第9話 神は沈黙しないと言った青年

 M大学から近い場所、品川区や目黒区にかけ、私は聖書を手にして伝道の真似事をして、私達、大井バプテストの教会員達は歩いていた。昭和32年の春頃の事である。

 みーちゃんとは会えずにいた。私は神学科に進んでいたものの、教会には所属していなかった。そこで、神学科にいた先生に連れられて、品川区の大井バプテストの教会員になり、教会の集まりに参加する様になった。順序は普通、バプテスマを受けてから、神学科に進む。私は『運命の先取り』をしてしまった訳だ。

 教会は大きく、教会員(クリスチャン)は大勢いた。そこに大谷という牧師がいた。髭を生やし、いかにも牧師らしい牧師であった。第一印象は厳しそう、と感じたわけだ。私はそこで、将来の伴侶となる、日野久志と出会うのであるが、、、

 そこに只野さんという夫人がいて、私はその只野さんと親しくなった。只野さんは娘、息子、全員イエス•キリストを信じる、敬虔なクリスチャンホームの家庭だった。

「佐藤さん、大谷先生の話どうだった?」

只野さんが私に訊く。

「はい、大変分かりやすく、心が踊りました」

只野さんと大谷先生の説教(メッセージ)の後、私は燃える様な気持ちになっていた。私は歩きながら訊く。

「何かすべき事はありますか?」

只野さんは、ふふふ、と笑い、

「特に示された事以外、やる必要はありませよ」

と言った。

「何かせずにいなれないのです」

「それなら、会堂の清掃から始まるのは?」

「聖書の研究もしたいです」

「なら、大谷先生のご子息に、、、」

この時、大谷先生は、6人の兄弟がいた。福岡にあるS大学にその息子である次男が、神学生として赴いていた。

「豊田さんは? 豊田さんのセルに出たいです」

と、私は言った。

セルとは教会員の集う、分かち合いの場であった。

「美江さんの?」

「はい」

豊田美江、という教会学校の女性教師のセルに、と私は只野さんに頼んだ。只野さんは、是非そうしなさい、と言うと、そのまま、私は只野さんと別れて、叔父さんの家に帰った。

 この頃、叔父さんの家の次男である周が、詐田と言う女性と付き合いだした。この詐田と言う女性は、快楽主義者であり、T大の経済学を学んでいた。詐田は頭が良い分だけ、質が悪かった。

 詐田は、キリストを信じず、無神論者であった。加えて、周を仕切りに夜の妖しげな会に誘っていた。少し前の私自身を見ているかの様で、私は詐田を嫌っていた。詐田が実は森家の次男の周に、変な薬を渡していた。その事実を知るに至るまで、時間はかからなかった。


ヒロポンだ。詐田は、周にヒロポンをする様に誘う、悪女わるだった。

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