25.ルナリーの家へ
ウィンスロー家を出ると、ルナリーの家へと向かう。
いつも家まで送ってくれているので、もちろんエヴァンダーはルナリーの両親を知っている。
けれど一般庶民である両親は、侯爵令息であるエヴァンダーを引き止めたり、家に招待することはなかった。知り合い以上ではあるけれども、親しい間柄ではない。
「ただいま。お父さんお母さん、エヴァン様にも入ってもらいたいんだけど、いい?」
今まで一度も家に上げなかったので、油断していたのだろう。ルナリーの両親は「少々お待ちを」と言ってバタバタしながら、数分してようやく迎え入れてくれた。
「突然の訪問、申し訳ありません。本日はルナリー様のご両親にお話があって参りました」
普段のエヴァンダーとは違う衣装を見て、両親はなにを言われるのかとごくりと唾を飲み込んでいる。
「……なにか重大なことのようだが……」
「はい。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。実は」
「まさか、ルナリーの寿命が近いというんではないでしょうな!!?」
父親であるグスタフの言葉に、ルナリーの心臓がドクンと波打つ。
ルナリーが聖女に選ばれた時、両親は……特に父グスタフは泣いて悲しんでいた。
休みなく旅を続けなければいけないことを憂い、聖女の短命さを嘆いてくれた。
地位は上がり、潤沢なお金が入ってくるのだと言っても、まったく喜ばなかった。
そんなものはいらない、ルナリーの命が一番なのに……と。
娘が聖女であることを喜ばないのは、この両親くらいなのではないかとルナリーは思っている。
そしてそんな優しい両親を持って、この上ない幸せを感じていた。
しかし、である。
寿命が短いことを言いにきたのではないのに、勘違いされてしまった。しかも残り寿命が少ないのは当たっている。
エヴァンダーがチラリとルナリーの方を見てくれた。ルナリーがこっそりと首を横に振ると、エヴァンダーはすぐに察してくれたようだ。
「私が伺いましたのは、ルナリー様とのお付き合いのご報告と、ご両親に承諾をいただくためです」
「……え??」
これも想定外だったようで、グスタフも母親のヘレンも、目を丸めている。
「そ、そうか……ルナリーと、エヴァンダー様が……」
「まぁ……そうだったの。驚いたけれど、ルナリーが幸せなら、私たちはそれでいいのよ。ねぇ?」
「あ、ああ、そうだな。ルナリーも、いやいや付き合ってるんじゃ……ないんだよな?」
「もちろんよ!」
「そうか、それならいい」
父親がホッと息を吐いていて、ルナリーもホッとした。
「じゃあ今日はお祝いだ! 大したものはないが、ぜひ夕飯を食べて行ってください」
「ありがとうございます。しかしその前にお伝えしておきたいことが」
「なんだね?」
「昨夜のルナリー様の外泊の件です」
「ああ、アルトゥール様に聞いて知っていますよ。隣町で公爵様が怪我をされたとかで、急遽治療に行くことになったんでしょう? 連絡漏れがあったようで申し訳ないと謝られてしまったよ」
どうやらアルトゥールはそんな風に誤魔化してくれていたらしい。
もうわざわざ言わなくてもいいのではないかとルナリーは思ったが、エヴァンダーは持ち前の誠実さで口を開いた。
「それは事実ではありません」
「へ?」
「事実じゃない?」
眉を顰めるグスタフと、首を傾げるヘレン。エヴァンダーは息を吸い込むと、真っ直ぐに言い放った。
「昨夜、私とルナリー様は王都の外れの宿で、一晩中一緒にいました。申し訳ございません」
「……一晩中」
父親がそう呟いて絶句してしまった。ルナリーは慌てて父親とエヴァンダーの間に入る。
「違うの、私の体調がちょっと悪くて、それで……」
「……なにもしてないんだな?」
「えっと、それは……」
「しました。順番を間違ってしまったことを、お詫びいたします」
「……」
エヴァンダーの衝撃の言葉に、父親はまた絶句してしまった。ルナリーはどうしようと思いながらも、これ以上はなにもできずに状況を見守る。
「ま、まぁいいじゃないの、あなた。ルナリーが好きな人と結ばれたんだもの」
「い、いいわけあるか……!! 大事な娘を、お前は……!!」
父親はエヴァンダーのことをお前呼ばわりし、だけど言葉にならないようで泣きそうになりながら口をパクパクさせている。
どうやらよほどショックだったようだ。さすがにルナリーも申し訳なくなってきた。
「ごめんなさい、お父さん……でも、エヴァン様は悪くないの」
「うう……ルナリー……いつかこんな日が来るとは思っていたが……」
あまりの父親の落ち込みっぷりに、さすがのエヴァンダーも二の句を継げないようだ。
「ごめんなさいね、エヴァンダー様。一人娘で溺愛しているものだから……ほら、しっかりして、あなた」
「ううう……」
まさか、ここまで傷付けるとは思っていなかった。
正直に言わず、黙っておいた方がよかったかもしれないと思ったが、後の祭りだ。
「申し訳ありません……」
「……なぜ、謝っているのだね。娘と契ったことを後悔でもしているのか……?」
「いいえ、それはありません」
「ちゃんと責任はとってくれるんだろうな?!」
「はい、もちろんそのつもりです」
その言葉に、ルナリーは迂闊にもドキリとする。
責任なんて取る必要はない。子どもができていてもいなくても……ルナリーは残り数ヶ月の命なのだから。
エヴァンダーは父親を安心させるために言っただけだろう。だから喜ぶわけにはいかないと、ルナリーはぐっと気持ちを抑えた。
「ルナリーを生涯愛せるか?!」
「愛せます。愛します」
「幸せにしろとは言わん……ただ、不幸にはしてくれるな……約束できるか」
「……はい」
グスタフの言葉にも、エヴァンダーの誓いにも、胸が詰まる。
父親の愛情が嬉しくて。恋人の誓いの言葉が切なくて。
もうすぐ死んでしまうルナリーを前に、どんな気持ちでグスタフと約束をしたというのか。
「呑むか! 付き合ってくれ、エヴァンダー君!」
「はい」
なにやら打ち解けたのか、グスタフはエヴァンダーのことを“エヴァンダー君”と呼び始めた。気軽に呼んでくれと言われたエヴァンダーも“グスタフさん”と呼び始める。
お酒が入るとさらに態度は親密になっていくようで、ルナリーは微笑みながら二人の姿を眺めていた。
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