36.討伐を終えたら

 ルナリーたちは馬に乗り、モーングレンから北上してグリムシャドウを目指す。

 もちろんルナリーはいつものようにエヴァンダーと二人で騎乗している。

 他の騎士を連れてくることはしなかった。良かれと思ってしたことが討伐の邪魔になることもあるし、見ているだけでも怪我をするリスクが大きいと判断したためだ。

 誰も近くにいない方が戦いやすい……ということを、先ほどの戦闘で学んだところである。


「ねぇ、グリムシャドウまではどれくらいかかるの?」


 馬上で揺られながらルナリーは問いかけた。


「そう遠くはありませんから、このペースだと三時間ほどでしょうか」


 三時間後に、また戦闘が始まる。さっきよりもずっと厳しいと予測される戦闘が。

 それも不安ではあるが、ルナリーはリリスの言った言葉がどうにも気になって仕方がなかった。


 〝あなた、炎の聖女の生まれ変わりね……絶対に許さない〟


 リリスはなにか根拠があってそう言ったのだろうか。それとも、ルナリーがたまたま同じ炎の力を持っていたから適当に言っただけなのか。


「私……本当に炎の聖女の生まれ変わりなのかしら……」


 そう思うとやりきれない。

 もしも前世の自分が罪を犯していたのだとしたら……リリスに贖罪しなければいけなくなるのだろうか。

 考えれば考えるほど、気分が重くなってしまう。


「ルーはルーだ」


 隣につけているアルトゥールが、真っ直ぐ前を見たまま言ってくれた。

 後ろからはエヴァンダーが優しく包みながら言葉にしてくれる。


「私が愛したのは、炎の聖女ではありません。ルナリー様です」


 ルナリーの前世が仮に炎の聖女だったとしても、違う人生を歩んできた時点で同じ人ではないということだろうか。

 そんな都合のいい解釈をしても構わないのか、わからない。

 なおも項垂れるルナリーに、エヴァンダーが続けてくれる。


「前世を確実に知る方法なんてものはありません。リリスの勝手な想像など、気にしないことです」

「うん……そうね、ごめんなさい」

「謝らなくても大丈夫ですよ。私にとってはルナリー様が唯一無二の存在だとわかってさえもらえれば」

「エヴァン様……」


 エヴァンダーの優しい翡翠の瞳を見たくて振り返ると、優しく唇を落とされた。

 こんな時になんだが、思わず頬が上がってしまうくらいに嬉しい。

 アルトゥールは慣れたもので、気にせず馬を歩ませている。


「討伐を終えたら、たくさんしましょう」


 こっそりと耳元で囁かれたルナリーは、首元にさわさわとしたくすぐったさを感じて身をよじった。

 討伐を終えれば、ルナリーの寿命が尽きるまでの間、ずっと一緒にいられる。

 我ながら不純な動機だと思いつつも、魔女を倒す意欲は高まっていた。



 グリムシャドウのふもとにある、小さな村が見えてきた。

 瘴気が強まり魔物が呼び寄せられた時のために、ここには幾人かの騎士が駐屯している。

 彼らに事情を話し、グリムシャドウでなにか異変を感じた時には村人を避難させるようにとアルトゥールたちが指示を出していた。


「準備はいいか」


 アルトゥールに問われて、ルナリーとエヴァンダーは首肯する。

 時刻は夕方五時半。

 夏は日が沈むのは七時を回ってからなので、まだまだ空は明るい。

 今日は休んで明日踏み込むという手もあったが、来ていることを察知されて夜襲されてはことだ。自分たちだけでなく、この村の人にも迷惑をかけてしまう。

 時間を置けば置くほど魔女も対策をしてくるだろうし、このまま乗り込むことになった。


 三人はグリムシャドウの入り口まで来ると、馬から降りる。

 見上げる山はそれほど大きくはないものの、人が寄り付かないために道らしい道はない。

 さらに瘴気が山全体を纏っていて、緑あふれるはずの木は、他の地に生えているものと比べて葉が少ない。

 アルトゥールが先に足を踏み入れ、次にルナリー、しんがりにエヴァンダーという隊形で登っていく。

 足元に生えている草花は元気がなく、煤汚れたような土が面積をとっていた。そのおかげで歩きやすくはあったが。


 しばらく山を探索していたが、魔女は見つからない。

 当初の計画では、リリスを見つけたら即ステルスを使い、アルトゥールとエヴァンダーが気づかれる前に魔女の首をとる、ということだったのだが。

 見た目はそれほど大きくない山だと思っても、実際に入ってみると思った以上に広かった。

 小屋らしきものも見つからないし、このままでは夜になってしまう。


「……夜を待っているんでしょうね」


 エヴァンダーが後ろからポツリと呟く。


「夜を?」

「ええ。リリスはこの山を熟知しているんでしょう。我々は道がわからない上に暗くなれば、逃げることはできなくなる……そう考えているのだと思います」

「魔女は身体強化しているんだろうから、夜目も効きそうだしな」


 日が暮れれば、ますます戦いは不利になる……そう思うとゾッとする。


「大丈夫ですよ。魔石もたくさん持ってきましたし、暗くなればこれを辺りにばら撒いて光に換えます」

「そっか、真っ暗になることはないわよね……」

「暗くなるまでに見つけ出したいところではありますが。この分だと、探しても無駄でしょう」

「無駄って……じゃあどうすれば」

おびき寄せるしかねぇな」


 立ち止まったルナリーに、アルトゥールが振り向きながらそう言った。

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