33.それぞれの使命

 ルナリーたちは、とうとうモーングレンの町に足を踏み入れた。

 時刻は午後二時で、リリスは病院へと出勤済みだ。調査してくれた騎士によると、いつも帰ってくるのは午後五時を回ってからとのことだった。


「ここが、魔女リリスの家……」


 担当の騎士に案内されて、ルナリーたちは魔女の家の前に佇む。

 繁華街から離れている小さな家だ。いかにもというような感じはなく、ごく一般的な庶民の家という印象を受けた。

 ただ、窓だけは内から木材で打ち付けられているようで中は見えなかったが。


「中に入れるかしら?」


 ルナリーの問いに、アルトゥールが道具を使ってドアノブの鍵を壊してくれた。

 まだ昼間だというのに中は真っ暗で、魔石を光らせて灯りをとる。


「う……っ瘴気だわ……っ」


 一歩踏み入れると、そこは瘴気で溢れていて、ルナリーは思わず顔を顰めた。


「くそ、結界に穴を開けて、ここだけに瘴気を充満させてんだ……」

「こんな器用なことができるのは、リリスしかいないでしょう」

「先に浄化するわ。こんな濃い瘴気を吸っていたら、加護が消えて操られかねないもの」


 目的の魔女であることを確信し、ルナリーは瘴気を浄化し始めた。範囲が狭いので十五分ほどで浄化を終え、もう一度中へと入っていく。

 改めて確認すると、瘴気とは違う、むっとした匂いが鼻についた。小瓶や器が並べられ、わけのわからない液体や粉や植物で部屋が埋め尽くされている。


「どれがなんの薬かしら……」

「ラベルもなんも貼ってねぇな」

「薬の調合を書いたノートも見当たりません……おそらく、すべて魔女の頭の中に入っているため、書く必要がないのでしょう」


 ノートどころか、本の類も見当たらない。薬や原材料らしきものの他には、調合用の器具しかなかった。


「どうする、ルー」

「どうせすべて魔女の利になるものしか置いてないんだから、処分してしまった方がいいわよね」

「そうだな」


 アルトゥールの同意を得て、どうやって処分しようかとルナリーは小瓶を手に取ろうとする。


「待ってください」


 しかし小瓶に触れる寸前、エヴァンダーに止められた。


「どうした、イーヴァ」

「この中にはおそらく……魔女の寿命を延ばしている秘薬もあるはずです」


 エヴァンダーの言葉に、ハッとして彼を見る。

 そうだ、魔女は秘薬によって命を延ばしているとも言っていた。

 それを見つけ出せたならば……ルナリーの命も延びる、かもしれない。


「だが、どれが寿命を延ばす秘薬なのか、わかるのか?」

「……いいえ。禁書堂で読んだ本には、秘薬に関する記述がほとんどなく……ましてや寿命を延ばす秘薬など、存在すらも認められていませんでしたから」


 エヴァンダーは禁書堂で、寿命を延ばす秘薬のことも調べていたらしい。

 秘薬に関する記述がないのは、魔女達が痕跡を残さなかったからだろう。また、書き記す必要もないのだ。知識は自分達の頭の中に、生まれた時から入っているのだから。


「エヴァン様……これだけある薬品の中から、寿命の秘薬だけを探し出せる?」

「……時間をいただければ、必ず探し出してみせます」


 エヴァンダーの態度を見て、ルナリーは思考を巡らせた。

 なにか書き記したものがあるなら、確かにエヴァンダーなら判別は可能だろう。けれどここにはなにもなく、禁書堂にも手がかりはない。

 となると確かめるには、ひとつひとつ試していくしかないのではないか。

 どんなものかもわからないものを試すのは、リスクが高すぎる。


「エヴァン様、それは──」

「聖女様、大変です!!」


 慌てて飛び込んできた騎士の声に、ルナリーの言葉は遮られた。

 緊急なのだろうと判断したルナリーは、即座に騎士に目を向ける。


「どうしたの?!」

「魔女リリスが病院を出て、こちらに向かっているそうです!」


 退勤の時間には早いはずだ。ルナリーは焦りを出さないように手をぐっと握った。

 アルトゥールとエヴァンダーは、騎士の報告を聞くなり表へと飛び出している。そして間を空けず指示を飛ばし始めた。


「近隣の市民の安全を確保しろ! 精鋭部隊はこの場で待機!」

「逃げられた時のために追跡班を用意してください。ただし距離は十分に取り、途中で見失っても構いません。町の外にも騎士の配置を」


 周囲が一気に騒がしくなった。ルナリーが家の瘴気を浄化したことで、魔女は異常を察知したのかもしれない。

 一般騎士達は市民を避難させ、精鋭部隊は陣形をとる。追跡班として騎馬隊も準備されたところで、右目を黒髪で隠した魔女が歩いてきた。

 髪は後ろで結い上げて白い看護服を着ているが、間違いなくリリスだ。


「あら……私の家に、なにか御用かしら……?」


 声は穏やかだが、顔がピクピクと動いていて怒りが伝わってくる。


「リリスだな。病院で血を違法に集めていると聞き、家を改めさせてもらった」

「中にある薬品のひとつひとつをすべて説明してもらいましょうか」

「あらぁ、そんなこと……かまわなくてよ」


 リリスは余裕の笑みに変わり、カツカツと男を蠱惑するように歩いてくる。


 エヴァンダーは、リリスに寿命の秘薬がどれかを聞き出すつもりだ……と気づいた。


 ルナリーだって知りたい。寿命を延ばす薬があるのなら、今すぐにだって飲みたい。

 けれどリリスが本当のことを言うとは思えないし、家の中に入らせて秘薬を使われたりしては、勝ち目がなくなってしまうではないか。


 そこに思い至らないアルトゥールとエヴァンダーではないはずだ。

 わかっていて、それでもどうにかしてルナリーの寿命を延ばしたいと思ってくれている。だからアルトゥールも止めていない。


 二人の気持ちは涙が出るほど嬉しい。

 だからこそ……二人に道を示さなければいけない。

 それが己の使命だと、ルナリーは大きく口を開いた。


「アルトゥール! エヴァンダー! いい加減にしなさい!! あなたたちの使命はなに!?」


 ルナリーに怒鳴られた二人の肩がビクリと動く。


「魔女の……討伐です……っ」

「なら今すぐ剣を抜くのよ!」

「「っは!!」」


 すぐに切り替えてくれるところはさすがだ。

 剣を抜くなり、二人は息を合わせたかのように魔女へと斬りかかっていった。

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