斬るような感触。


「くっ…」


 液状になり斬れずに飛び散った矢の飛沫が、わたしの身体に容赦なく降りかかる。

 なんとか体勢を整えて着地するが、僅かに身体の自由が利かない。


『主大丈夫!?』

「主様を心配するより、自分の心配をしたらどう?」

「…え?」


 翡翠の声が、聞こえている…?


『自分の…? あ、え…?』

「翡翠?」


 翡翠の消え入りそうな声が聞こえ、その切っ先を見る。

 ……いや、


「溶けて…」


 黒い粘着質な液体に覆われた翡翠の切っ先は、既に無く。

 蒼い聖火は今にも消えそうな程弱々しく燃えていた。


『このっ!』


 付着した液体を翡翠が聖火を燃え上がらせて弾き飛ばし、少しづつ修復が始まる。しかし、その歩みは遅々として進まない。


「……興醒めね」


 ベルが構えた弓を下ろす。


使がこの程度なんてね」

「っ!?」


 わたしの事を、どこまで知っている…?


「どうせ貴方じゃ知ったところで止められないだろうから、全部教えてあげる。有難く思いなさい」


 ……余裕綽々な物言いなのは少々気に入らないが、これは好機だろう。

 こちらを攻撃する意志が見えない今の内に矢に蝕まれた身体を治療しながら、大人しく耳を傾ける。


「まずは貴方の疑問を解決してあげる。わたしはベルであって、ベルではない」

「…意味が、よく分からない」

「でしょうね」


 まるでこちらを馬鹿にするような口調で嘲笑いながらそう告げる。


「だから、言い方を変えてあげる。別の生を歩んでいたのに、ある日突然別の生に存在。それがわたし」

「…え?」


 それじゃあ、まるで──


「──そ。、ね」

「っ…」

「貴方の知るベルは、わたしという人格が再構築されるまでに生まれた、別の人格。だから、わたしはベルであってベルではない。ここまで言えば、流石に愚鈍な貴方でも分かるでしょう?」

「……」


 話した内容が全て事実だとしたら、事は思いのほか複雑だ。ベルを乗っ取った訳じゃなけれぱ、初めからわたしを欺いていたという訳でもない。


「何故、こんなことをするの…?」

「あるべき形に戻る為。そうね…貴方でも分かるように簡単に言い換えれば、

「生き、返る…?」

「愚図な女神を引きずり下ろしてその座に、わたしをこんな姿に堕としたを滅茶苦茶にしてやるのよ。でも、その為に貴方は邪魔」

「っ!?」


 突如足元から飛び出した黒い槍を、既の所で躱す。


(まだ治ってないのに…っ)


 自分の体も、翡翠の刀身も、未だ修復が完了していない。


「まさか、治るまで待ってくれると思った? 呑気なところは女神にそっくりね」


 こちらを小馬鹿にする言葉を喋りながらも攻撃は続く。

 躱しながら反撃ができた先程とは違い、足を地につけた瞬間足元から槍が飛び出し、躱すだけで手一杯になる。

 おまけに矢の攻撃を受けた影響で体が思うように動かず、何度か槍が足を掠めてしまう。その度に更に体が重くなっていく。

 ──だが、それも長くは続かない。


「いっ…!?」


 動きを読まれたのか、着地しようとした場所から飛び出した1本の槍がわたしの足を貫き、途端にその姿をツタのように変化させて絡み付いてきた。

 そのまま腕にまで絡み付き体勢を崩され、地面へと強く押さえつけられる。


「ゔぅっ…」

「はぁ…呆気なくてつまらないわね」


 1本の槍が、わたしの左腕を貫く。


「い゛っつぅ…!」

「痛い? まぁ、殺しはしないから安心なさい」

「…ぇ? なんで…」

「だって面白そうじゃないの。目の前で大切な大切な女神様が堕ちてきたら、使徒はどんな顔をするのかーってね?」

「……悪魔」

「違うわ。ヒトはそんな存在をこう呼ぶのよ。

























 ──────邪神ってね?」



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