第43話 完成された人間の人工頭脳と感情を持つ      AIヒューマロイド誕生

選択肢は2つ…右か左か……


考える間など僕には必要ない。答えは最初から決めていた。


足音が響く廊下にダウンライトが照らされ、僕は直進して行く。


例えその先にどんな試練が待っていたとしても僕は僕自身が選んだ道に

後悔はない。


この命も空良に救われた。それと引き換えに空良は人間を失った。

生まれ変わった空良はAIヒューマロイドになって僕の前に現れた。


幸之助さんはそんな空良の不憫ふびんな箇所をメンテナンスしながら

日常を過ごしてきたんだ。本当は幸之助さんだって人間だった頃の空良と

もっと長く過ごしたかったに違いない。幸之助さんの空良に対する想いが痛い程、

よくわかっていた。自らの手にかけても空良を傍に置いておきたかったのだろう…。

空良の脳内に僕の名前のみをインプットしていたのは実験…つまりは試作品を送り

込むことににより、人間の感情データを吸収し、より人間らしく作り上げ、幸之助

さんの手によって仕組まれたことだと僕は気づいた。


そう…全てはこの日の為に……研究データを収集していたのだ。


幸之助さんの研究者としての血が常識を超えて作り出そうとしている

人間に寄り添った完璧なAIヒューマロイド。


僕には全てを見届ける権利がある。



そして、今、僕は目の前の扉を開ける―――ーーー。


あとは運命を受け止めるだけだーーー。


僕が指示された部屋に入ると、そこは見覚えのある研究室だった。視線の先には白衣を着た幸之助さんの背中が映っていた。幸之助さんが見つめるガラスケースの中には まだ空良が眠っている。寂しく笑う幸之助さんの横顔が僕の視界に入り込む。

幸之助さんも多分、空良の目覚めを心待ちにしているのだろう。


静かな研究室に響く靴音がやけに大きく感じる。

自分の靴音なのにじわじわと耳についていた。


僕は幸之助さんに何て声をかけようかと戸惑っていた。


僕身体の中に空良の臓器の一部が入っている。幸之助さんはどんな気持ちで

僕に空良の臓器の一部を提供してくれたのだろう。天野先生に聞いても何も

答えてはくれなかった。医療機関側は臓器提供者については機密にしなければ

ならないことはわかっている。でも…僕は知ってしまったんだ。

僕の右脳は以前に比べ瞬時に起こる判断力と直感的行動力が優れているように思う。昔の僕は勉強はできても、それ以外何もなかったような気がする。

空良と友達になりたくてもなかなか言い出せない臆病者だった。

おまけに高所恐怖症。防災訓練の時に木の上で景色を眺めていた時だって

本当は足がガクガク震えていた。でも最近じゃ、僕自身 ビックリするくらい

行動力がある時がある。そんな時は急に頭痛がしたり、その前後の記憶が曖昧

だったりする。まるで自分以外の誰かが支持を送り行動しているような感覚を

感じていた。僕はそれも本来の隠された才能だと自負していたのだ。

昔から空良の行動力は半端なくぶっ飛んでいた。今 思うと、それも空良が

本能的に僕の身体を使い動かしていたように思う。





ある日のことだった―――。


病室で眠っているときだった。微かに耳に入り込んできた音で僕は目を覚ます。


『先生、臼井さんの右脳の一部を提供された女子中学生なんですが…』

『ああ…。すぐにご家族の方が引き取りに来られたよ』

『そうですか…。これ…多分、彼女の遺留品だと思うのですが…。

どうしましょう…』

『私が預かっとこう。電話して取りに来てもらいますよ』

『先生、彼女のご家族の方の連絡先を聞いていたんですか?』

『ああ……一応な…。救急だったし…あの後、急患も入って来てドタバタ

してたからな。医者も看護婦も…』

『さすがです。あの瞬時に連絡先を聞けるなんて。私が戻ってきたときには彼女の

遺体もご家族の方もいなくて慌てました。それで、私、思い出したんです。

彼女のご家族の方と天野先生が何かお話されていたことを……確か、名前は…』

『猿渡空良…』

天野医師がボソッと呟く。

『え…? 彼女、猿渡空良ちゃんっていうんですね。それじゃ先生、保険証の

提示と緊急手術許可書類のことを頼んでもらってもいいですか? 一応、

臓器移植手術もしていますし……』

『わかりました。その事も含めて話しておきましょう』

『すみません。宜しくお願いします』


(猿渡…空良…!?)


僕の病室に天野先生と看護婦はいない。時計の針は深夜2時を差している。

廊下も静かで人の気配などまったく感じられなかった。


じゃ、2人はどこで会話しているんだ?


どこか別の離れた場所で天野先生と看護婦が話をしていると考えれば

理論が成り立つ。そんな遠くにいる2人会話がなぜ僕の耳に聞こえて

きたのか不思議だった。僕は以前に比べ聴覚も優れているように思えた。

しかも、細かく途切れた音や小さい音、その場所にいるはずもない人の会話が

いつも聞こえてきたのは右脳に近い右耳からだった。


全てを思い出した僕は空良の存在を知った。身体中から込み上げてくる想い。

涙が溢れ出して止まらなかった。


僕の中で空良は生きている……。





研究室のガラスケースに入った空良の回復メーターのランプが赤から青に

変わりつつあった。95パーセント…

僕は幸之助さんの背中をジッと見つめていた。


―――幸之助さんが僕の気配に気づいたのは僕が研究室に入って

                       数分が経った頃だったーーー。


幸之助さんは体をこっちにひねり、僕の方へ視線を向けた。


「やあ、必ず君は来ると思っていたよ」


僕はゆっくりと近づいていくーーー。


僕が幸之助さんの隣まで辿り着いた時だった。回復メーターの数字が

100パーセントとなり、機材に搭載されたAI機能が発信する。

「前データリセット、データ更新完了」


プッシューーーキィーーー。


ガラスケースの上扉が開くーーー。


空良の記憶には今までの僕はもういない……。


空良の目がゆっくりと開いていく。

僕は唾を飲み込んだ。空良と顔を合わすのが少し怖くなった。

僕のことを覚えてない空良が僕を見てどう思うだろうか?

変に思わないだろうか?

僕は空良に何て声をかけたらいいのだろう……。


空良は体を起こし、ゆっくりとガラスケースから出てきた。

空良の目をまともに見ることができなかった。

空良は首を傾げキョトンとした顔で僕の方をジッと見ていた。


「おはよう、空良…。よく眠れたかい」

「お父さん…おはよう。まだ少し眠いわ」


僕は唖然にとられていた。その容姿は見惚れるほどに美少女だった。

しかも、幸之助さんの事を「お父さん…」って…。全然、違和感など

感じられないくらい人間みたいな細かい表情をする。


「お父さん…そっちの人は?」

「ああ…」

「はじめまして、臼井大地です」

僕は幸之助さんに紹介される前に自分から名乗り出た。空良に僕の名前を

アピールするためだ。

「そう、そう。空良の学校のお友達が来てくれたんだよ」

「猿渡さん、暫く学校休んでたから少し気になって…」

僕は嘘をついた。過去の僕と空良のことを説明したって今の空良には

理解できないと思ったから。それより、これから空良と僕は また一から

再スタートとなる。過去の記憶をゴタゴタと辿るよりもまた一つ一つ

思い出を積み重ねる方が僕は大事だと思ったんだ。


「はじめまして、臼井君。猿渡空良です。よろしくね」


空良は僕に向かってしたたかな笑顔で微笑んだ。


ドッキ―ンーーー


僕の心臓は空良の笑顔に思いっきり撃ち抜かれた、、、、、


それは、今まで見た空良の笑顔の中で一番の笑顔だった――――ーーー。




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