06.エヴァンダーと二人で
今度はエヴァンダーが魔石を光らせた。さっきアルトゥールが光らせたオレンジ色の光は、クズ石だったためにすでに消えている。
エヴァンダーが光らせた魔石は青白く、闇夜を淡く照らしていた。彼のあとをついていくと、「どうぞ」と促されて先ほどとは違う切り株に腰をかける。
「エヴァン様も、どうぞ」
「いえ、私は」
「どうぞ」
ルナリーが心臓をばくばくさせながら誘うと、エヴァンダーは「失礼します」と隣に座ってくれた。
アルトゥールがあんなことを言ったせいか、さっきまでは感じもしなかった心臓の音がやけにうるさく聞こえる。
騎乗するときは密着しているし、旅の途中では彼に寄りかかって眠ったこともある。ドキドキしなかったわけではなかったが、こんなに心臓が飛び出しそうになるほどでもなかった。
「大丈夫ですか、ルナリー様」
エヴァンダー特有の柔らかい声が、心に優しく響く。
「だ、大丈夫って?」
「私には記憶がないですが、壮絶な体験をしていらっしゃるので……」
「エヴァン様……いっぱい死なせちゃってごめんなさい……」
「覚えていないのだから、大丈夫ですよ」
エヴァンダーは翡翠の目を細めて、そっと頭を撫でてくれた。
ただの妹扱いだとわかっていても、ルナリーの金髪は喜ぶように揺れている。と同時に、子どもだと言われているようで胸がズキンと痛んだ。
「アルはなにか言ってましたか? ああ、言いにくいことならば答えなくて結構ですが」
「え……と」
アルトゥールは『ルナリーの好きな男はイーヴァだったと確信した』と言っていたが、それはなぜだか言葉にできなかった。
今まで隠し事などせずにやってきたつもりだが、ルナリーはその部分を誤魔化すように口を開く。
「アル様は、あなたがひねくれてるって言ってたわ」
言ってしまってから、これも言うべきではなかったかと思ったが、エヴァンダーは珍しくぷっと吹き出している。
ルナリーはそんな彼の顔をじっと見つめた。
「ひねくれてる、ですか。自分ではそんなつもりはないんですが、よく言われます」
「だってエヴァン様って、なにを考えているかよくわからないんだもの」
ルナリーが眉を下げると、エヴァンダーは薄く笑っただけでなにも言わなかった。
こういうところがよくわからない所以なのだが、本人は気づいているのだろうか。
「そういえば、アル様は恋人と別れていたのね」
「ああ、知らなかったのですか? 護衛一年目で、家督相続権を次男に譲ったのがきっかけのようでしたね」
「家督相続権を?」
「ええ。伯爵家の嫡男なのに王都にいることがまずないですし、アルは護衛に集中したかったんだと思います。その頃から恋人とはうまくいかなかったようで、次に会った時には相手は結婚していたらしいですね」
「……私のせい?」
「違いますよ」
恋人だと思っていた人が、次に帰ると別の人と結婚していた。それはどれだけつらいことだったろうか。
アルトゥールは謝るなと言っていたが、やはり自分のせいではと責めてしまう。
エヴァンダーはキッパリと否定してくれたが、申し訳なさが募った。
「それにアルも、本当は恋人と別れられてホッとしていたんじゃないでしょうか」
「どうして?」
「それは……」
先の言葉は言ってはいけないというように、エヴァンダーはそっと口を閉じて少し困ったように片眉を下げている。
アルトゥールは元恋人の他に、気になる人がいたりしたのだろうか。
「エヴァン様は、大丈夫……?」
「なにがですか?」
「その、こ、恋人とか……婚約者とか……」
アルトゥールに聞くのは平気だったというのに、エヴァンダー相手ではなぜかどもってしまった。
「帰るたびに婚約を勧められていますが、今の状態では相手に申し訳ないですから、すべて断っています。恋人もこの五年間、いた試しがないですよ」
すべて断っている、恋人もいない……その話を聞いただけで、ルナリーの息は勝手にホッと漏れていた。
「珍しいですね。ルナリー様がこんな話をなさるとは」
「それは……私だって年頃だもの。ちょっとは興味あるわ」
「十六歳の時からずっと青春を捧げて国のために生きておられますからね。本来なら恋人の一人や二人はいたでしょうのに」
「そんな人、町にいてもできなかったと思うけれど」
聖女に選ばれずに普通に暮らしている想像をしても、恋人ができている自分の姿を想像することはできなかった。
むうっと少し口を尖らせると、エヴァンダーはうっすらと笑っている。
「ルナリー様のようなかわいい人が近くにいたなら、男は放っておきませんよ」
「そうかしら?」
「そうですよ」
「エヴァン様も?」
言ってしまってから、ドキンと心臓が鳴る。
物欲しそうな顔をしてしまったかもしれないと、慌てて唇を結んだ。
「私もきっと、そうなったでしょう」
真っ直ぐに向けられる翡翠の瞳に、照れは一切感じられない。
また、欲しい言葉をくれただけ──
エヴァンダーが優しいことは誰よりよくわかっているが、だからこそこういうところは残酷だと感じる。
好きだから言っているのではない。それがありありとわかって。
「なぜ、泣いているのですか……」
ほんの少し顔を顰めたエヴァンダーが、ルナリーに尋ねた。
いつのまにかルナリーの目からは涙が一筋降りていて、思わずうつむく。
「……本当ですよ」
続けられる優しい言葉。
もしもそんな状況であればという
本心を押し隠して、聖女であるルナリーの機嫌をとるために。
聖女がすべてを投げ出してしまえば、国は滅びの道を歩んでしまうから。
護衛騎士は国を護るために、聖女のやる気を引き出させているだけ。
それが、彼ら護衛騎士の本当の任務。
どれだけ大変な仕事だろうか。
こんな小娘に、へこへこと頭を下げて機嫌を取らなければいけないなんて。一体どれだけの屈辱だろう。
優秀な者ほどこんな大変な任に就かされてしまい、同情を禁じ得ない。
「ルナリー様」
「ごめんなさい、大丈夫」
ルナリーは急いで涙を手の甲で拭き取った。
「エヴァン様もアル様も、いいと思える人がいたら結婚を優先してもらわなきゃ。私のせいで婚期を逃しているなんて、耐えられないもの」
「ルナリー様、我々は」
「大丈夫! 二人がいなくても、私は聖女の務めを立派に果たしてみせるから。安心してね?」
なるべく明るく見えるように、笑いながら伝えた。
上手く笑えていたのかどうかは、ルナリーにはわからなかったが。
「……では、ひとつ約束してください」
「え?」
真面目なエヴァンダーの顔がさらに真顔になり、ルナリーも居住まいを正す。
「もしも私がこの先死んでも、魔女を倒せる算段があるなら……もしくは倒せそうなところまで来ていたなら、時間は巻き戻さないでください」
真剣な表情は、見るだけでわかった。本気で言っていることなのだと。
胸が針で突かれているような痛みを発し始めて、ルナリーは微かに首を横に振った。
「そんな、エヴァン様を見捨てるようなことは……」
「私がいなくとも、聖女として立派に務めを果たせるのでしょう?」
「そういう意味じゃ……」
「同じですよ。大丈夫、ルナリー様ならきっとできる。私は信じていますから」
そういう言い方はずるい……とルナリーは奥歯を噛み締め。
聖女としての責務のために仕方なくこくりと頷くと、それでいいと言うようにエヴァンダーも首肯していた。
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