第8話 観客
啓介は、サーキットがあるM町の住民である。ゆえに、招待券が年に数枚配布されているので、サーキットにやってくる。最初はメインスタンドで見ていたが、ストレートからハイポイントまで見えるものの、遠くにしか見えず、なんか物足りなく感じていた。
今年になって、いい観戦ポイントを見つけた。レストラン近くに第3コーナーを見下ろすスペースがある。元々は観客用ではないところだったが、ここに小さなテントを立てて場所とりをして見ている。第2コーナーから第3コーナー、そしてヘアピンと言われる第4コーナー、それとS字コーナー、ハイポイントコーナーまで見ることができる。それも第3コーナーは30mほど前という近距離なのだ。欠点としては、レース全体を知るモニター画面がないことだ。でも、いいものを手に入れた。タブレットでコース内を監視しているモニターが見られるのだ。近くのスポーツカフェで流れているモニター画面がタブレットでも見られるようになった。画面が勝手に切り替わるが、レースの状況をつかむことができる。スポーツカフェで登録し、サーキット内でしか見られないということだったが、町内なら見られるという話もある。もちろん有料だが、そんなに高額ではない。でも、今日のレースは平穏だ。たまにオーバーランするマシンはあるが、接触・転倒事故がなく、3つのレースが終わった。
昼食は、すぐ近くにあるレストランで牛タン焼きを食べた。ちょっと高いように感じるがイベント食なのでいた仕方ない。足りない分はコンビニで買ってきたおにぎりですました。レストランの裏にはトイレもあり。観戦ポイントとしては申し分ない。
3時、JSB(スーパーバイク)のレースが始まった。ウォームアップランなのに本番なみのスピードで第3コーナーを抜けていく。
グリッドにマシンがもどってきて、レッドシグナルが消灯。一斉にスタート。轟音とともに、全車が第1コーナーに突っ込み、そのまま第2コーナーに入る。スタート直後なので、スピードはそれほど出てはいない。と言っても、200km近いスピードなので、迫力はある。2つのコーナーなのだが、ライダーはひとつのコーナーのごとくターンしていく。マシンを倒したままターンしていく。さすが最高峰のライダーたちだ。
第3コーナーは下りの左コーナーだ。トップライダーたちに、ここのコーナーが一番きついと言わしめるところだ。接触・転倒がよく見られるところだが、JSBのライダーたちは接触ぎりぎりでターンしていく。
2周目、ランキングトップの中嶋の独走が始まった。10mほど離れて2位集団で争っている。3番手のライダーがブレーキポイントを遅らせて抜きにきた。2番手はインをおさえている。3番手は大きく膨らんでラインを越えた。サーキットアナウンサーが
「ゼッケン9番。オーバーランしました。コースにはもどり、異常はないようです」
と言っている。第3コーナーはエスケープゾーンが広いので、こういう無茶な追い越しをかけるライダーが増えた。
3周目、またもや2位争いが第3コーナーで起きる。2台並走して第3コーナーに飛び込んでくる。すると、アウトにいたマシンが先にブレーキをかける。インはその直後にブレーキをかけるが、間に合わない。大きく膨らんだ。そこにアウトにいたマシンがきれいなラインで抜いていく。追う者の強みだ。というような接戦が見られるのがここのポイントで、啓介はここがお気に入りだった。
4周目からは、ほぼポジションが確定し、順位キープの走りが続いた。最近のレースはバカをするライダーがいなくなったと、あるレース通の人が言っていた。たしかに、そうかもしれない。かつての抜きつ抜かれつのシーンは前半しか見られなくなったのはやや物足りないが、四輪のレースよりはスリリングだと啓介は思っている。
20周目、トップの中嶋が周回遅れに追いつきそうな勢いだ。彼は絶対王者だ。メカのトラブルさえなければ、負けることはない。だが、30才を越え、ピークは過ぎている。かつてはMotoGPにワイルドカードでスポット参戦をしたことがあるが、中団を走るのがやっとだった。見方によっては、中嶋が速いのではなく、他のライダーが遅いということに尽きるのかもしれない。かつてのノリックや大治郎といった天才ライダーがでてきてほしいと思う啓介であった。
と思っていたら、サーキットアナウンサーが悲痛な声をだしている。
「白煙をだしているマシンがいます。ゼッケン49番です。場所は裏ストレートです」
裏ストレートで何かが起きている。ここからは見えないが、メインスタンドで巨大モニターを見ている観客からは、大きなため息がもれている。タブレットのモニターにはその場面がでていない。裏ストレートが映った時は、すでにレッドフラッグが振られた時だった。順番に画面が切り替わる方式なので、見たい画面がでてくるわけではない。マシンはスピードをゆるめ、ピットにもどっていく。
(大ごとになったな)と思っていたら、JSBは規定の75%を越えたということで、レース成立となった。
最後のレースJP250のスタート時刻になっても、オイル処理は終わっていない。これでレースが終わりかと思い、テントをたたみ、表彰式が見えるメインスタンドに場所を変えた。
スタンドに座ると、ちょうど表彰式が始まったところだった。中嶋は、誇らしげに優勝カップを掲げている。あと1戦残っているが、今年のチャンピオンはほぼ確定だ。表彰式とは別にコントロールタワー前で集団ができている。どうやらJP250のライダーたちだ。ミーティングをしているように見えるが、なかなか解散しない。そして4時45分。アナウンサーが、
「5時にコースインとします。5時10分、ウォームアップラン開始です」
と伝えている。5時5分までにグリッドにつかなければならない。コントロールタワー前にいたライダーたちは蜘蛛の子を散らすように各チームのピットやテントに走っていった。オフィシャルたちの動きもあわただしい。カウントボードを出すレースクィーンは小走りでピットレーン出口に向かっている。夕方の寒い時間帯なのに、へそ出しルックだ。
(レースクィーンも大変だな)と思いながら、それを見ていた。
5時13分。レース開始。20台が一斉にでていく。あたりはうす暗くなっている。ところどころにライトが点き始めた。ナイター照明はないので、大丈夫かと思ったが、無事レースは終了した。巨大モニターはウィニングランの様子をながしている。スタンディングで手を振っているライダーがいた。レースができたことで、嬉しかったに違いない。
帰路につくために、シャトルバスに乗ろうとしたら、近くに停まっているオフィシャルカーの脇でレースクィーンの撮影会をしていた。先ほど、小走りでピットレーン出口に向かっていた彼女だ。
「茜ちゃん、こっち向いて!」
とカメラマンが叫んでいる。それに応じてポーズをとっている。
(茜ちゃんというのか。へそ出しで寒いだろうに・・・)と思いながら、しばらく見ていた。茜ちゃんはいやがらずに笑顔を続けている。
(けっこうかわいいな)と啓介は思った。次回は一眼レフカメラを持ってきて、茜ちゃんのおっかけをしようかとも思った。そのうちにマネージャーらしき人がきて、解散となった。
シャトルバスは満員だった。そして駐車場から出るまでに30分以上かかった。帰り道の渋滞にもはまり、町内の自宅についたのは1時間後だった。ふつうなら5分の距離なのに・・・正直へとへとになった。本日の任務終了。
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