05.四周目 アルトゥールと二人で
「イーヴァ! よかった……巻き戻った……!」
「なにを言ってるんですか、アルまで」
ルナリーを支えてくれる手。エヴァンダーの温もりがここにあり、アルトゥールも目の前にいる。
「う……う……うあぁぁああああ!! エヴァン様、アル様ぁぁあああああ!!」
「ルー?!」
「ルナリー様?」
唐突に泣き叫んだルナリーを、二人の護衛騎士は優しく包んでくれた。
もう何度も同じことを繰り返している気がした。
星空の下、白湯を飲みながらルナリーはまた説明をしていく。
アルトゥールに二周目の記憶はあったが、殺された三周目の記憶はなかった。
エヴァンダーにはもちろん、すべての記憶はない。
ルナリーは最初から三周目の出来事までを事細かに話し、すべて伝えた頃には日付が変わっていた。
現在のルナリーの寿命は約四十歳になっている。現在二十一歳のルナリーは、残り十九年の命ということだ。
「くそ……っ、俺たちが死ぬたび、ルーの寿命が減っちまう……!」
アルトゥールの言葉を聞きながら、エヴァンダーは懐中時計を確認していた。
「タイムオーバーですね……もし次がある時は、日を跨ぐ前に簡潔に話してください。泣いている時間がもったいなかったですよ、ルナリー様」
「イーヴァ、そういう言い方はねぇだろ! 急いで話したからってなんになる!」
「アルならそのうち気付けます」
「お前はまた、わけのわからねぇことを……!」
エヴァンダーの言葉に、ルナリーの胸はズキンと痛む。
泣いている時間がもったいなかった……そうなのかもしれないが、泣くことなど無駄と言われたようで、胸が引きちぎられそうだ。
エヴァンダーに嫌われているのではないか……そう思うと、怖くて顔も見られない。
「ごめん……なさい……」
「いえ、謝ることでは」
エヴァンダーはしまったというように声を上げた後、とびきり優しい声になった。
「私だって、ルナリー様の寿命が減るのを良く思っているわけではありません。もう時間を巻き戻さないでほしい……それが本音です」
「エヴァン様……」
エヴァンダーは優しい。
ルナリーの気持ちを察知して、ほしい言葉をくれる。その言葉が心からのものなのかは、ルナリーにはわかりかねたが。
エヴァンダーの本心がわからない……そう思うと、ルナリーの心臓はぎゅっと掴まれたように苦しくなるのだ。
「……ちょっといいか、ルー」
「え? ええ」
アルトゥールの言葉と態度を見たエヴァンダーが、「先に少し休みます」と木に体を委ねていた。
魔石で小さなオレンジ色の灯りを作ったアルトゥールについていく。少し離れたところに切り株があり、座るようにと促された。
「俺もいいか?」
「もちろん」
ひとつの切り株に、ルナリーとアルトゥールは肩を寄せ合って座る。
「ルー。イーヴァのこと、どう思ってる?」
「どう……って……」
アルトゥールのいきなりの質問に、ルナリーは太ももをもぞもぞとさせた。
離れてはいるけれど、もしかして聴こえてしまうのではないかという不安から、ルナリーは声量を落とす。
「ちょっとわかりにくいところもあるけれど、アル様と同様、素敵な兄だと思っているわ」
「兄? 本当か?」
心まで覗き込まれるように問われて、ルナリーの顔はカッと熱くなる。
「ほ、本当よ……」
少し口を尖らせて言うと、アルトゥールはフッと笑った。
「そうか。俺は、巻き戻りのトリガーがイーヴァだったと聞いて、ルナリーの好きな男はイーヴァだったと確信したんだけどな」
「そんなの、わからないわ」
「素直になった方がいいぞ、ルー。あいつもちょっと、ひねくれてるからな」
「あいつも、って……私はひねくれてなんかない」
「ああ、失言だった。そうだな。ルーは優しくて可愛くて、素直ないい子だ」
ストレートに褒められると恥ずかしくて……だけど嬉しくて、ルナリーは綻ぶ口元を押さえた。
「そういうアル様こそ、前に恋人がいるって言ってなかった?」
「は、そんなのとっくに振られちまったよ。護衛になって二年目だったかな。王都に帰った時に会いに行ったら、あっちはもう結婚してて迷惑だと言われた」
「え……そうだったの……?」
聖女はもちろん、護衛騎士も王都に帰る回数は年に数えるほどしかない。
しかも二週間もすれば、また旅に出なければいけないのだ。
恋人を作る暇も、ましてや結婚する暇もない。
普通に暮らしていれば、アルトゥールは伯爵の嫡男だし、エヴァンダーは末弟とはいえ侯爵令息だしで、引く手あまただっただろう。
アルトゥールが二十七、エヴァンダーが二十六という年齢にしてまだ独身なのは、聖女の護衛だからに相違ない。
「私の護衛をしてるせいで……」
「なに言ってんだ、ルー。俺はこの仕事に誇りを持ってる。謝るなよ?」
「……うん」
そういえば、歴代の聖女の護衛騎士も現役時代は結婚をしていなかったようだった。
聖女が短命で亡くなったあとも、独り身を通している人が多いと聞く。不思議な現象だ。
「なんにせよ、魔女をどうにかする手立てを考えないとな」
「……」
あの魔女に勝てるのだろうか。そう思うと、石を載せられたように体がズンと重くなった。
「まぁ今日は休もう。明日になればいい案も浮かぶだろ」
「……眠れそうにないわ」
「それでも休むんだ。戻ろう」
アルトゥールに促されて戻ると、エヴァンダーは焚き火に木を放り込んでいる。
「起きてたのか、イーヴァ」
「少し落ち着かなかったので」
「なんだ、ちょうどいい。ルーも眠れないっつってるから、二人で話してこいよ」
ルナリーは、『えっ』と叫びそうになる声を押し殺した。
きっと『早く寝た方がいいですよ』と断られるに違いない。心はしゅんとしたが、エヴァンダーは……
「ルナリー様がよろしければ」
と言ったので、ルナリーはコクコクと頷いていた。
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