14.六周目 命を削るタイムリープは誰がため

「あああ………っ!!」

「うう……っ!!」

「二人ともいきなり泣き出して、どうしたんです?」


 太陽の光が降り注ぐ街道の真ん中で、ルナリーは騎乗していた。エヴァンダーに、後ろから手綱を握られて。


「エヴァン、様……っ」

「はい。どこか、ご気分でも?」

「エヴァン様ーーッ!!」

「わ、危ないですよ、ルナリー様」


 後ろを向いてぎゅうっと抱きつく。エヴァンダーは素早く馬を止めると、ルナリーを抱きしめながら一緒に降りてくれた。


「イーヴァ!!」


 アルトゥールも自分の馬を降りると、エヴァンダーとルナリーを丸ごと抱きしめてくれる。


「なんなんですか……アルに抱きしめられても嬉しくありませんが」

「イーヴァ……今日は、何月何日だ……?」

「どうしたんですか、本当に。今日は七月十日でしょう。今朝、ルナリー様が聖女になった丸四年のお祝いをしたばかりじゃないですか」


 エヴァンダーの言葉に、ルナリーとアルトゥールは復唱する。


「七月十日……」

「聖女になって四年……ちゃんと一年戻れているわ……!」

「二人ともさっきから、なにを言っているんです?」


 さすがのエヴァンダーも、困惑顔で眉を顰めている。

 そんな彼に説明するため一行は立ち止まり、今までの出来事を隠さずに話した。


「そんなことが……にわかには信じ難いですが、二人して嘘をつく理由も、嘘をつく才能がないことも知っていますからね。アルにはこれだけの壮大な話を作れるだけの発想もないですし、本当なのでしょう」

「おい」

「失礼。つい事実をつらねてしまいました」


 少しむっとするアルトゥールと、飄々としているエヴァンダーを見て安心する。

 平時の二人の姿を見られる喜びが、ルナリーにほっと笑みをこぼさせた。


「それで……ルナリー様のご寿命は、また九年減った二十二歳ということでよろしいのでしょうか」


 エヴァンダーが少しけわしい顔で訪ねてくる。

 確かに計算上は確かにそのはずだった。

 ルナリーは自分の寿命を確認して、言おうかどうか悩んだが……結局は正直に寿命を告げる。


「私はもう、二十一歳を迎えられないと思うわ」


 一年戻って、現在のルナリーは二十歳の体となっている。

 巻き戻りの幅が大き過ぎたのか、二連続で巻き戻った影響なのか。

 理由はわからないが、十年以上の寿命が縮まっていた。残り数ヶ月の運命だ。

 アルトゥールとエヴァンダーが、二人して愕然としている。


「悪かった、ルー……俺が二回巻き戻れと言ったから……」

「アル様のせいじゃないわ。あれは、私が決断したことなの。だって私、アル様とエヴァン様のいない未来なんて……考えられなかったから……」


 そう言いながら涙が溢れそうになり、ルナリーは必死に堪えた。


「私ね……二人には生きていてほしいの。私の寿命が尽きていなくなっても……」

「ルー……」

「ルナリー様……」


 二人して下げられる眉。

 タイプの違うコンビだが、こういう時だけはシンクロしているなと二人を見つめる。


「あの時、二人が無事だったなら、時を巻き戻せたとしてもしなかったわ……どれだけ損害が大きくても」


 自分本位な考えに、嫌われてしまうかもしれないと声を震わせる。

 だけど、言わずにはいられなかった。

 涙よ出てくるなと飲み込み、ルナリーは二人に訴えるように声を上げる。


「聖女として失格かもしれないけど、私は……私が命を削って巻き戻るのは、アル様とエヴァン様のためだけなの! だから……」


 我慢していたものが、目からつつぅと流れ落ちていく。ぽたりと落ちた涙は地面にすうっと消えていった。


「二人が生きてくれたなら、私の命はなくなってもかまわない……!」


 ルナリーは本心を言い切る。しかし本音ではあるが、強がりでもあった。

 本当は、彼らと共に生きたい。

 また一緒に旅をして、笑って、助け合って……生きていきたかった。


 二人はなにを言うべきか迷っているのだろう。神妙な面持ちで、歯を食いしばっているのがわかる。


「……私にできることはありませんか、ルナリー様。なんだってします……なんだって……!」


 先に口を開いたのはエヴァンダーで。

 いつも飄々としている彼が必死に訴えている姿は、込み上げてくるものがある。


 ありがたい、とルナリーは感謝した。


 たとえ恋愛感情はなくとも、エヴァンダーは妹として自分のことを大切に思ってくれている。

 しかしそう思えば思うほどに、ルナリーの胸はツキンと痛んだ。


 少し前に自覚していたのだ。エヴァンダーのことを兄とは見られず、ひとりの男性として好きになっているのだと。


 だからと言って、エヴァンダーが『なんでもする』と言ったのをこれ幸いと、『恋人になって』などと言えるわけもなかった。

 言えばきっと、エヴァンダーは恋人になってくれるだろう。

 彼は聖女に仕える護衛騎士。しかもルナリーは残りの寿命はわずかなのだ。

 優しいエヴァンダーが、ルナリーの要求を断れるはずもない。


 きっと、望めばデートをしてくれる。

 キスを望めば、してくれる。

 その先のことだって、ルナリーが望むならエヴァンダーはなんだってしてくれるのだろう。とびきり、優しく。


 だけどそれは自発的にしてくれるわけではないのだ。ルナリーが無理やりさせてしまうだけ。

 どれだけ嬉しいことを言われても、甘い言葉を囁かれたとしても、それはエヴァンダーの優しさだから。

 彼の慈悲心を利用することだけはしたくない。なんでもすると言ってくれたエヴァンダーだからこそ、負担はかけられない。


「ありがとう、エヴァン様……気持ちだけで、十分よ」


 ルナリーがそう答えると、エヴァンダーは端正な顔立ちを歪めていた。


 そういう人だからこそ、ルナリーはエヴァンダーのことが好きなのだ。

 気づかなかっただけで、おそらく……ずっと前から。


 残り数ヶ月で永遠の別れが来るのだと思うと、好きだなんて言葉は決して伝えられないけれど。

 人を愛する気持ちを気づかせてくれたエヴァンダーに、ルナリーは感謝していた。

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