42.模索

 ノックの音がして、ゼアが入室を促してくれた。

 二人の護衛騎士も、破れた血まみれの騎士服を脱ぎ去って着替えている。

 アルトゥールはラフな私服であったが、エヴァンダーは替えの騎士服を着ていた。

 もう夜だし楽な服装にすればいいものを、こんなところが彼らしい。


「ルー、少し顔色が良くなったか?」

「そう? ゼアさんにね、呼吸を楽にする魔法を使ってもらったの。だからかもしれない」

「そうか……ありがとうな、ゼア」

「どういたしまして」


 そんな会話の中、エヴァンダーはルナリーの目の前へとやってきて、遠慮することなく椅子に座っている。

 まるでこの位置は、誰にも譲らないというように。


「ゼア殿。少しお聞きしたいのですが」

「なにかしら?」

「あなたは、ルナリー様の寿命を延ばす術を持っていますか」


 『どうしてあの場所に現れたのか』や『なぜ記憶を持って巻き戻っているのか』を聞くのかと思いきや、そんな質問をしていた。

 エヴァンダーは椅子に座ったまま、ベッドの足元の方にいるゼアに顔を向ける。

 しかしゼアはゆっくりと首を横に振った。


「残念だけど……人は寿命には逆らえないわ。死者を蘇らせることと寿命を不自然に延ばすことは、不可能なの」

「ではなぜ、魔女リリスは二百三十年以上……二百四十七歳まで生きたと思いますか」

「……不老の薬か、長寿の薬か、もしくはそういう能力を持って生まれた……としか……」

「秘薬です。リリスは寿命を延ばす薬を作っていたはずなのです」

「答えがわかっていて、どうして聞いたのよ」

「似たような薬を、あなたなら作れませんか」


 エヴァンダーの切実な問いかけに、ゼアはすこし眉を寄せている。


「……薬のレシピはあるの?」

「ありません。わかっていたら私が自分で作っています」

「わかりもしないものを作れはしないわ。それに聖女の力と魔女の技術は似て非なるものよ。痛みを和らげたり、苦しみを和らげたりすることはできても、自然の摂理に反したことはできないの。過去には多くの人が不老不死を望んだけれど、聖女はそれを叶えたことは一度もないわ。できないのよ」


 一気に捲し立てるように言ったゼアは、ハッと息を吐き出した。

 それでもエヴァンダーの眼光は変わらない。


「しかし、魔女リリスは結局は死にましたが、不老不死にかなり近いところまで来ていました。やはりなにか方法があるはずです」

「魔女と言えど、そんなに生きた例を聞いたことがないわ。あの魔女だけが特別だったのよ。しかもすでに討伐したんでしょう? 聞き出すこともできないわ」

「ではこのまま、ルナリー様の死を待てと!!?」


 唐突に上げられた声に、ゼアだけでなくルナリーもびくりと肩が動く。

 こんなに大きな声を感情的に出すエヴァンダーを初めて見た。

 当のエヴァンダーはハッと気づいたように「すみません」と立ち上がる。


「エヴァン様……」

「少し、頭を冷やしてきます……」


 エヴァンダーは笑みも忘れて部屋を出て行ってしまった。

 パタンと扉が閉められて、少し離れていたアルトゥールが椅子の後ろにまでやってきた。


「やりきれねぇんだよ……俺も同じだ」

「うん……わかってる」


 ついさっきまで、逆の立場だったからわかる。

 愛する人の未来が、目の前で途絶える恐怖と絶望は。

 どうにかしようと思ってくれるだけで、嬉しい。


「ところでゼアさん、どうして私たちのことを覚えているの? それにどうしてグリムシャドウに来ていたの?」

「ああそうだ、それに俺の夢にも出てきてただろ! どういう意味があったんだ?! こっちはお陰で寝不足だったんだぞ!」

「寝てる時に夢を見せてるんだから、寝不足にはなってないはずよ? まぁいいわ。まず、あなたたちと一緒に戦ったところから順を追って話すわね」


 アルトゥールは納得いかないというように口を尖らせていたが、ゼアは構わず話し始めた。


「あの日、私はアズリンと瘴気の浄化をしていたわ。浄化を終えた時、アズリンが疲労から倒れて、私は一人で結界を展開したの」

「ええ、覚えてるわ。すごいと思ったもの」

「それでね……私、聞いちゃったのよ。二人の会話を」

「え?」

「会話って……おい、まさか」

「そ、アルトゥールとルナリーの会話を、風で運んだの。結界内ならちょちょいのちょいなのよね、私って天才だから」

「おいおい……」


 アルトゥールは信じられないというように、額に指を置いて首を振っている。


「状況を知るために必要だったのよ。おかげで、二回巻き戻るつもりだってわかった。そしてすぐに準備したのよ。私も一緒に巻き戻れるように、ルナリーに波長を合わせたの」

「波長を? そんなことができるの?」

「私の結界内だったし、波長を探るのはさほど難しくないのよ。誰がどこにいるかも大体わかるの。ただ、その人と同じ波長になるのは至難の業だけどね」

「でも、できたのね……」

「なんとかね」


 聞けば聞くほど、知れば知るほど、ゼアはとんでもない聖女だ。それ以上に魔女リリスがとんでもなかっただけで。


「波長を合わせた私は、七月十日に戻っていたわ。もう一度巻き戻りを発動するとわかっていたから、ルナリーの波長のまま、じっとその時を待ったの。そして気がつけば、さらに一年が巻き戻ってた。私はソラティア様にすべての事情を話して許可をもらうと、すぐに帝国を飛び出したわ。あなたたちに会うために」

「私たちに……どうして?」

「もちろん、一緒に魔女を討伐するために決まってるじゃない! あなたたちだけじゃ殺されると思ったから、必死だったわよ!」

「それで俺の夢に出てきたのか?」

「そうよ。ソラティア様にいただいた魔石を使ってね。私が行くまで待っておきなさいって夢の中で言い続けたわよ」

「なんで俺の夢に出てくんだよ、ルナリーのとこに行けば良かったじゃねぇか」

「それは……いいじゃないの、別に」

「なんか泣いてる時もあったよな?」

「……だって、アルトゥールの反応があまりにもないから……もしかしてもうこの世にいないのかもって思ったら……」


 気の強いゼアの瞳が潤み始めて、アルトゥールは焦ったように口を開いた。


「おい、ちょ、泣くな……」

「って、ちゃんと生きてるじゃないのよー!! 反応しなさいよ! 私がいくら話しかけても耳を塞いで無視して、私が泣いてても見てるだけっておかしいでしょ!!」


 しかし潤んだと思ったのは一瞬で、今度は眉を吊り上げてアルトゥールの頬をぐにーっと引っ張っている。


「や、やめふぉっ!」

「ふんっ」

「だってお前、夢のなかでぎゃんぎゃんうるさ過ぎんだよ。なに言ってるかうまく聞き取れねぇし、こっちは地獄を味わってたんだぜ!」

「失礼ね、私のような美女の夢を見させてあげたんだから、喜びなさいよ」

「へーへー」


 そのやりとりを見て、ルナリーはクスッと笑ってしまう。

 アルトゥールは嫌がるし否定するだろうが、なんだかお似合いの二人だと思ってしまった。

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