43.聖女のしたこと

「それにしても、ゼアさんはどうして私たちの居場所がわかったの?」


 最後の疑問を言葉にすると、ゼアは「そうだったわね」とアルトゥールから視線をルナリーに向けてくれた。


「それはね、アルトゥールの体に魔石を埋め込んで……」

「おい、ウソはやめろ」


 アルトゥールのチョップがズビシッとゼアの頭に炸裂する。

 まったく痛そうにないチョップをくらったゼアは、怒ったようにアルトゥールを睨んでいた。なぜか口元は嬉しそうだったが。


「詳しい場所は、正直わからなかったのよ。自分の結界内じゃなければ、誰がどこにいるのかも探れないし。とりあえず王都に行けば情報は入るかと思って南下していたの。でも途中で瘴気を感じて、気になって寄り道してみたのよ。そしたらあの山だったってわけ」


 遠くからでも瘴気を感知できるゼアは、やはり別格のようだ。気づいてもらえて良かった。


「自然発生している瘴気だとわかったから、そのまま王都に向かおうと思ったんだけど、いきなり瘴気が浄化されたじゃない。絶対に聖女の力が関与していると思って、急いで山に向かったのよ」

「本当に助かったわ……もう、二人を死なせてしまうしかないと……」

「あの魔女相手によくやったと思うわ。ルナリーも、本当によくがんばったわね……」


 ゼアがルナリーの手を優しく撫でてくれた。

 ルナリーに姉はいないが、いたらきっとこんな感じだろう。


「ふふ、私は幸せ者だわ……兄のアル様、姉のゼアさん、それに恋人のエヴァン様に愛されているんだもの……」

「あら、エヴァンダーと付き合い始めたのね、おめでとう。残念だったわね、アルトゥール」

「うるせー、いいんだよ」


 その会話を聞くに、どうやらゼアは、アルトゥールがルナリーのことを好きだったと知っていたようだ。なんだか不思議な関係の二人である。

 こんな人がアルトゥールのそばにいてくれたら安心なのに、とルナリーは口を開いた。


「ねぇ、ゼアさん……お願いがあるの」

「なぁに?」

「私が死んだあとの話をしていいかしら」

「……ええ、聞いてあげる」


 ゼアは先ほどまでエヴァンダーが座っていた椅子に腰掛けて、ルナリーの髪や頬を何度も撫でてくれる。

 温かくて、心地いい。


「私はもう、次の聖女を探す時間がないし……あったとしても、聖女の力を教える暇はないわ。だから、この国の次の聖女を見つけて、ある程度力を使えるようになるまで教えてあげてほしいの……お願い……」


 今までは、聖女を探し出した後にネックレスを渡せばそれで済む話だった。

 しかし、そのネックレスはもうこの世にはない。ちゃんとした聖女教育が必要だ。


「ええ、わかったわ。しばらく国を離れる許可はもらっているから大丈夫よ。安心して」


 ゼアの微笑みと柔らかな声に、心底安心する。

 しばらくこのイシリア王国に留まってくれるということは、アルトゥールとも関わりを持っていてくれるだろう。

 彼女がアルトゥールの癒しの存在になってくれるに違いない。


「そういえばルー、ネックレスはどうした?」

「ネックレスは……私が無理に魔力の出力を最大にしちゃったから、砕けちゃったの……怒られちゃうかしら……」


 ゼアの座っている椅子の後ろで、アルトゥールがフッと笑う。


「それで良かったんだ。あれは不自然なものだったんだからな」

「不自然?」


 ゼアが首を傾げたので、ネックレスのできた経緯をアルトゥールが説明してくれた。

 あれは魔術師カイロンの血でできたものだったのだと。


「そう……じゃあ、ネックレスは役目を終えて砕け散ったのかもしれないわね……」

「役目を……?」

「鉱石となったカイロンが、魔女リリスの暴走を食い止めるために存在していたのかもしれないわ」

「じゃあ、聖女に命を削らせ巻き戻らせたのは……カイロンということ?」

「かもね。真実はわからないけど」


 魔術師カイロンは死してなお、リリスを守っていたのかもしれない。

 復讐というものに身を置くことなく、生きてほしいと。

 人を操ることなく。大量虐殺などせずに。

 そしてリリスの死で、それは叶えられたのだ。


 ただの想像ではある。しかし鉱石はリリスを追いかけるように砕け散っていった。その時の情景を思い返すと、なんとなくそんな気がする。

 今頃二人は、あの世で再会できているだろうか。


「結局……炎の聖女がすべての元凶だったのね……」

「それはわからないわよ。炎の聖女は未来を知っていて、リリスやカイロンを処刑しようとしたのかもしれないし、鉱石を生み出すことにしたのかもしれない」

「それって、リリスやカイロンはすでになにかを企んでいたってこと?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない。リスト様も言ってたでしょう。卵が先か、親鳥が先か、どちらが先に悪事を働いたのかは、もうわからないって」


 リリスたちがなにかを企む、もしくは二人の存在自体が未来になんらかの悪影響を及ぼす……それを予知かなにかで知った炎の聖女が、カイロンを殺すことで止めたのか。

 それともリリスたちはなにもしていないのに、私利私欲のために炎の聖女は手を下したのか。

 今となっては知る術もない。


 ただ、『なにもしていない』と言ったリリスに、手を下したのは自分だ。

 炎の聖女のように、罪のない魔女を処罰したと後世に伝えられても仕方がない。

 やはり明確な罪を犯してからにするべきだったのか……そう思っても、どこか心がやさぐれる。

 そんなルナリーの気持ちを察したのか、ゼアに瞳を向けられた。


「結果的に見れば、聖女の方に非があるように見えるかもしれない。でも、私たちはわかっているから。あなたが本当に、よくやったこと」

「ああ、イシリア王国を救ったのは、間違いなくルーだからな!」


 二人の気持ちが温かくて、涙が込み上げてきそうになる。

 誰にも理解されなくとも、大切な人たちがわかってくれるだけで十分だ。そう、思えた。


「……みんなの、おかげよ……」


 ルナリーが言葉に出すと、アルトゥールはニッと笑った。ルナリーも微笑んで見せると、今度はふんっと息を吐いている。


「まったくあいつはこういう時にいつまで頭冷やしてんだ」


 アルトゥールはそう言うと、エヴァンダーを呼びに行ってくれた。

 しかしすぐにバタバタと忙しない音が聞こえてくる。「どうしたのかしら」と言うゼアと顔を見合わせていると。アルトゥールだけが部屋に飛び込んできた。


「イーヴァのやつ、どっか行っちまった……どこにもいねえ!」


 アルトゥールは顔に焦りを滲ませながら、そう叫んでいた。

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