28.魔女のいる街へ

 落ち着くと食事を終えて、旅立ちの準備をし終える。

 グスタフとヘレンに「がんばっておいで」と抱きしめられたルナリーは、エヴァンダーと共に家を出た。

 家から少し離れたところで、アルトゥールが二頭の馬を連れて待ってくれている。


「もういいのか、ルー」

「ありがとう、大丈夫。待たせてしまってごめんなさい」

「いや」


 アルトゥールは問題ないとばかりに首を振ってくれて、ルナリーはいつものようにエヴァンダーと一緒に騎乗した。


 町を出て人気ひとけがなくなったところで、アルトゥールが説明をしてくれる。

 どうやら魔女は、モーングレンという町にいるらしい。王都ほどではないが、この国の五指に入るくらいには大きな都市だ。


「名前はそのままリリスだった。町一番の病院で看護師をしているようだ」


 調査に当たっていた騎士が、条件に当てはまる人物を見つけ出したらしい。

 魔女かどうかを調べるには、魔石を本人に当てなければわからず、そんなことをすれば察知されて逃げられてしまう可能性があった。

 なのでリリスの家を突き止め、出勤している時間を狙ってドアノブに細工をし、魔石を仕掛けたようだ。翌日回収した魔石を光らせてみると、魔女であることが判明したという。

 調べてみると、看護師のリリスは魔女であるにも関わらず、魔術師登録されていなかった。百五十年ほど前から魔術師登録が義務化されているので、魔女なのに登録されていないのは不自然だ。

 かなりの高確率で目的の魔女だと判断され、王都に連絡が来たということだった。


「俺たちが到着するまで、絶対に接触はするなと伝えてある。逃げられたらことだし、連行しようとすれば無駄に被害が広がるだけだからな」


 国内でトップに君臨する腕前のアルトゥールとエヴァンダーでさえ、何度も殺されてきた相手だ。結界内でも一般騎士では太刀打ちできないだろう。ルナリーたちはルワンティスの騎士が何人も葬り去られた過去を……いや、未来を知っているのだから。


「モーングレンの結界はどうなっているんですか?」

「魔石で確認したところ、ちゃんと町には結界が張られていたみたいだ」


 結界はちゃんと張られていると聞いて、とりあえずはほっとする。

 王都の結界を破壊した魔女なのだから、その気になれば消してしまう力、もしくは秘薬があるのだろう。しかしまだ力を貯めきれていないか、薬なら完成していないと考えるのが妥当だった。


「結界内なら、私たち三人でなんとか倒せるかしら……?」

「私は魔女の強さを目の当たりにしていないので、なんとも……アルはどう思いますか」

「万全の状態ならなんとかなる、と思うが……一応精鋭部隊は待機させてる。けど俺とイーヴァだけの方が連携は取りやすいし、ハッキリ言って精鋭部隊と言えども戦闘に加わられると邪魔になる可能性が高い」


 とどめの刺せるところまで追い詰めたとしても、他の騎士が出張って来られては、逆に魔女を助けるような事態になってしまいかねない。魔女を倒せるチャンスはそう転がっていないのだから、リスクは減らすべきだ。

 今までのように魅了されている者はまだいないはずだし、数と数の勝負ではなくなっているのだから。


「精鋭部隊には魔女を取り逃がさないように、周りを囲んでもらうのが良さそうですね」

「ああ。だが結界内だと町の中ということになるし、周りへの被害がどうなるか。かと言って、結界の外に出しちまえば、勝ち目はぐっと低くなる」

「ならば結界内で決着をつける他ないでしょう。魔女を討伐するなら、町中での戦闘は不可避。住民の避難だけは徹底し、安全地帯へと一般騎士たちに誘導させます」

「ああ、それしかねぇな」

「アル様、エヴァン様、私はどうすれば?」


 二人の作戦を、馬のカッポカッポと歩く音と共に聞いていたルナリーは声を上げた。


「ルーは基本的に俺たちの援護だ。俺たちのどっちかが怪我をしたら治癒、なにか魔術や秘薬を使われた場合には相殺、結界が壊されたら即座に張り直し。町中で使うのは難しいとは思うが、チャンスがあれば炎の力を使ってくれ」

「わかったわ」


 魔女との決戦が近い。

 もう巻き戻りの力は使えないし、絶対に失敗するわけにはいかないのだ。

 そう思うと、知らぬ間に体がカタカタと震えていた。

 もし失敗してしまえば、この国の辿る未来は悲惨なものとなる。責任が重大すぎて、胃に穴が空きそうだった。


「ルナリー様」


 後ろからエヴァンダーにぎゅっと抱きしめられる。温かさが伝わってくると、ほっとした。


「大丈夫、ルナリー様ならできます」

「うん……ありがとう。私もエヴァン様とアル様を信用してるわ」


 そう言いながら首を後ろに向けると、優しく口づけをしてくれた。

 しかしハッと気づいてアルトゥールの方を見ると、呆れたような顔をされている。


「や、やだ、私ったらつい……!」

「いや、いい。隠れてこそこそされるくらいなら、堂々とイチャついてくれ」

「……いいの?」

「ああ。幸せな時間は、長い方がいいからな」


 少しでも長く、ということなのだろう。

 その気遣いに感謝して、ルナリーはもう一度後ろを振り向いた。


「許可、もらっちゃった」

「では遠慮なく」


 馬上でのキスは、上手くできないけれど。その分、何度もトライされてしまう。


「まったく」


 アルトゥールの少し呆れたような、それでいて笑っているような声が聞こえた。

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