第7話 レスキュー

 真理はレスキューのリーダー格である。仲間からは「親方」と言われている。名字が相撲部屋と同じということもあるが、体格もちょっとぽっちゃり型だかららしい。みんながそういう言い方を知っているのは知っている。ただ面と向かって言われることはない。一度、事情を知らない若手が目の前で「親方」と言ったことがあるが、真理のきつい目を見て、ちぢみ上がったということはあった。ふだんの職業は、病院で看護師をしている。休みにレスキューをしているのだが、根っからのレース好きである。

 今回は6ポストの担当となった。転倒があると、コースオフィシャルはマシンにむかうが、レスキューはライダーに向かう。

 J-GP3、ST600、ST1000のレースは無事終わった。午前中のフリー走行時に転倒したマシンはあったが、真理のいる6ポスト前ではなく、別のコーナーであった。

 そしてメインレースのJSB(スーパーバイク)のレースが始まった。6ポストの前はハイポイントコーナーとよばれ、高低差があるSUGOのサーキットで最も高いところにある。ここにいると第1・第2・第3コーナーが見下ろすことができ、ライダーのコーナリングテクニックを見ることができる。スタート直後の集団の競り合いを見ることもできるので、ポストとしてはおもしろいところだ。

 ハイポイントコーナーの手前は登りの短いストレートになっている。ここはマシンの差がでる。1周目でランキングトップの中嶋が他のマシンに差をつけて爆走していく。ほぼ90度の右ターンを苦もなく抜けていく。真理はライダーのお尻を見るのが好きだった。S字コーナーで右に左に尻をずらしていくのを見ると、ぞくぞくした。

 20周目、トップの中嶋が周回遅れのマシンに追いつきそうだ。無線ではブルーフラッグの指示がでている。あと5周、中嶋は何台抜くのだろうか、と思っていたら

「ガシーン、ガシャーン」と音がして、真理の目の前で2台が接触し、その内の1台がグラベル(砂場)で転倒した。6ポストのコースオフィシャルはイエローフラッグ2本を振っている。2本振るということは、トラブルの現場だという意味だ。飛び出しのコースオフィシャルはフラッグが出ると同時に、グラベルに飛び込んでいく。接触による転倒なので、迷いはない。これが単独転倒だと路面にオイルがでていたりするので、後続車が続いて転倒してくる可能性がある。飛び出していくのは危険と隣り合わせなのだ。

 真理はレスキュー担当なので、ライダーに向かう。

「大丈夫ですか?」

と聞くと、

「大丈夫」

と返事がきた。でも、気づかずにけがをしている場合がある。まずは安全地帯に誘導する。ライダーはふつうに歩いている。そこで、無線で

「ライダーは無事です」

と報告する。

 マシンも安全地帯にもどってきた。すると、ライダーはマシンにまたがり、エンジンを再スタートさせた。コースオフィシャルは、マシンのチェックをしようとしたが、それを振り切って、芝の上を通りコースに復帰していった。すると、次のコーナーで白煙をふいた。無線で、悲痛な声がとびかっている。オイルフラッグがでた後、レース中断のレッドフラッグが指示された。後続のマシンがゆっくりと通過していく。オイルフラッグが提示されているし、コースサイドにいる真理たちも、両手を上下に振ってスピードダウンをうながしているからだ。

 全車が通り過ぎたところで、オイル処理に向かう。パーライトというオイル吸収の小さな粉をふりまく。それにデッキブラシや靴底でオイルをしみこませ、ほうきやブロワーではきだす。通常ならポスト要員だけで終わるのだが、オイルラインが長い。コース長は全員召集をかけた。救急車やオフィシャルカーで集まってくる。

 次のレースのJP250のスタート時刻が過ぎた。真理の近くのオイル処理は終わったが、他のコーナーでもオイルラインが見つかったということで、応援メンバーはそっちの処理にあたっている。真理たちは30分以上作業をしているので、へとへとだ。ポスト長(箱長)の判断で、片づけもあったので、応援にはいかずに済んだ。

 4時45分、JP250が5時コースインとなった。あわただしいタイムスケジュールだ。今ごろはライダーやピットは大変なことになっているだろうと真理は思っていた。

 5時13分スタート。あたりは夕闇がせまっている。トラブルがなければいいなと真理は願った。6ポストと7ポストではオイルフラッグが振られている。オイル処理は終わったが、何があるかわからないからだ。ライダーたちもここでは追い抜きをしかけてこない。レースラインを守って走っている。

 レースは短縮されて10周で無事終わった。ポスト前に出て、ライダーに手を振る。皆、頭を下げたり、手を振ってコーナーを駆け抜けていく。すると、最後に来たライダーが両手を上げて手をふっている。

(おいおい大丈夫か?)

と思っていたら、コーナーではしっかりハンドルを握って曲がっていった。後で他のポスト員に聞いたら、スタンディングで手を合わせていたそうだ。よほどうれしかったのだろう。後で知ったことだが、そのライダーは初めてポイントをとったのだそうだ。15位でもよほどうれしかったに違いない。

 疲れた1日だったが、これにて任務終了。

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