04.魔女との対峙

 結局ルナリーたちは、七月十日より先に進むしかなくなってしまった。

 しかし、このまま王都に行ったところで結果は同じだ。

 時間はかかるが、近隣の町や村で魔石を買い占めようという話になった。

 魔石は鉱山から採掘される便利なのもので、火を念じれば火を生み出し、水を念じれば水を生み出してくれるものだ。発想によって使い方は無限に広がる。

 ただし一般に出回っているのはクズ石ばかりで、大した威力はない。火にしたところで火種程度のものだ。

 それでも聖女の力を増幅させるように念じれば、クズ石でも量があればどうにかなるかもしれない。


 そうして魔石を集める中、暇を見つけてアルトゥールとエヴァンダーは剣の手合わせをしていた。

 特に、エヴァンダーの切り替えしの際に見せる隙を、徹底的になくすようにアルトゥールは告げている。彼も、あの時のエヴァンダーの死にはこたえたのだろう。

 今度は絶対に誰も死なせたくないと、ルナリーは赤いネックレスをギュッと握りしめていた。


 三人はクズ石と下級石、それに中級以上の高価な石も、あるだけ魔石を買い占めた。

 人気ひとけのなくなる夜に瘴気を浄化し、朝までには王都中の瘴気を消し去るのが目標だ。

 そしてなるべく早く結界を張ること。

 瘴気がなくなれば、魔術師の能力は通常に戻る。さらに結界を張れば、魔術師の能力は落ちるのだ。そうすれば勝ち目は見えてくるはずである。


 瘴気の影響を受けないように、エヴァンダーとアルトゥールに加護を施すと、一行は王都にやってきた。

 静かに目と目で合図すると、二人は魔石を取り出して聖女の力の増幅を願ってくれる。

 力が溢れ出てきたルナリーは、瘴気を浄化していった。

 魔石のおかげで浄化スピードは前回よりはるかに早い。どす黒かった瘴気がどんどん全体的に薄くなっていくのが見てとれた。これならば朝までに浄化は終わりそうだ。

 しかし空が白みかけた時、瘴気の渦が唐突に現れた。


「いやねぇ……聖女が帰って来ていたなんて」


 聞き覚えのある声。ゾクッとして声の方を見ると、魔女が悩ましい姿で立っている。

 エヴァンダーとアルトゥールが、即座に剣を抜いて構えた。


「あいつが魔女だ、イーヴァ」

「そのようですね。ルナリー様は気になさらず、このまま浄化をお続けください」

「気をつけて……!」


 もう少しで町を浄化し終える。

 浄化を終えれば、あんなでたらめな強さは発揮できないはずなのだ。


「いきなり剣を抜くなんて、物騒だこと。殺されても文句は言えないわよ……?」

「こっちのセリフだ。臭い瘴気を纏わせやがって」

「これ以上、ルナリー様の命を削らせるわけにはいかない。覚悟してもらいましょう」


 二人の言葉に魔女はむっと口を下げている。

 全体の瘴気が薄まっているとはいえ、まだ魔女が有利な状況には変わりない。

 魔女がパチンと指を鳴らすと、ぞろぞろと騎士たちが現れた。


「魅了済みだ。容赦はするな、イーヴァ」

「わかってます」

「アル様……エヴァン様……」


 ダメだとわかっていても、不安な声をあげてしまう。

 ルナリーは一刻も早く瘴気を浄化しようと魔力を込めたが、魔女の背中からドス黒い湯気のようなものがゆらめき始めた。聖女によって薄められた瘴気を補充して、元に戻すつもりだ。

 こんなことをされてはいつまで経っても浄化は終わらない。


「俺は魔女の瘴気を止める。騎士はお前がどうにかしろ!」

「了解」


 エヴァンダーが了承の言葉を放った途端、二人は同時に飛び出した。

 エヴァンダーが騎士を一刀のもとに切り伏せると同時に、アルトゥールは魔女へと斬りかかる。

 ひらりと躱した魔女はしかし瘴気を出せず、アルトゥールの応戦にかかりきりになっている。

 濃い瘴気でない分、能力は前回のように飛び抜けてはいないようだ。


「今のうちに……!」


 ルナリーは最大の力を放ちながら瘴気を浄化する。

 いくら二人でも長くは持たない。一刻も早く瘴気を浄化し、結界を張る必要がある。

 そうすれば必ず勝てる──


「うぐあああ!!」


 そう思った瞬間、アルトゥールの心臓に、黒く鋭いものが突き刺さって背中を貫いていた。


「アル様!!」

「なんだあれは……爪……?!」


 シュルッと音がして、伸びていた爪が魔女の指に戻る。

 アルトゥールはドサリとその場に倒れて、もうピクリとも動いていない。


「あ……あ、アル様……!」

「っく……」


 ルナリーは泣き叫びたい気持ちに駆られながら、キッと魔女を睨みつけた。


「どうしてこんな酷いことを……!!」

「いやだわぁ、先にあなたたちが斬りかかってきたのだから、正当防衛よ?」

「瘴気を解除しなさい! なにが目的なの!!」

「国を乗っ取るって、魅力的よねぇ……うふ」

「な……」


 ルナリーが絶句すると、魔女はニタァと口が裂けるように笑った。


「私ねぇ……もう二百年も、この国を乗っ取ろうとしているのよねぇ……でも何故か、途中で頓挫しちゃうのよ……」

「二百年……? 人がそんなに生きられるわけがないでしょう!」

「ふふ、そこが魔女の不思議なところ。秘薬なんかがあったりしてね……? あら、喋りすぎちゃったわ」


 魔女はそう言って、ジリッとルナリーににじり寄ってくる。

 それに気づいたエヴァンダーが騎士を斬り伏せ急いで戻り、ルナリーを庇うように立ってくれた。


「エヴァン様……時を、戻します」

「……わかりました」


 こそこそと会話し、エヴァンダーの腕を掴んで聖女の力を引き出そうとする。しかし──


「……できない……」


 ネックレスが光らない。時間を、巻き戻せない。


「どう、して……!!」


 アルトゥールは動いていない。確実に息を引き取っているというのに、なぜか巻き戻りの力は発動しない。

 にじり寄ってくる魔女。

 ぶるりと体を振るわせるとエヴァンダーは振り向き、ルナリーに笑みを見せてくれた。

 こんな時になぜ……と思った瞬間、エヴァンダーの唇から言葉が放たれる。


「トリガーは、私のようです」

「そん……」

「私が死んだら、発動してください」

「ま……っ」


 止める間もなく、エヴァンダーは魔女に向かって斬りかかっていく。

 アルトゥールの時と同じく、しばらくは応戦できていたものの、最終的には──


「ぐあああああッ!!」


 魔女から伸ばされた爪が、エヴァンダーの体を真っ二つに引き裂いた。


「いやあああああああああーーーーーーッ!!!!」


 その瞬間、ネックレスから閃光が放たれ。

 ルナリーはまた、まばゆい光の中で時を巻き戻した。

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