第42話 (研究所にて)大地、眠りから覚めてーー

「ーーん…」

目覚めた時、僕はソファーの上にいた。

視線の先に現れた木目の荒い天井が僕の目に呆然と映っていた。

「ここは…」

僕はゆっくりと身を起こす。

目の前に映る茶系色のテーブルには飲みかけの紅茶が冷めきっていた。

「そうか…。僕はずっと眠っていたんだ」


色んな出来事が僕の脳内で交差しながら忙しく駆け巡っていた。

フラッシュバックを浴びたように次々と過去の記憶が蘇ってくるようだ。

「空良ーー」

その名前が口からフッと小さく漏れた。

「そうだ! 空良!」

僕は空良と一緒にいた。

空良はどこ? ここは…?


僕は辺り一面を見渡す。 ーーが、僕以外 誰もいない間取り6畳くらいの部屋には

ソファーとテーブルがあるだけで、その他は何もない。

人の気配さえも感じられない。所々 途切れた記憶の中に空良の存在があって、

それが夢と現実の間で僕の頭中は錯乱状態だった。

夢か? 現実か? どこまでが夢でどこから現実?

僕はまだ真実を受け止めるだけの覚悟はなかった。


「お目覚めですか? 大地君」


(この声は…幸之助さん?)


「え? 幸之助さん?」


幸之助さんの声が聞こえる。―—が、幸之助さんの姿はどこにも見当たらない。

幸之助さんの声だけが閉めきったリビングに響いていた。



その声の主が幸之助さんだと僕の頭脳が覚えていたのは確かな現実だった。

僕は幸之助さんの声に誘導されるように少しずつ時計の針が巻き戻され

現実の世界に近づいていた。暗闇の脳内にあらゆる方向から流れる無数の

光線に描かれた過去のメモリーがパズルを埋めるように重なり合っていく。


空良がAI? バカな…そんなはずはない。

そう思いつつも僕の思考回路は次第に現実へと引き戻されていくのだった。

空良がAIだという真実が少しずつ確かなものに変わっていっても僕の脳裏には

あの日 防災訓練の時に出会った空良の強烈な天然パーマが印象深く焼きついて

いた。


『大地―――』


僕は繰り返す空良の声を思い出す。空良の声は木霊するようにずっと僕の耳に

染みついていた。空良の笑った顔も怒った顔も、膨れっ面をした顔も、触れた手も

触れた唇も僕は空良の全てが好きだった。例え空良の人格が変わったとしても、

例え空良が完璧なヒューマロイドになって僕と出会ったことを全てリセットされ

忘れていたとしても僕は空良を見つけ出して きっと空良にまた恋をする。


全ての記憶を思い出した僕は空良の秘密を知り、空良の回復を待っている間、

幸之助さんにこの場所へ連れて来られた。

幸之介さんに『何か飲み物でも飲む?』と聞かれた僕は『じゃ紅茶で。ホットで

お願いします』と答えたことを思い出す。

その紅茶を一口飲んだ直後に何だか眠くなって僕はとうとう眠ってしまった。


(もしかして、この紅茶…睡眠薬でも入っていたのか……)


僕を眠らせて、いったい何をしたのだろうか……。

僕は自分の体に手探りで触れてみるが、別に変った所もなく違和感さえ

感じられなかった。


(やっぱり、気のせいか……)


「大地君、これは現実だよ。そろそろ空良が目覚める時間です」


「え?」


「その部屋を出て廊下を右へ進んだ後、左隣の部屋に入って来てくれますか。

現実を受け止めるだけの勇気があれば…ですけど。もし、それができないなら

廊下を左に行けばすぐエレベータがあるのでそのまま帰ってもらってもいい

ですよ。大地君の判断に任せます」


そう言って、幸之助さんの声はプツっと途切れた。


せっかく全てを思い出したのに、待っていた現実はあまりにも残酷で、

僕は眠りにつく前に言った幸之助さんの言葉を思い出す。


空良が目覚めた時、僕と過ごした時間は全てリセットされ、

空良は完璧なAIヒューマロイドとなっている。



選択肢は2択ーーー


僕はソファーから下りてドアがある方へと向かっていた。


意外にも僕の心は海のような荒波はなく、険しい山を歩くみたいな曇った

表情もなかった。僕の中ですでに心は決まっていたからだ。


『早く空良に会いたい……』という想いが強く高鳴っていた。



そして、直進した僕の足はドアの前で立ち止まり、その扉を開ける――――ーーー。












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