23.夢に

 翌朝、ルナリーとエヴァンダーが宿を出ると、目の前にはアルトゥールが立っていた。

 昨日話し合った時に一番近い宿がここだったので、目星をつけていたのだろう。


「お前らな、もういい大人だからなんも言わねぇけど、心配するからせめて一言連絡しろ!」


 開口一番に怒られて、ルナリーは隣を歩くエヴァンダーに隠れるようにへばりついた。

 どうやらルナリーの両親が、家に戻って来ないことを心配して、アルトゥールの家に聞きに行ってしまったらしい。アルトゥールは事情を察して、うまく言ってくれていたようだったが。

 エヴァンダーは「私の落ち度です」と謝っていて、アルトゥールに「気をつけろ」と叱られていた。


「で、ルーの体調は大丈夫なのか?」

「え?」


 その言葉に、ルナリーは思わずドキンと心臓が鳴る。


「そ、そんな、心配されることはなにも……だってエヴァン様は優しかったし……」

「わかった、みなまで言うな。体調が治ってんならそれでいい」


 アルトゥールが心配していたのはそう・・いうことではなかったと気づいて、顔が熱くなる。

 実を言うと、軽い息苦しさはずっと続いているので万全ではなかった。けれど今は幸せ過ぎて、気にならないくらいではあったが。


「まだ魔女も見つかってねぇし、もう少し時間がかかりそうだ。見つかったら家の方に連絡入れとくから、それまでルーとイーヴァは好きに過ごしてくれ」

「そんな、私たちだけ自由に過ごせないわ。一緒に魔女の捜索に加わった方が」

「いや、いい。ようやく気持ちが通じ合えたんだろ? 青春、取り戻してこい」


 アルトゥールがニッと笑い、ルナリーはエヴァンダーと顔を見合わせる。

 十六歳から五年間……巻き戻った今は四年間だが、ずっと旅し続けて普通の暮らしとは無縁だった。そんなルナリーにアルトゥールは“普通”を味わわせてくれるつもりなのだと気がつく。

 時間が残り少ないことを、わかっているから。


「ありがとう、アル様」


 お礼を言うとアルトゥールの口角は上がり、首肯してくれた。


「アル……いいんですか?」

「なにがだ?」

「アルも、ルナリー様のことが……」

「待て、それはお前の誤解だ」

「ですが、アルもルナリー様を愛していると」

「そりゃそうだろ。大事な妹を愛さねぇ兄はいねぇよ」

「本当に妹だと?」

「……当然だ、しつこいぞ」


 ルナリーもアルトゥールの気持ちは兄としてだと言っていたのに、エヴァンダーはまだ疑っていたらしい。

 エヴァンダーはちゃんとアルトゥールの口から聞くことで、ようやく納得できたようだった。


「アルはルワンティス女帝国でいい人がいたという話でしたし、私の勘違いのようですね」

「あー、そうそう、俺はルワンティス女帝国で……まぁもう終わった話だ。どうせルワンティスの奴らは記憶を失ってる」


 言いながら、アルトゥールはどこか寂しげな顔をした。

 ルナリーも寂しいのは同じだ。二ヶ月も一緒に過ごしたルワンティスの聖女である、リスト、ゼア、アズリンとは、出会ってさえもいないことになっている。

 ともに命を賭けて戦った仲間を、ルナリーとアルトゥールは覚えていても、あちらは覚えていないのだ。寂しくなるのも仕方がない。


「ルワンティスと言えば、ルーは夢を見たりはしてないか?」

「夢……? いいえ。どうして?」

「いや、なんか最近やたらと夢にゼアが出てきてな……」

「ゼアさんが? 私は見ないけど……夢に見るほど、ゼアさんのことが好きだったの?」

「それはない! あの女だけは、絶対にねぇ!」


 必死に否定するということは、逆になにかあったのだろうかと疑ってしまう。


「ゼアさん、いい人だけど」

「まぁな。でもぜんっぜん好みのタイプじゃねぇし」


 ゼアは三十二歳で姐御タイプの活発美人だ。同じく兄貴タイプのアルトゥールとはソリが合わなかったのかもしれない。


「アル様の好みのタイプって?」

「そりゃ……」


 ルナリーが目だけで見上げると、アルトゥールと視線がバチリと合って。


「お子様には教えねぇよ」


 いつものように手が伸びてきて、ルナリーの金髪がくしゃくしゃと笑いながら撫でられた。


「もう、子どもじゃなくなったわ……!」

「わかったわかった。じゃ、なにかわかったら連絡入れるから、楽しんでくれ!」


 アルトゥールは踵を返し、ヒラヒラと手を振りながら去っていく。

 そのあと、エヴァンダーがなぜかルナリーの頭を撫でてくれていた。


「どうしたの? エヴァン様」

「いえ、別に。ゼアというと、ルワンティスの聖女ですね。アルと仲がよかったのですか?」

「どうかしら……二人で話をしてた印象はあるけど、進軍の際の打ち合わせばかりだったように思うわ」

「そうですか。じゃあアルはやはり……」

「……?」


 その次の言葉は続けられず、ルナリーは首を傾げる。

 エヴァンダーは「もう手放すような真似はしませんけど」と呟いて、ルナリーの肩を優しく抱いてくれた。

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