24.ウィンスロー家
アルトゥールに自由時間をもらったルナリーたちは、恋人のように過ごした。
否、恋人同士だった。
手を繋ぎたいなと見上げると、すぐに察知したエヴァンダーが微笑みながら、指と指を交差するように繋いでくれた。体温が伝わってくるだけで、勝手に鼓動が早くなる。
周りからはどう見られているだろうか。恋人同士に見えているのだろうか。そう思うと、嬉しさと気恥ずかしさが入り混じって心が落ち着かない。
街を散策し昼食を食べ終えると、教会の庭園へと向かった。
緑豊かな庭園には広場も泉もあり、人々の憩いの場となっている。
その一角にあるベンチへと腰を下ろすと、思い思いに過ごしている人たちへと目を向けた。
この日は休日のためか、多くの家族連れや若いカップル、それに老夫婦もお互いを支え合うようにして座っている。
子どもがきゃあきゃあと追いかけっこをしながらルナリーたちの前を通っていった。
「ふふ、元気ね。兄弟かしら」
「そのようですね」
「私はひとりっ子だから、兄弟のいる人が羨ましかったな……」
エヴァンダーがそっと肩を抱き寄せてくれて、彼を見上げる。
「エヴァン様もアル様も、兄弟が多いのよね」
「ええ。アルは弟妹が五人の六人兄弟、私は姉が二人と兄が一人の四人兄弟です」
「賑やかなんだろうなぁ」
「上を持つと大変ですよ。色々と口うるさくて」
「そうなの? 私は聖女になった時に兄が二人もできて、頼もしかったけど」
「今は一人、でしょう?」
首の後ろに手を回され、されるがままにエヴァンダーのキスを受ける。
誰かに見られてはいないだろうかとドキドキしたが、周りのカップルも当然のように愛を確かめ合っていた。よく見る光景ではあるが、自分がする側は初めてなので落ち着かない。
「ルナリー様?」
「ごめんなさい、慣れなくて……」
「昨夜、あれだけしたというのに?」
「も、もう、そういうことじゃないの……っ」
ルナリーが口を尖らせると、そこにまたチュッとされるものだから、怒れなくなってしまう。
こちらは耳まで熱いというのに。
「エヴァン様がキス魔だったなんて、思いもしなかったわ」
「隙あらばしたいですよ。今までずっと我慢していたんですから」
そして今度はこめかみにキスをされる。このままでは顔が火照り過ぎて倒れてしまうかもしれない。
隙を与えては大変だと、ルナリーは話を戻した。
「私、エヴァン様のお姉さまたちにお会いしたことないのよね。どんな方なの?」
「小うるさい、という一言に尽きますが……恋人はいないのかとか、いい縁談があるから受けろと、耳にタコができそうですよ」
「エヴァン様がそんな風に言うなんて……よっぽど仲がいいのね」
「今の話の一体どこに、仲のいい要素があったのですか」
「心配してくれているんでしょう? いいお姉さまだわ」
「では、ルナリー様がよろしければ……うちにいらっしゃいますか?」
「え、いいの?」
「私も恋人ができたと言いたいですし」
ルナリーを恋人として家族に紹介してくれるつもりだ。
嬉しいと思う反面、心は陰った。
「でも、私は……」
恋人である期間は、すぐに終わる。
ルナリーの死によって。
「来てくださると嬉しいです。姉や兄に自慢ができる」
「……いいの? 私で」
「ルナリー様がいいのです」
残り寿命が短くても構わない。そう言ってくれた気がして、ルナリーはこくんと頷く。
隙を見せたルナリーは、「ありがとうございます」と目元にキスされていた。
初めて向かう、恋人の家。
さすがに侯爵家は大きくて、住む世界が違うことを実感してしまう。平民気分の自分が来てもいいのだろうかと尻込んでしまった。
ルナリーも聖女になった時に、大きな屋敷を与えられることになっていたのだが、ルナリーは旅で滅多に帰らない上、両親がそんな大きな屋敷はいらない、自分で買った家に愛着があるからと辞退したのだ。
よって、引越しはせずに、一般的な庶民の家のままである。警備騎士によってセキュリティは上がっているが。
ウィンスロー家に連れて行ってもらうと、使用人から彼の両親まで大騒ぎになった。
結婚して出ている二人の姉も呼ばれて、わいのわいのとルナリーは囲まれてしまう。
「まさか、聖女であるルナリー様を、うちのエヴァンダーが射止めるなんて!!」
「ルナリー様、本当にこの弟のことが好きなんですの!? 騙されてません??」
「だ、騙されてなんていません……っ」
「エヴァンダー、お前もやるなぁ! どうやって落としたんだよ!?」
「落としたのではなく、私が落ちたのですよ、兄上」
「わはは、なるほどなぁ!!」
エヴァンダーの親や兄姉だから、もっと厳格な人々だと思っていたのだが、存外フランクで楽しい人たちだった。
こんな素敵な人たちがエヴァンダーの家族なら、きっと自分が死んでも彼を慰め立ち直らせてくれるだろう。
そう思うと少しホッとした。
三時のお茶の時間にしようとエヴァンダーの母親が言い、幾人かのメイドたちが手際よく用意をしてくれる。
紅茶とポルボロンが出されて、エヴァンダーはこんな美味しいものを普段から食べていたのかと思い、謎クッキーを出した黒歴史を改めて塗りつぶしたくなった。
「ところでエヴァンダー。ルナリー様とはいつからお付き合いしていたの?」
「昨日からです」
母親の質問にエヴァンダーが答えると、ピシッと一部の空気が固まった気がした。
「昨日……? エヴァンダーお前、昨日は家に帰って来なかったよな……」
父親の言葉に、今度はエヴァンダーの二人の姉たちも固まり始めた。
「え……エヴァンダー、本当なの!?」
「まさか、その日のうちに手を出したりはしてないでしょうね!!」
詰め寄る姉二人に、エヴァンダーはなにも言わずに飄々と紅茶を飲んでいる。
「出してる……この態度は、手を出してるわ……!!」
エヴァンダーの態度で気づくとは、さすが姉である。
「なんてこと! 申し訳ありません、ルナリー様!」
「いえ、あの、その、合意の上ですので……」
なにを言わされているのかと、ルナリーの顔は余すところなく熱くなった。
「ばかやろう、エヴァンダー!! すぐ手を出すやつがあるか!!」
「っぐ!」
今度は兄のゲンコツがエヴァンダーの頭に炸裂する。エヴァンダーが人に怒られて殴られる姿など、初めて見た。
「ルナリー様のご両親のところには挨拶に行ってるんでしょうね!?」
「いえ、まだ」
「バカなの!?」
「バカね!!」
「バカだな!!」
姉二人と兄にバカと言われたエヴァンダーは、それでも表情を崩さず、なにかを考えるように紅茶を飲んでいる。
「大事なお嬢さんを……しかも聖女様だぞ! 今すぐご両親に謝ってこんか!!」
「そうします」
父親に言われたエヴァンダーは、すぐにそう言って立ち上がり、「着替えてきます」と部屋を出て行ってしまった。
どうしようかと思いながらポルボロンの口溶けを堪能していると、エヴァンダーの姉が隣にやってくる。
「本当にごめんなさい、ルナリー様……うちのバカが」
「いえ、エヴァン様はばかなんかでは……」
「あの子はひねくれててわかりにくいでしょうけど、あんなに浮かれてるエヴァンダーを見たのは初めてよ。まさか、ご両親への挨拶を忘れるだなんて……ルナリー様と恋人になれて、本当に嬉しいのだと思うわ。これからも弟を、どうぞよろしくお願いします」
どうやらエヴァンダーは、相当に浮かれていたらしい。ルナリーの目には、そんな風には映っていなかったが。
本当だとしたら、少し嬉しい。
エヴァンダーが戻ってくるまでの間、姉たちに昔の話を聞かせてもらった。
彼は子どもの頃から表情が薄く、なにを考えているのかわからなかったらしい。
だが負けず嫌いで、勉強も剣術も学年でトップを取らなければ気が済まないようなところがあったようだ。
なので頭はいいのだが、どこか一般的な考えからズレていることがあるのだと嘆いていた。
そういえばアルトゥールも『イーヴァのやつは、頭は良いくせにバカだよなぁ』と言っていたのを思い出す。
確かにエヴァンダーは、理解し難い言動をよくとっている。さらりと自決の提案をしたときなど、その最たるものだ。
だけどルナリーは、エヴァンダーのことを愚かだとは思わなかった。凡人である自分には理解できない思考があってこその、行動だと思っているから。
色々話を聞いていると、着替えを終えたエヴァンダーが戻ってきた。
騎士服ではない、貴族の正装。
それを当然のように着こなすエヴァンダーを見て、普段とは違う姿にバクンと心臓が音を立てる。
「お待たせしました、ルナリー様。行きましょう」
「え、ええ……」
差し伸べられた手をとって、ドギマギしながら立ち上がる。
「あの、今日は急にお邪魔してしまったにも関わらず、温かく迎えてくださってありがとうございました」
ルナリーが挨拶をして頭を下げると、また今度ゆっくり話しましょうと口々に言ってもらえてホッとする。
そして部屋を出ようとすると、「エヴァンダー!」と一番上の姉に呼び止められていた。
「あなた、ちゃんと責任は取るつもりだったんでしょうね?」
「当然です」
「なら良し。頑張りなさい」
姉の言葉に首肯したエヴァンダーは、ピンと背筋を伸ばしてウィンスロー侯爵家を後にした。
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