15.告白

 それから三人で話し合った結果、魔石を集めながら王都に戻ることになった。

 今いるところは王都から少し離れていた場所だったが、二週間もあれば戻れるだろう。

 気は急いたが、その間はいつもと同じように過ごせた。

 アルトゥールとエヴァンダー、三人で旅をするのもこれが最後となるのだ。急いで戻らなければいけないとわかってはいても、この時間がいつまでも続いてほしいと願ってしまう。


 その日、宿場町に着くと、いつものように話しながら夕食をすませた。

 まだ時間が早かったので夕涼みをしたいと言うと、エヴァンダーが付き合ってくれる。


 宿の庭に設置されてある長椅子に、ルナリーはエヴァンダーと共に腰掛けた。

 穏やかな風がそよぎ、心地よい涼しさが肌に触れる。夕陽が西の空に傾くごとに、オレンジ色や紅色の光を広げていた。

 のどかな風景。

 遠くには丘や山々が連なり、美しい自然が広がっている。美しさに身を委ねる、贅沢なひとときだ。


 だが、あと二日もすれば、王都に辿り着く。

 この平和な旅も、終わりが近づいていた。


「今までありがとう、エヴァン様」


 不意にお礼を言いたくなって言葉にすると、エヴァンダーは端正な顔を少し歪めている。


「お礼を言われるのは早いですよ……まだ、これからです」

「うん……でも言いたくなったの」

「……そうですか」


 困らせてしまったかもしれない。そう思ったルナリーは、話題を変えるために口を開いた。


「ねえ、私の……聖女の護衛騎士に任命された時って、どう思った?」

「どうしたんですか、急に」

「聞いたことなかったなと思って……ダメ?」


 視線だけで隣を見上げると、エヴァンダーは軽く首を振って答えてくれる。


「そうですね。聖女の護衛騎士は国で一番誉れ高い職ですし、もちろん嬉しかったですよ」

「私みたいな小娘の護衛でも?」

「ご自分で小娘なんて言ってはいけません。初めてお会いした時、なんておかわいらしい方なのかと思いました」

「本当?」

「はい。私は末弟で妹はおりませんが、いたらこんな感じだろうかと思うくらいに」

「……そう」


 妹。

 わかっていたことだから、落ち込む必要はないはずだ。

 なのにやっぱり心はがっくりと肩を落としている。


「私の相手は、大変だったでしょう?」

「そんなことありませんよ」

「だって私、旅なんて初めてで、いつも泣き言ばかり言ってたし」

「誰でも最初はそんなものです。騎士候補生時代に実習でさせられた二ヶ月の旅では、私もアルも幾度となく音を上げましたから」

「アル様とエヴァン様にも、そんな時代が?」


 若い二人が音を上げている姿を想像して、思わずクスッと笑ってしまう。


「それを考えると、本当にルナリー様はよく頑張ってこられたと思います。もういやだと泣いていても、最終的には前を向かれましたから」

「それは、エヴァン様とアル様のおかげだわ。あの手この手で私の機嫌を取ってくれて……」

「ルナリー様には、その土地の名物の食べ物が一番効きましたね」

「う! だって、美味しいんだもの……」

「特にアリアン地方のイチゴタルトには、行くたびに目を輝かせておられました」

「もうっ、よく見てるのね!」

「それはもちろん、見ていますよ」


 翡翠の目を優しく細められて、ルナリーの心がドクンと昂る。


 見ていた。いつも、どんな時でも。


 そんな風に言われた気がして、鼓動が落ち着かない。

 平常心に戻らなくてはと、ルナリーは当時のことを思い出した。アリアン地方には四回訪れたが、四度目には季節が違って、イチゴタルトは食べられなかったのだ。それが残念だとルナリーは息を漏らす。


「アリアン地方のイチゴタルト……もう一度、食べたかったな……」

「……」


 口をついて出てしまった言葉に、これを言ってどうするのかと慌てて言い訳をした。


「違うの。あの時はほら、王都にも美味しいものはあるって知らなかったから。ほら、私って貧乏な平民だったし」

「私は、ルナリー様が旅の途中で作ってくださった手作りクッキーが、一番おいしいかったですよ」

「あ、あれは失敗作だったじゃない!」


 なにを言っているのかと、ルナリーは手を左右にふりふりして否定した。


 あれは確か、旅を始めて二年目のことだ。


 アルトゥールもエヴァンダーも自分の誕生日を言わなかったので、ルナリーは知らなかった。だがその日、偶然エヴァンダーの誕生日だと知り、急遽野宿の最中に作ったのである。

 当然のことながら材料は揃わず、設備もなにもない中で作ったため、ボロボロのクズクズで、甘くもない謎クッキーができただけだった。

 なのにエヴァンダーは文句を言うどころか、翡翠の目を細めて『美味しいです』とまで言ってくれた。

 隣には、眉間に皺を寄せながら無言でノルマ分を食べる、アルトゥールの姿。普通は優しくても、それが限界の反応だろう。

 優しすぎるエヴァンダーの性格がよくわかるエピソードである。


「美味しかったですよ。ルナリー様が私のために作ってくれたのだから、当然です」

「うう……もっとちゃんとした思い出になれば良かったのに……」

「私にとっては最高の思い出ですよ」


 真顔で言われて、ほんの少し救われる。

 あんなクッキーだったが、最高の思い出と言ってもらえて、現金なことに心は浮き立った。


「……でも私はいつも誕生日を祝ってもらっていたのに、二人にはほとんどなにもしなかったわね……」


 それだけが心残りだ。

 日程的に野宿の日に当たることもあり、ちゃんと二人の誕生日を祝ったことはない。


「それは我々も同じです。ルナリー様の誕生日はもっとちゃんと祝いたいと思っていたんですが、中々時間も取れず、簡素なものになってしまって」

「ううん、十分嬉しかった。エヴァン様ったら夜空を見上げて、『この満天の星空が私からのプレゼントです』って真剣な顔で……ふふっ」

「アルに大笑いされた時ですね……そんなにおかしかったですか?」

「ふふっ。エヴァン様らしくて、最高のプレゼントだった」


 つい思い出しながら笑ってしまうと、エヴァンダーは少し困惑顔で、それでもうっすらと笑みを見せてくれる。


「それなら良かったです」


 エヴァンダーのそんな顔を見るだけで、身体中がたまらなく好きだと訴えてくる。

 もっと早く気付けられたなら、少しは妹から脱却できていただろうか。

 今となっては、すべて遅いが。


 ルナリーとアルトゥールが思い出話に花を咲かせていると、夕焼けが徐々に深まり、空の色は濃くなってきた。

 紅色の光で空が染められ、雲には深い輝きが宿っている。

 美しい景色を二人で見つめながら語り合う、穏やかな時間が流れていった。


 今、好きだと言ったらどうなるだろうか。


 そんな疑問がルナリーの頭をもたげた。

 困らせるだけなのはわかっている。それはただの自己満足なのだということも。


 言いたい気持ちと言ってはいけない理性との狭間で葛藤し、胸は軋むように悲鳴を上げていた。

 そんなルナリーに、少し緊張した声が聞こえてくる。


「ルナリー様。聞いてほしいことが」


 エヴァンダーの真面目な顔が目に入り、ルナリーは居住まいを正した。


「なぁに?」

「少々驚かれることを言うかもしれません」


 なんだろうと、ルナリーは不安を大きくさせた。

 嫌な予感がして聞きたくないとも思ったが、聞かないとやはり気になる。


「……わかったわ、どうぞ」


 意を決して伝えると、エヴァンダーもまた、意を決したように息を吸い込んだ。


「好きです。ルナリー様」


 エヴァンダーからの、唐突の告白。

 ルナリーは自分の耳を疑いながら彼を見つめる。


 煌めくような翡翠の瞳が、真っ直ぐルナリーに向けられていた。

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