第152話 裏切り

 気配察知はまだ使えるので、それだけを頼りにベルと思われる反応へと歩みを進める。

 そうして進み始めて10分前後経った時。突然道が開けた。


「広い…部屋?」


 先が見通せないので大きさは定かではないけれど、かなり広そうだ。

 ……そして、ベルの反応も近い。この先の通路か、もしくはこの部屋にいる。


「ベルー!」


 静かな暗闇に、声を張り上げて呼びかける。音は響かず、まるで深い暗闇に吸い込まれてしまったように感じる。


「…!」

「っ!」


 諦めて地道に探そうとした丁度その時。微かに聞こえた、誰かの声。何を言ったのかは分からなかったけれど、この場にいる存在から考えてベルに違いないだろう。


「ベル!」

「…ん!」


 先程よりも声が聞こえる。それと同時に、こちらへと何かが駆けてくる音が暗闇の向こうから聞こえ始めた。


「こっち!」

「フィリアちゃぁぁん!」


 今度はハッキリと聞こえた。ベルの声で間違いない。

 そして声が聞こえてから少しして、見覚えのある茶髪が見えた。ベルだ!


「ベル!」

「フィリアちゃぁぁん!」

「…え゛、ちょ!?」


 またしてもいきなりこちらへと飛び込んできたので反射的に受け止めたけれど、今回はさすがに受け止めきれなくて尻餅をついてしまった。デジャブ。


「もう…危ないでしょ、ベル」

「だってまたいきなりひとりぼっちにされて、真っ暗で何も見えなくてすっごく怖かったんだもん!」

「まぁわかるけど…」


 だからってそう毎回飛び込んでこられるとこっちが怖いんだよ。

 涙目になったベルをあやしつつ、質問を投げかける。


「ベルはこの階層にきてから、なにか見つけたりした?」

「今のところは何も見つけてないよ…見つけたいものがあるの?」

「そういう訳じゃないんだけど…今までは各階層になにかしらの敵がいたからね。今回もいるかと思ったんだけど今のところ索敵には引っ掛からないから、なにかベルが手がかりを見つけてないかなって思っただけだよ」

「そっかぁ…役に立てなくてごめんね」

「全然気にしてないよ。ありがとね」


 でもこれからどうしようか。

 手がかりがない以上、闇雲に動くのは危険が伴う。わたしだけならなんとかなるかもしれないけれど、今はベルもいる。

 ……エルザの目的はそこにあるのだろうか。でも今は判断材料が少なすぎて断定することができない。


「ベルって魔力眼使えたっけ?」

「ちょっとだけなら使えるよ。でもさっき使ってみたけど上手く見えなかったの」

「あー…なるほどね」


 まぁわたしでなんとかって感じだからね。仕方ないかな。でも、となるとベルからの援護は期待できないね。適当に撃ってわたしに当てられても困るし。


「…明らかにわたし足手まといだね」


 ベルの表情に暗い影が落ちる。


「卑屈にならないの。ベルを守ることくらい負担でもなんでもないんだから、そんなに心配しなくていいよ」


 そう口では虚勢をはるが、実際のところは厳しいかもしれない。

 ここに出てくる魔物は、今まで外で遭遇してきたものとは訳が違う。ただの人間であるベルが侵食された魔物の攻撃を受けた場合、どうなるのか検討もつかない以上、今までよりも遥かに慎重になる必要がある。


 …少しの間考え込んでいると、ふと気配察知に反応するものがあった。しかし動いている様子はない。


「敵…?」

「え、どこ!?」

「落ち着いて。まだわからないから」


 慎重に探ってみる。動かないということはこちらに気づいていないという事だろうけれど、だからといって微動だにしないのはおかしい。

 気配察知は生きているものにしか反応しないので死体などではない。でも世界地図ワールドマップが使えないので『サーチ』などで確認することもできない。


「行って確認するしかないか」

「大丈夫なの?」

「うーん…わからないけど、これ以上ここにいても何も変わらないからね」


 わたしは止まって考えるより、まず動いてみるほうが性に合ってるしね。

 ベルの手をとり、気配察知が反応した場所へと歩き出す。

 だが進むにつれて、少しずつ体が重くなっていく感覚に襲われた。


(それだけ元凶に近づいているってことなのかな)


 となると、最後の戦いがこの先に待っているということになる。


「気を引き締めよう」

「うん。矢を番えたいから少し手を離してもいいかな?」

「わかった。離れすぎないようにね」


 ベルの手を離し、そのまま進んでいく。すると段々と魔力眼で見渡せる範囲が広がり始めた。

 …ずいぶんとご丁寧なものだ。わざわざこちら側が見えるように配慮するなんてね。


 やがて視界は完全に澄み渡り、わたしの眼が捉えたのは…


「…宝玉?」


 美しい金の装飾が施された白い柱の上に佇む、透き通った翡翠色の水晶玉。しかし、歪な蔦が絡みつき今にも全てを飲み込みそうになっていた。


「この蔦を焼けば…」


 そう思い足を踏み出した、その時。耳を劈く風切り音が鳴り響き、私は反射的に翡翠を振るった。

 次の瞬間、カランと乾いた音が響き、真っ二つになったがわたしの足下に転がる。


「…どういうつもり?




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