第6話 レース進行

 レース進行にはいくつかの役割がある。スターティンググリッド担当・ピット作業監視・ピットレーン管理(出口)(入口)。兼任している人も結構多い。

 井口はその中のピットレーン管理の出口を担当している。レースクィーンにカウントダウンボードを出すのも仕事のひとつである。仲間からはレースクィーンと話ができていいなと言われるが、緊張している時間帯に和やかな話などできない。必要な話をするだけだし、中には挨拶しない人もいる。そういう人とは、自然と話をする機会が少ない。その点、茜さんは反応がいい。話をしていても楽しい雰囲気になる。彼女が困っている時は助けたくなる。

 さて、全日本ロードレース選手権。J-GP3、ST600、ST1000は無事すすんだ。そしてメインのJSB(スーパーバイク)が午後3時スタートとなる。2時30分にコースイン。10分間の間にグリッドに並ばなければならない。ほとんどのマシンが、ピットレーンを通り抜けて、2周走ってグリッドにつく。ピットレーンは60kmの制限速度が設定されている。何か所かにスピードセンサーが設置されており、それを越えるとペナルティで、ピットレーン出口のペナルティエリアでストップしなければならない。それを担当するのも井口の仕事だ。

 3分前ボードで2人のメカ以外は退去。1分前ボードでエンジン始動。2人のメカも退去する。30秒前ボードで退去確認。ここでレースクィーンと井口の呼吸があっているかが見られる。早めに出すようにはしているが、レースクィーンの動きが鈍いとタイミングがずれる。今回の茜ちゃんはうまくこなした。

 3時、ウォーミングアップラン開始。まるでレーススタートみたいな爆音がたつ。最初はびっくりしたが、最近は慣れた。茜ちゃんも顔色を変えないでマシンの行方を見守っている。だいぶ慣れたようだ。

 3時3分。レーススタート。緊張の一瞬だ。集団で第1コーナーに飛び込んでいく。井口の目の前だ。ピットスタートがないのは救いだ。

 25周のレースが始まった。途中でピットにもどってくるのはマシントラブルか、ペナルティだ。今回はクリアスタートだ。

 20周目、レースに変化が起きた。白煙をふいたマシンが出て、コースにオイルラインがでたと無線で言っている。それも結構長いラインだ。しばらくしてレース中断のレッドフラッグが振られた。井口はコース出口のシグナルをグリーンからレッドに変えた。ピットレーン出口クローズである。間違って通過しようとするマシンがいたら、止めなければならない。レースクィーンの茜ちゃんは控え室にいるが、井口はピットレーン出口で鬼のように突っ立っている。

 JSBのレースは規定の75%を越えたので、レース成立となった。ピットレーン出口に立つ必要はなくなった。井口も救急車に乗り、オイル処理に向かった。一人でも多くの人間が必要なのだ。それだけ広範囲にオイルラインがでている。

 次のJSB250のレースが開催されるかどうか心配になった。スタート時刻の4時になってもオイル処理は終わっていない。ピットレーン中央にあるコントロールタワーの前にライダーが集められている。井口がピットレーン出口にもどってきたのは4時半を過ぎていた。

 4時45分。アナウンスで5時コースインとなった。15分しかない。井口は急いで準備に入る。5時前にコースにでないように、またピットレーン出口に鬼のように立った。オープン時間が5分間しかないので、2周するマシンはいない。5時5分までにグリッドに並ばないとピットスタートとなる。どのチームもあせっている。

 5時にレースクィーンの茜ちゃんがもどってきた。マシンが出ていくので、それを見送るのが優先だ。台数を確認しなければならない。20台の通過を確認したのは5時3分だった。最後のマシンはほぼ全速力でいかないと間に合わない。無線で管制にそのことを報告する。管制はそれを受けて

「全車、コースインしました」

とアナウンスしている。

 5時5分、5分前ボードを出す。茜ちゃんはスタンバイOKだ。この子は根性がすわっていると井口は思った。急いできたので、胸はどきどきしているのだろうが、絶対に弱音をはかない。マシンは全車グリッドについている。

 3分前ボード提示。2人のメカ以外は退去だ。

 1分前ボード提示。エンジン始動。2人のメカも退去を始める。

 30秒前ボード提示。コースにはライダーだけとなる。

5時10分。ウォームアップラン開始。先ほどのJSBほどの爆音はない。暗くなりかけているので、皆慎重に走っているように見える。クリアスタートで今回もペナルティのライダーはいなかった。10周のレースなので15分ほどで終了する。暗くなってきたので。トラブルなく終わってほしいと願うばかりだ。

 レース終了。無事終わった。ライダーもオフィシャルも観客も皆、手を振っている。サポートレースなのに、これだけ感動的なのは開催が危ぶまれたかもしれない。あたりにはライトがつき始めている。

 レースクィーンの茜ちゃんを表彰台の近くまで連れていく。サポートレースなので、茜ちゃんがあがることはない。表彰台の横に立っていたら、カメラ小僧たちが集まってきた。ちょっと心配になった。案の定、ストロボを点けて撮影を始めた。表彰式の邪魔になっている。それを茜ちゃんも気づいたらしく場所を変えようとしているがカメラ小僧たちが許してくれない。そこで、井口がカメラ小僧の前に立ちはだかった。

「はいはい、皆さん移動を願います。かわいい茜さんを撮りたいなら、オフィシャルカーの横が一番いいですよ」

と新型スポーツカーのオフィシャルカーの横に移動をうながした。茜ちゃんが運転席の脇に立ってポーズをとる。表彰式のじゃまにならずに済んだ。

 後で

「ありがとう、井口さん」

と言われた。それだけで充分だった。本日の任務終了である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る