37.なにもしていない
「
山に火をつけるということだろうか。
しかしさすがのルナリーも、山全体を一気に燃やすなんてことは不可能だ。燃やしている間に逃げられておしまいになるだろう。
そうすれば今度こそ、魔女はどこに行ったかわからなくなる。
「簡単ですよ。瘴気の浄化を始めれば、魔女は自らやってきます」
「あ……なるほど」
リリスは、炎の聖女の生まれ変わりだと思っているルナリーを、心底憎んでいるだろう。
必ず殺そうとやってくるはずだ。
瘴気が薄まってしまう前に……決着を、つけに。
「でもそんなことをしたら、瘴気の中で戦うことに……」
「では諦めて山を降り、魔女の討伐は次の聖女に託しますか」
エヴァンダーの言葉に、ぐっと眉根に力を入れる。
一瞬、そうすることを選んでしまいそうになった。
しかしだめだ。
ルナリーが死ぬまでの時間、幸せに過ごせたとしても、この呪いのループは終わらない。
エヴァンダーとアルトゥールはルナリーの死後、ここに来て魔女と対峙する気だ。瘴気を浄化できる者がいない中の戦闘で、勝てるとは思えない。
そして結局は新しい聖女も護衛騎士も、ルナリーたちと同じ運命を辿ることになる。
ここで引いても幸せになれるのは自分だけなのだと、ルナリーは痛む胸を抑えた。
「覚悟は……あるのね」
わかってはいたが、確認を取ると二人は強く首肯した。
ここまできては、自分も覚悟を決めなければならない。
たとえ今逃げたところで、“炎の聖女”に恨みを持つリリスは、ルナリーの寿命を待たずに葬りに来るかもしれないのだ。
戦う以外の退路は断たれた。
運命を……呪いのループを断ち切るのは、今しかない。
「浄化を始めるわ。準備はいい!?」
「「っは!」」
チャキ、チャキンと魔女がいつ来てもいいように抜刀している。
ルナリーはそれを確認すると、祈りを捧げて浄化を始めた。
ネックレスの赤い石から一定供給される魔力。それと自分の魔力も合わせて、森の瘴気を浄化し始める。
リリスが現れるまでに、瘴気をなるべく多く浄化しなければ、アルトゥールとエヴァンダーは負けてしまうだろう。
そう思って急いで浄化を進めていたのだが。
「余計なことをしないでもらいたいわぁ……」
すぐさまリリスが顔を出し、一瞬で冷や汗が流れる。
監視されていたのだろうか。来るのが早すぎる。
アルトゥールとエヴァンダーが、剣の切っ先を魔女リリスへと向けた。
「まったく、あなたたちはどうしていつも、なにもしていない私を付け狙うのよ……」
「なにも、していない……ですって!?」
なにを言っているのかと、ルナリーの手は震える。
魔女リリスは王都の結界を破り、瘴気を蔓延させているのだ。
それだけではない。多くの人を操り、たくさんの死傷者を出している。
アルトゥールとエヴァンダーが殺されたのも、一度や二度ではない。
「魔女リリス! あなたは人々の尊厳だけでなく、命をも奪った! その罪はあなたの命で償ってもらうわ!」
ルナリーが声を上げると、リリスの顔がみるみると不快に引きつれていく。
「……ふざけないで……!!」
重く尖った魔女の声は瘴気を震わせ、ビリビリと肌に伝わってくる。
ルナリーはゾッとして一歩下がりたいのを足に力を入れて堪えた。
魔女は見下すようにルナリーたちに冷たい瞳を向けて、言葉を紡ぎ始める。
「私は命を狙われて続けているのよ……必ずと言っていいほど、何年かおきに聖女の護衛騎士と名乗る男たちが現れたわ……全員返り討ちにしてやったけれど」
「やっぱり、あなたが……」
「聖女の護衛騎士の血は質がいいから、秘薬を作るのにうってつけだったわねぇ……」
「ひどい……許せない……!」
「許せない……?」
ルナリーの言葉を復唱した魔女は、今度は燃えるような瞳になって髪を逆立てる。
「いつも秘薬を勝手に処分され……! 殺したこともない聖女の仇だと命を狙われる!! これは正当防衛じゃない!! あなたたちの方がよっぽどひどいことをしていると思わないの!!」
怒髪天をつく勢いの魔女の言葉。
正当防衛? とルナリーは言葉を失った。
炎の聖女がどうであれ、自分は正しい道を進まなければと思っていたのに。
魔女は
なぜなら、ことが起こる前まで巻き戻したからだ。
護衛騎士は殺しているようだが、いきなり襲ってきたのだから正当防衛だという彼女の言い分も理解してしまう。
だからといって、このまま野放しにできるわけもない。放っておけば、未来がどうなるかはわかっているのだから。
なにも言えずにいるルナリーの前で、二人の騎士が一歩前に出て言葉を放つ。
「お前が国を陥れるための謀略をはかっていることはわかってんだ!」
「モーングレンであれだけの損害を出したあなたはすでに危険人物に指定されています。当然ただでは済みませんよ」
アルトゥールとエヴァンダーの言葉に、リリスはまるで芋虫でも見るかのような目で蔑んでいる。
「どうやら今までのパターンとは違っているようねぇ……聖女と護衛騎士が三人で来ることもなかったものね」
そう言ったかと思うと、魔女は小瓶のようなものを取り出した。
アルトゥールとエヴァンダーが即座に駆け出し剣を繰り出したが、瘴気の中では恐ろしいジャンプ力で切っ先を躱す。
そして着地すると悠々とそれを飲み干してしまった。
「っく、なにを飲んだ……!」
「さぁ、なにかしら?」
瘴気はまだなにほども浄化できていない。
焦りからか、心臓がドクドク鳴る。
「秘薬はまだあるのですか」
「そこの聖女が全部燃やしちゃったじゃない……まぁかまわないわ、また作ればいいだけですもの……あなたたち護衛騎士の血でね!!」
そう言った瞬間、魔女は二人に向かって爪を伸ばした。
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