41.残り二日
二人の宝石のような美しい瞳を見られるのは、これで最後……
その瞬間まで見守ると決意した、その時。
「ルナリー!!」
突如、聞いたことのある女性の声が耳に入ってきた。
まさかと思って振り向くと、そこには──
「……ゼア、さん……っ」
ルワンティス女帝国の聖女、ゼアが息を切らしながら山を登ってきていた。
どうしてここに、という疑問より先に願いが溢れだす。
「治癒を……二人に、治癒を……!」
「任せて!」
ゼアは駆けつけると同時に治癒を展開した。
柔らかな魔力が二人を包み込み、その中をさらさらと風が流れるようにして傷を癒していく。
治癒の聖女と呼ばれるリストの元で、長く修練してきたゼアだ。その治癒魔法はルナリーの比ではなかった。
二人は驚くほど早くむくりと起き上がり、ルナリーはあまりのすごさに目を見張る。
「これは……」
「エヴァン様……っ」
声を絞り出すと、エヴァンダーがルナリーを見て翡翠の目を細めてくれた。
もう一度、この顔を見られるとは思っていなかった。
今度は嬉し涙がぽろぽろと溢れ出る。
「ルナリー様が治癒を?」
「ううん……ゼア、さんよ……」
息苦しさを押し込めるように伝える。
ルナリーの言葉に、エヴァンダーとアルトゥールは仁王立ちしているゼアを見上げた。
「お前、ゼア!」
「お前とはご挨拶ね、アルトゥール! 心配して助けに来てあげたっていうのに!」
「心配? いや、それより今はルーをなんとかしてやってくれ!」
アルトゥールは立ち上がると、ゼアにそう頼み込んでいる。
けれどゼアは一瞬だけルナリーに目を合わせたあと、そっと横を向いた。
「ルナリーに、怪我は……ないわ……」
「だがこんなに苦しそうじゃねぇか……!」
「これは、きっと……」
ゼアは言葉を詰まらせ黙ってしまった。
アルトゥールの視線がゼアからルナリーに向けられる。
どんな顔をしていいかわからず、『二人が無事でよかった』という意味を込めて微笑んで見せた。
しかしアルトゥールは治癒のできない意味を察したのか、その顔色を悪くさせて絶句している。
「ルナリー様」
隣からエヴァンダーが穏やかな声で、そっと問いかけてきた。
その顔は穏やかとは言えない、悲しげな瞳ではあったが。
「今の残りの、ご寿命は」
愛する人を地獄に叩き落とすようなことを言わなければいけないのかと思うと、気が滅入る。
しかし、伝えないわけにはいかない。
エヴァンダーにも、覚悟する時間が必要だろうから。
「私の、寿命は……残り……二日よ……」
エヴァンダーの口は引き結ばれた。奥歯を噛み締めているのがわかり、ルナリーも口をつぐむ。
なにも言えないでいる二人に、ゼアが口を開いた。
「とにかく、ここから離れましょう。もう日も暮れるし、ここは徐々に瘴気が溢れてきている……体に毒だわ」
「……そう、だな……おい、イーヴァ」
アルトゥールに促されたエヴァンダーは、数秒ほどその場から動かなかった。
しかし一度強く目を瞑ったあと、ルナリーを優しく抱き上げてくれる。
噛み締めたままの口元は変わらず、申し訳なくて涙が出てきそうだ。
四人はグリムシャドウの山を降りていく。
時折、アルトゥールが「大丈夫か」「気をつけろ」とみんなに声を掛けてくれる以外は無言だった。
ふもとの村に着くと、ようやく宿で休むことができた。
恐ろしく長い一日だった気がする。今朝はまだ、モーングレンにすら辿り着いていなかったというのに。
ゼアが着替えをさせてくれるというので、お言葉に甘えた。
アルトゥールとエヴァンダーに「あなたたちも着替えていらっしゃい」と部屋を追い出し、泥まみれの服を着替えさせてくれる。
ベッドの上に横たわったルナリーは、ぼうっと天井を見つめた。
「ルナリー、どう……?」
ゼアがそっとルナリーの髪を撫でながら聞いてくれる。
ルワンティスにいた頃と変わらない、美しさと優しさにほっとした。
「息、が、苦しく、て……」
アルトゥールやエヴァンダーに問われても絶対に言わないであろうことを、ルナリーは答えた。
彼女ならなんとかしてくれるのではという、期待を込めて。
「そう……苦しいのはつらいわよね。待ってて」
そう言うとゼアは、右手の人差し指をぽうっと黄緑色に光らせた。
指先をそっと振ったと思うと、光はすうっとルナリーの口の中へと入っていく。
その瞬間、息苦しさはかなり楽になった。
「どう?」
「すごい……楽になったわ。どうやったの?」
「私は風の聖女よ。肺に空気を吸い込ませたり、送り出したりするのを助ける魔法を作ったのよ」
「作ったって、今?」
「ええ」
「本当にすごいわ、ゼアさん……!」
尊敬の眼差しを向けると、ゼアはふふっと嬉しそうに笑った。
「でも、根本的な解決になっているわけじゃないから……無理しないでね」
「ええ、ありがとう……」
体は相変わらず重くて、動かすのも困難な状況だ。
それでも息苦しさをほとんど感じなくなっただけでありがたい。
死を迎えるまでの間、大好きな人たちと会話ができるのだから。
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